第6回 【気球】ラジオ
王)「すずきくん」
す)「どうされましたか、王様」
王)「なぜ我々は学校のグラウンドにいる? そして目の前の気球はなんだ?」
す)「王様。これはラジオをするための準備です」
王)「ラジオ……。それで気球?」
す)「はい。今回は我々がゲストとして、代わりにラジオを進行します」
王)「ゲストの意味をはき違えてね? それに私たちは、ラジオ未経験者だ。見ず知らずの何者かのためにラジオをする意味が分からない」
す)「さすが王様、薄情です」
王)「は?」
す)「さて、王様宛にこの様な手紙が届きました。『こんにちは、すずきくん。王様―』」
王)「私宛なのに、すずきくんから挨拶するってどういうことだ?」
す)「『突然なのですが、お二人にお願いがあるのです』……ふむ………なるほど」
王)「え、なになに? 黙読されると困るんだけど。教えてよすずきくん」
す)「カナモリと名乗る人物から頼まれました。ある小娘が空へ放った風船を回収してほしい、と」
王)「……それだけのために、私達は呼ばれたのか?」
す)「くだらない、と思いましたね。では、ここで解散いたしますか?」
王)「当然だ。風船なんてくだらない。帰るぞすずきくん」
す)「残念ながらこれからバイトがあります。王様は一人でお帰りください」
王)「バイト?」
す)「あなたは王様だから拒む権利があった。そのことをどうか忘れずに」
王)「すずきくん……。まさか、バイトというのは」
す)「では」
王)「あ、待って……や、やっぱり私もついて行こうかな。いや、無理していないぞ。すずきくんはどこか抜けているから心配で……って、すずきくん!置いて行かないでってば!」
例えばあの時食べたカニチャーハン
たとえば駐車場でくつろぐ黒猫
穏やかでいられたあの一瞬
確かに“感動”があった
小さな感動だったけど
ここまでこれたのは
些細なきっかけのおかげ
必ずしも言葉じゃなくてもいい
引き留めてくれる
小さな
踏みとどまれる
生きながらえる
【 『王様』と『すずきくん』の『気球』ラジオ 】
す)「みなさんこんにちは。このガキは王様。好きな食べ物はカニチャーハンです」
王)「みなさんこんにちは。彼はすずきくん。得意料理はカニチャーハンだ」
す)「我々はカナモリの手紙に誘導されて現在気球にのっています。空のドライブを満喫しています」
王)「高所恐怖症の人なら地獄だな。それにしても気球か。てっきり塔の上から風船を撃ち落とすのかと思っていた」
す)「それは貴族の遊戯ですか?」
王)「さあ、知らない」
す)「回収が望ましいと手紙には書いています。この手紙を信じるのならば、小娘が放った風船には毒が入っているそうです」
王)「毒だと。厄介だなあ。普通に空気を入れて普通に風船を膨らませられないのか?」
す)「王様。どうやって風船を膨らませるかお分かりですか?」
王)「吐いた息を風船に送って―」
す)「その通り。それですよ、それ」
王)「どういうことだ?」
す)「つまり、ある少女は吐いた息と一緒に悪い言葉などの毒も入れてしまったのです」
王)「毒ってそういう意味かよ。じゃあそいつは呼吸するように悪口をいう性格の悪い奴なのか」
す)「知り合いではないので悪い奴かどうかなんて知りませんよ。手紙には、今のところは棘のある言葉しか喋れないと書いてありますので、時間が経てば無害になることでしょう」
王)「おそろしい。悪口しか言わない奴は嫌われるぞ」
す)「悪口しか言えなくさせた理由、気になります。……ほら王様。あちらに見えますのはオレンジ色の風船」
王)「あれが例の毒入り風船か。見た目は普通の風船と同じではないか。しかし事情を知った以上、回収しなければ」
す)「いえ、あれはただの風船です」
王)「はあ? 紛らわしいな」
す)「ダメじゃないですか。日頃から見定める力を養ってないと」
王)「怒られるのかよ。なんで?」
す)「人間不信だからと人を避けていたら、いざ優しくしてくれる人が本当に善人なのか騙そうとしているのか見分けがつけられないでしょう?」
王)「仕方ないだろう! 人間は信じたいものを信じる生き物だ。たとえわかっていても」
す)「あ、カラスがつついているあの風船は回収するべき風船です」
王)「うおおお! そこのカラス、立ち去らなければ撃ち殺すぞ! すずきくん、銃だ」
す)「持ってねーよ」
王)「これで八つ。…おい、全部でいくつあるんだ?」
す)「分かりません」
王)「なんだと」
す)「はっきりとした数字は手紙に記されていません。ただ、カナモリ氏からの依頼をこなせばラジオが終了する。それだけです」
王)「ラジオをしているのか風船を回収しているのか分からなくなるな」
す)「同時進行でございます。この風船を飛ばしてから、その少女は魂が抜けてしまったらしいのです。そのせいで、ラジオが出来なくなってしまったそうです」
