第9回 【人権ポスター】ラジオ

塩)「カナモリ先生……相談があります」


カ)「こんにちは丹代(タシロ)塩くん」


塩)「また、担任の先生に怒られました。これで三回目です」


カ)「……」


塩)「もう九月が終わるのに夏休みの宿題を再提出しています。もちろん提出しています。でも三回とも『ちゃんとしろ』と言われました」


カ)「……」


塩)「先生が怒っているのだから、きっと俺がおかしいのでしょう。でも、何がおかしいのか自分ではわかりません。怒られたくないのに、何を怒っているのかが分かりません」



カ)「塩くん……君は間違っていないよ。先生が塩くんをふざけていると勝手に決めつけているだけなんだ」


塩)「庇わないでください。原因は俺にあるんです! これを見てください」


カ)「これは、宿題の人権ポスターだね。たくさんのぶら下がっている人間。その中心で首を括ろうとする少女」



塩)「でもなぜかこの構図しか描けなくて……人権ポスターなのに人を殺そうとするなんて不謹慎だって言われて」



カ)「それで先生は怒った。きっと、をしたつもりなんだろうね。でも先生は塩くんを怒っただけだった」



塩)「俺が間違っているからでしょう。間違いを正すのは



カ)「正しかったら塩くんが苦しみ続けているわけがないんだよなー……。よし塩くん、原因を探そう。どうしてそのような絵を描いてしまうのか」


塩)「どうやって?」


カ)「ポスターの中に入って彼女と対話するんだよ」



 【『丹代塩』の『人権ポスター』ラジオ】



カ)「ここがポスターの中だよ」


塩)「ねえ、あそこ! 女の子がさっそく首を吊ろうとしてないか!?」


カ)「ねえ君。おや、実写化したら美人だ」


塩)「悪かったな絵が下手で。そんなことより、君はなんでいっつも首を吊るんだよ」


ウ)「ワタシはうずらウツ。死にたいから首を吊っておりまする」


塩)「なんで死ぬんだよ」


ウ)「死にたいから、死ぬのでございます」


カ)「うーん。困ったね」



塩)「あ、そうだ。うずらちゃんが死んで、首を吊る女の子のポスターじゃなくなる―」



カ)「塩くんの未熟者!」


塩)「ひ!」


カ)「死にたい人間が100パーセント死にたいわけではないんだよ。他に苦しみから逃れる方法が思いつかないから彼女は首を吊ろうとしているんだ」

 

ウ)「しにたーい」


塩)「呼吸するように言ってやがる。これってウソ? ホント?」



カ)「言葉通りに受け取ってはいけないよ。しか言えないを考えたことはあるか? 塩くんは理解しないといけないんだ。死ぬしか解決策がないと切羽詰まっている心境を」




塩)「正確な言語解釈か……俺にできるかな?」


カ)「原因は意外と身近にあるんだよ。環境とか人付き合いとか」


塩)「でもここには何もないし、彼女以外の人たちは首を吊っている」


カ)「この人たちがうずらちゃんに何かしたとは考えられない。みんな、自分で手一杯だから」


ウ)「同調圧力コワーイ。ワタシもこの流れで首を吊らないといけなーい」


カ)「そこは流れに乗らなくていいよ!」


塩)「こいつらはマイノリティの寄せ集めだ。少なくともそういう設定で描いた」


カ)「たしかポスターの端に『彼らは決して死刑囚ではありません』と書いてたね」


塩)「首を吊るのは加害者とは限らないという皮肉だ」


カ)「彼らの死因は理不尽なものなんだろう。ポスターの中くらい現実から離れてもいいのにね」


塩)「だから俺は世界を変える」


ウ)「どうやって?」

 

塩)「塗り替えるんだ。俺はここを作ってしまった責任がある。著作権は俺が握っている」


ウ)「ところでポスターってなんの話?」


カ)「実はかくかくしかじか」


ウ)「ふーん。なんだかワタシ、犬がほしくなっきた」


塩)「俺の画力では人間以外の動物は手足のはえたミサイルみたいになるから、やめといたほうが良い」


ウ)「言い訳しないで描いて」


塩)「うう……」


カ)「大丈夫だよ。多少下手でもここでは実写化されるから。……ほら、犬の声が聞こえてきた」



ウ)「近づいてくるわ……あ、アレ?」


カ)「なにあの汚い肉塊」



塩)「映像化したら年齢指定でお子様が見れないレベルなのか俺の画力」


ウ)「しかも殺気が伝わってくるとはこれいかに」


カ)「二人は絶対に守る! てい!」


塩)「カナモリ先生が飛び出していったぞ。肉塊とぶつかって……え?」


ウ)「混ざり合った結果、一匹の犬になった。なんでだよ。無事か?」


カ)「ふー。受肉したことによりポスターの住人となって戻ってきたカナモリです。わんわん」


ウ)「カナモリ」


塩)「先生! 受肉って、ポスターから出られないんじゃ……」


カ)「どっかのピカソさんが犬一匹描けなかったからね」


塩)「丹代塩だ」


カ)「とにかく、うずらちゃんと犬になって仲良くなりんだ。大丈夫。人間じゃないから君を傷つけたりしないよ」


ウ)「そんな。なんだか申し訳ないな」


カ)「人は迷惑をかけながら生きるもんだよ。それにこれくらい、どうってことないさ」


ウ)「カナモリ……」



塩)「ハア⁉︎ なんで素敵なムードになってんだよ! 全力で阻止してやる!」


カ)「う、うわああ! 塩くんの意思によって世界がカオスで満ちていく!」


ウ)「め、目が回る……」


塩)「うずらちゃんの好きなものでいっぱいにして、夢の世界を作ってやる!」


ウ)「バカ! 優遇されたら虐められるだろうが!」


塩)「あ、ゴメン」


ウ)「そこそこ不幸なかんじでお願い」


カ)「なにそれ悲しい」







教)「おい、田代塩。このまえ提出したポスターなんだが…」


塩)「ギク。なんでしょう」


教)「女の子がアジサイに囲まれて倒れていたが……まさか、殺したのか?」


塩)「い、いえ! 彼女は寝ているのです。睡眠大好きだから! カナモリ先生も言ってやってください」


犬)「ワン!」


教)「なんだこの犬」


塩)「保健室のカナモリ先生です」


犬)「ワン」


教)「いや犬じゃん。だいたい、カナモリなんて名前の教師はいない。再提出」


塩)「そんなー!」







【ありもしない次回予告】

カナモリです。


教室であるうずらちゃんが首を吊っていたよ。

塩くんは自殺にしたいみたいだけど、犯人の自白と、亡霊となって蘇ったうずらちゃんの証言により事件と断定。


どうしても自殺にしてほしい塩くんの推理戦が始まろうとしている。


次回、引き出しに隠したコッペパンラジオ。


……って、そんなもの、さっさと捨ててしまえばいいのに。

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