第7回 【崖の上】ラジオ


カ)「お待たせしました。こちら、ご注文していた花束です」


ウ)「この人はカナモリ。花屋を経営している」


カ)「ありがとうございました」


ウ)「ねえカナモリ。前から思っていたんだけど、この仕事にやる気を出し過ぎじゃないかな」


カ)「そう? 花屋なんだからお客様が望む花を贈呈するのは当然でしょ?」


ウ)「お客様、ね……。あの黄色い花は依頼人の要望? それとも贈られる人の好み?」



カ)「花は人におくるためにある。さっきの人もおくる相手のことを考えながら注文していたじゃないか。『あの子は黄色が良く』て」


ウ)「実はそのおくられる人と以前一度だけ会話を交わしたことがある。その人、赤い花がだそうだ」


カ)「……」


ウ)「ワタシ達は依頼人の情報を頼りに花を贈る人を想像していたけど、印象で本人を決めてはいけないな……なんてね」


カ)「失敗したかも」


ウ)「でも、とても綺麗だった」






丹)「すみません! 至急花を用意してほしいのですが――あ」



カ)「いらっしゃいませ。どのような花をご所望ですか?」


丹)「……」


カ)「お客様?」


ウ)「いらっしゃいませ。そして久しぶりだね。タシロくん」







カ)「……じゃあ二人は知り合いなんだ」


ウ)「うん。この人は丹代塩。クラスメイト」


カ)「うずらちゃんが名前を覚えているなんて珍しいね。二人は友達?」


丹)「……」


ウ)「おいカナモリ。ワタシはまだ生きているんだ。これから花をおくる人のことを訊きなよ」



カ)「う、うん。それで塩くんは誰に花をおくるのかな」


丹)「……同級生だ」


カ)「同い年ってことは……ずいぶん若いんだね」


丹)「実は、そいつのせいでクラスメイトが次々呪われていくんだ」


カ)「呪いだって! なんて恐ろしい! 塩くんは大丈夫!?」


丹)「今はまだ大丈夫。でも次は俺が呪われる番だからやばいかもしれない」


カ)「そうか。じゃあ急いで解決しないとね」


ウ)「クラスメイトを呪うってことは、知性があるんだよな? 意思疎通ができるのなら、直接本人に聞いた方がいい」


丹)「そんなことできるのか。でも危険だ」


ウ)「タシロくんの気持ちはわかる。でも、怒られたくないからと話し合いを避けてあれこれ考えるより、確実に本人の望みに近いものを贈ったほうがマシだと思う」


カ)「よし、準備できたよ。その子のいるところまで案内してもらおうかな」



丹)「わかった。あいつは崖の上にいるんだよ。激しい波が押し寄せる海の上だ」




  【  うずらウツと『丹代塩』の『崖の上』ラジオ  】




カ)「崖の上に既に人がたくさんいるね。ただいま殺人事件の犯人当てでもしているのかな」


ウ)「でも過半数の人が倒れている。たった今殺人事件が起きていたりして」



友「塩くん! よかった間に合った!」


友「……なんでウズラがいるんだよ」


友「あいつまだ生きていたんだ」




丹)「ばかお前ら! そんなこと言っている場合か! ご、ごめんうずらさん」


ウ)「で、誰に花をおくればいい?」


丹)「あ、うん……あの少女だよ」


カ)「あと一歩下がると落下しそうで危ないよ? あ、でも浮いているから大丈夫か」


ウ)「よく見て。足が透けているだけだよ」


カ)「本当だ。なんで透けているの?」


丹)「あの人は既に死んでいるからだ。……彼女はボス子さん。クラスのボス的存在だ」


カ)「すごい眼力でこっち見ているね。……毛づくろいすればいいのやら」


ボ)「ボス猿じゃねえよ。ボス子だ」


カ)「喋った。とりあえず対話してみるよ」


丹)「どんな神経をしていれば、あの子を猿扱いできるのだろう」


ウ)「無神経だと言いたいのか? カナモリは優しいのに」


丹)「あの人は、うずらさんにやさしくしてくれるのか」


カ)「もしもーし。おはなししましょ」


丹)「すごいな。明らかに機嫌が悪いのに、普通に話しかけてるよれ


ウ)「それにしても、あの気難しい彼女に花をおくるのか。ワタシも彼女をよく知っているから、タシロくんの苦労がうかがえるよ」



丹)「ボス子さんは数日前に花に刺さって死んでしまったんだ」


ウ)「花こえー」


丹)「そのせいで、さらに花が嫌いになった。間違った花をおくった人は問答無用で祟りにあって死ぬ」


ウ)「ここに倒れている人たちは彼女の望む花をおくることができなかったんだ」


丹)「ホント災難だよ」


ウ)「花を嫌っているのなら花をやらなければいいのに……」


丹)「それでも、死者には花束を贈るものだから……。ほら、常識じゃん?」


ウ)「ワタシはまだ生きているのに机の上に花を飾られたことがあるよ?」


丹)「……う、うずらさん、あの時はその……」


ウ)「カナモリがこっちへ戻ってくるぞ」








カ)「うーむ、ダメだ。話しかけても突っぱねられる。心を開いてくれないな」


ウ)「どうするんだ?」


カ)「後回しだ」


丹)「エッ?」


カ)「うずらちゃん。手伝ってくれるかな」


ウ)「もちろん。あ、もしよかったらタシロくんも手伝って」


丹)「エ、エ?」







友)「……なにやっているんだあいつら」


友)「塩くんはボス子さんに花をやるために花屋さんを呼んだんじゃないの?」


友)「なんで、そこらへんに倒れているクラスメイトなんかに?」



カ)「聞こえていますよ薄情な人たち」



友)「な」


友)「はあ?」



カ)「この世界で花というのは死者におくるものです。綺麗な花で飾り、好きだった花を渡す。それこそが最高の弔い。ならば、彼らに花をおくるのは当然です」


ウ)「お前らは目先の怖い人ばかり気を取られて、祟られた友達のことを考えていなかった。傷ついた人を無視してんじゃねーよ」


カ)「誰が偉いとか、誰を怒らせるべきでないとか、そういうのはわかりません。全員公平に花をおくります」


ウ)「カナモリ、手を止めないで。ゆっくりしていたら日が暮れる」


丹)「この人は小さい花が好きだと思う……って、俺いる?」


カ)「もちろん。君の助言がないと、どんな花をおくればいいか分からないから」


丹)「ん、そっか。こうなるんだったら色んな人と仲良くするべきだったな」


カ)「まずはタシロくんの知り合いから花束をつくっていこう」


丹)「うん」


ウ)「昔はお墓をたてていたんだけどね」


カ)「人間は活動範囲を広げ、遺体は海に追いやられた」


丹)「綺麗に花で飾っても崖から海に落としたら、花は取れるのに」


ウ)「埋められないから海に捨てる。これ、どうなんだろ」


丹)「……ねえうずらさん。ボス子さんの死因についてなんだけど」


ウ)「さっき、聞いたよ。花って刺さるんだね」


丹)「凶器の花は、君の机に置いたあの花なんだ。そして、花を用意しておいたのは……」


ウ)「ボス子さん? うん、そんな気がした」


丹)「自分が蒔いた悪意が跳ね返って命を落とした。自業自得。それなのに彼女は自分の死を理不尽だと喚いている」


カ)「……」


ウ)「……そういうことか」


丹)「え?」


ウ)「まだ生きていたいと未練が残っている人に、さっさと天国へ逝けと言わんばかりに花をおくるのは良くないんじゃないか?」



丹)「なるほど! そもそも前提が間違っていたのか」


カ)「花をおくる行為自体間違っていたんだね」



丹)「でも、彼女は死んでしまったんだ。生き返らせることなんてできないし、花をおくらないのは失礼だ」


カ)「じゃあ依代を用意する?」


丹)「ヨリシロ?」


カ)「魂を入れる器だよ。人形とかね」


ウ)「ここには祟りで魂の抜けた肉体もあるしね」


丹)「うずらさん……それはないよ」


カ)「ちょうど猿のぬいぐるみがあるよ」


ボ)「ボス猿じゃねえよ」


カ)「ギャル風にメイクする?」







カ)「できた」


丹)「猿にメイクをしても猿のままだよ」


カ)「おかしいな。いつからお猿さんの顔になったんだ?」


丹)「いや最初からだよ⁉︎」


ウ)「カナモリがバナナの歌を歌っているときから怪しかった」


丹)「歌は関係ないから。そもそもカナモリさん、絶対ボス子さんを人として見ていないでしょう」


カ)「猿のぬいぐるみはたくさんあるからね。何度でもリベンジするよ」


丹)「結局可愛くなるのか?」





カ)「……うん。むりだね」


丹)「だよね! わかってたよ」


ウ)「ドレスを着てカツラを被ったサルじゃん」


丹)「が悪いから」


ボ)「あ? なんだって?」


丹)「ち、違うよボス子さん。猿はどう頑張っても猿だって言いたくて……」


ボ)「ふざけんな! あたしは猿じゃねぇよ!」


丹)「ひいい!」


カ)「どうする? 失敗サルが五体もある」


ウ)「そういえば、すっと気になっていたんだけど……」


丹)「なに、うずらさん。助けて欲しいんだけど」


ウ)「あのサルは、理不尽な死に納得がいかなくて崖にとどまっているでしょ」


丹)「サルじゃなくてボス子さんだよ」


ウ)「それって、ここにいる人たちも一緒でしょ?」


丹)「え?」


カ)「怖い方に目を奪われて周りをよく見ていなかったようだね」


ウ)「ボス子さんに祟られたクラスメイトたちのほうが理不尽じゃないか」


丹)「たしかに。でもあいつらの幽霊はいないぞ」


カ)「小さいから見えにくいだけだよ。ほら見て。頭上に……ー


丹)「え? ドコに……あ、あの丸いのか!」


ウ)「こっちへ降りてくるぞ」


丹)「人形に入って……動き出したぞ」


ウ)「オーラが違う。ボス子さんに復讐をするつもりだ!」


丹)「怨霊級のボス子さん相手に無謀だ」



カ)「いや。どれだけ怖い幽霊でも生きている人間には敵わない。彼らは依代を得たことで生者に近い存在になったんだ!」



ウ)「ワタシは知っている。彼らもまた、ボス子さんに脅かされていたことを。彼女が与えたストレスが、彼女に立ち向かう糧となった!」


ボ」「「な、なんで……なんで私だけ……」


丹)「あの人、この期に及んでまだ被害者のつもりかよ」



ウ)「それにしても、どうやって倒すんだ? 幽霊に物理攻撃は無理そうだし」



丹)「そういえばあいつら全員寺生まれだぞ」


ウ)「それは……強い!」


カ)「なんて熱い展開なんだ!」



ウ)「さて、あの女の始末は彼らに任せて、ワタシたちはクラスメイトの遺体に花をおくろう」


カ)「このあとはつまらないだろうから、リスナーのみんなとはここでお別れだよ」


丹)「リスナー?」


ウ)「それでは最後に曲を流します。カノホワさんのリクエスト『ラストバトル』」


カ)「それではみなさんー」



ウ)「タシロくんポーズとって」


丹)「え?」



カ)「ご清聴ありがとうございました」

ウ)「ご清聴ありがとうございました」



丹)「ナニコレ」

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