王)「………おいおい! その言い方では、少女を正気に戻すために私たちは風船を集めているということか!」
す)「さすが王様、理解は早いですね」
王)「魂まで吐き出すなんて滑稽だな」
す)「いえ。魂は吐いていないそうですよ。もっとシンプルに考えてください」
王)「じゃあ、毒そのものが小娘だといいたいのか?」
す)「その通りです。さすが王様」
王)「いやいや、それおかしくね? 悪口を言ったのはそいつ本人だとしても、本人そのものではないだろう!」
す)「カナモリ氏は彼女の悪口をこう考えています。『人を傷つける言葉だけれど、今の彼女を知る手掛かりです。たとえ悪口でも、彼女の素直な感情、つまり彼女の心の分身です』」
王)「え? どゆこと?」
す)「カナモリ氏は詩人になりたいんですよ」
王)「絶対その見解は違うから。小娘は病んでいるの?」
す)「王様も随分皮肉が効いていますね」
王)「私は本気で心配しているんだ。助けてほしいとき、素直に言えない時はあえて暗号化してSOSを出すんだよ。分かる人には分かることだぞ」
す)「へえ、王様は分かるんですね」
王)「すずきくんは分からないのか。恵まれている証拠だ。まあ、こいつらがどうなろうと知ったことか」
す)「さすが王様。クールですね」
王)「早く回収するぞ。空は寒くて心細い。はやく地上に戻りたい」
す)「そうですか? 地面には傷つけるものばかりありますよ」
王)「人間は地面に這いつくばる生き物だ」
す)「這いつくばるって……。さすがです王様」
王)「すずきくん」
す)「はい」
王)「帰ったら、カニチャーハンを作っておくれ」
す)「はい」
す)「これで最後にしよう」
王)「これが最後だとよく分かったな」
す)「いえ。もう疲れたのでそろそろ撤退したいんですよ」
王)「すずきくんさあ……」
塩)「うぎゃあ!」
王)「な、なんだ⁉︎ 今、気球が揺れなかったか?」
す)「誰かが乗っていますね。もしもし、大丈夫ですか」
塩)「はじめまして。俺は丹代(タシロ)塩、うずらちゃんの友達です」
王)「知らんわ。自己紹介はどうでもいいからさっさと降りろ」
す)「王様、降りたら彼は落下して死にます。そうだ、この風船で降りられないでしょうか?」
王)「え?この風船はカナモリというポエマーに贈るのだろう?」
塩)「カナモリ? 俺はそいつを知っているよ!」
す)「じゃあ彼に風船を託すのはとても素晴らしい案なんですね。こんなもの、手元に置くには危険過ぎるのでさっさと他人に押し付けましょう」
王)「すずきくん! 気が緩んで人間性の欠けるセリフを言っちゃってるから。すまんな塩くん、このバカはバカなんだ」
塩)「気にするな! 俺も気にしていないから!」
王)「塩くんが心の広い奴でよかった。そう、この風船のように」
す)「全然うまいこと言えてませんから。それに、この毒まみれの風船と一緒にしたら塩くんに失礼ですよ」
塩)「毒? さっきから気になっていたんだが、その風船は危険物なのか?」
す)「違います」
王)「毒だの危険だの連発していたすずきくんが平気でうそをついたぞ」
す)「これは、カナモリ氏の知り合いの少女の感情が詰まっているのです」
塩)「うずらちゃんだな。お前らまでうずらちゃんを疎ましく感じているのか!」
王)「うずら……だれやねん」
す)「我々はカナモリ氏に風船の回収を頼まれただけです。他人だから我々は風船を回収しかしません。でも塩くんは知り合いなのでしょう。この毒と向き合う覚悟がありますか?」
王)「すずきくんまた毒って!」
塩)「これ以上うずらちゃんを害悪扱いしたら俺は飛び降りる! そして幽霊になってこう言うんだ。『王様とすずきくんに突き落された』」
王)「やめろ! 王様が牢獄で過ごすなんてシュール過ぎて失笑される!」
す)「……ップ」
王)「ほら笑われた! お前なんか風船に飛ばされて戦闘民族の村に到着すればいいんだ!」
塩)「風船は預かった! しかとうずらちゃんに渡しとくから! さよなら!」
王)「二度と戻ってくるな。……ったく、それにしても風船を割ったらどうなるか調べてみたかったな」
す)「では割ってみましょうか」
王)「すずきくんは何を企んで……吹き矢? こら、よせ! 可哀想だろう!」
す)「さて、それでは地上へ降りましょう。それでは覚悟してください。我々の生きる場所はどうしたって、傷が消えないのだから」
王)「諦めるなり、受け入れるなりして生きていくさ。おい、見ろすずきくん」
す)「桜ですね」
王)「桜は人が管理していないと花が咲かないんだ。来年も見られるといいな」
す)「じゃあ生きてください。最近暗殺者が王様を狙っているときくので、王様も警戒を強めるべきです」
王)「暗殺者? マジで?」
す)「あ、やべ。口が滑った」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます