第5回 【卒業できない四組】ラジオ

  先生)「今日も一人足りていないので4組の卒業式は明日に延長します」






委)「君、ちょっといいかしら」


塩)「はい、委員長。俺は丹代(タシロ)塩だ。どうした」


委)「塩くんね、4組の生徒じゃないでしょ」


塩)「そうなのか?」


委)「うん、君が座っているその席は、別の子が座るはずなの」


塩)「そっか……。俺は気がついたらここにいたんだ。わざとじゃないよ」


委)「塩くんは間違えたのよ。君はここに居るべきではないの。だって卒業っていうのは……」






  【 『丹代塩』の【卒業できない四組】ラジオ 】



【ナレーション】

 俺は丹代塩。迷子になってしまった。

 早くうずらちゃんのところに戻りたいんだけど、帰り道がわからない。

 とりあえず学校を出たいのだけど、廊下を走りはじめてもう三分が経っている。



塩)「もう夕方か。夜になる前に帰れるのかな」


死)『いやー、どうだろーねー』


塩)「なにい! 直接脳内に声が聞こえてくるぞ! 誰だ!」


死)『あたしはあなたの敵じゃないから安心して。ここから脱出する手助けをしたいから声をかけたんだよ』


塩)「敵じゃないなら安心だ。じゃあまずはココがどこだか教えてよ」


死)『ここは○○学校(裏)。学校の怪談でよくある“時計の針がに重なったとき異次元につながる”の異次元だよ』


塩)「俺はいつの間にやら異次元にきてしまったのか」


死)『次に時計の針が4に重なる瞬間にここから出られるけど、塩くんが行きたい場所にたどり着けるわけじゃないからね』


塩)「それは困る! うずらちゃんとまたラジオやりたいんだ!」


死)『あたしに言われても……。あくまで脱出法を教えることしかできないから』


塩)「中途半端だな!――あ、急に夜になったぞ」


死)『じゃあ活動はいったん停止。お布団に入ってしなさい』


塩)「嫌だ! まだ出口を探す方法を―」


死)『教室に隠れて! 近づいてくる!』


塩)「え?」


×)「おーい。塩くーん」


塩)「はーい、なんだ?」


死)『こら、振り返るな!』


塩)「もう遅い。ところで誰だお前は」









塩)「はじめまして丹代塩だ。頭から血を流しながら駆け寄ってきたからてっきり敵だと勘違いして跳び蹴りしちゃった。ごめんね」



×)「いやいや気にしないでくれ。あたしも君の立場なら同じことをしていただろう」


塩)「ごめんなさい」



×)「それにしても君、すごいね。アメリカのホラー映画で活躍する主人公になれるよ」


塩)「嬉しくないぞ」


死)『フォローが下手くそ』


塩)「それにしても俺以外に、ここに迷い込んだ人間がいたんだ。しかも俺と違って、ちゃんと目的をもって来たんだから度胸があるよな」



×)「度胸なんてないよ。友達に会いたくて、現実逃避しただけだ」


塩)「なに。他にも迷子がいるのか。会えるといいな」


死)『もう会ったよ。ね』


×)「ついさっき、別れたよ。だからこのあとは帰るだけだ」


塩)「お家に?」


×)「現実に。数少ない友達も知り合いも居なくなったけど、進まないといけないから」


死)『そうだそうだ。君はまだ生きているんだ。さっさと忘れて前を向くんだ』



塩)「…ムム!そういえばお前、あいつらと同じ制服を着ているな!さては四組の生徒だな!」


×)「え…そうだけど。まさか、四組のみんなに会ったの?」


塩)「実は俺、ここに来る前は四組の教室にいたんだ。みんな成仏卒業したがっていたぞ」



×)「……実はさ、四組の生徒はあたし以外いなくなっちゃったんだよ。修学旅行のバスで事故に遭って。病気で行かなかったからあたしだけ無事でさ……」


塩)「ええ? 生きているの? あと一人足りないみたいなことを委員長が言っていたのになあ…」


死)『あー、それは…………妄言だよ』


×)「あの人真面目すぎてヒステリー起こしやすいから幻覚に悩まされてるんだよ。誰かクスリを処方して」


死)『なんのクスリだよ。ラリるよ』




 らり・る[動ラ五]

 呂律が回らずにラ行が発音できない状況をさす。

 転じて、薬の影響でまともに会話ができなくなるほどに頭がおかしくなる状態を指す。

【例文】 

患者「お父さん! さっきお母さんと会ったんだ!」

先生「君のお母さんは冬に病死したよ。精神安定剤の過剰摂取でついにラリったか…」

  






×)「神経質だけどいいヤツだよ。委員長だけじゃない。みんな、優しかった。……ハァ。なんであたし生きているんだろう」


塩)「運がよかったんだよ。……お前は、自分だけ生き残って申し訳なさそうな顔しているが、俺はあんたに気にするなと言ってやるよ」



×)「あたしを知らないくせに。あたしに向けられたその言葉はなんて無責任なんだろうな」


塩)「でも死んでいないから悪いなんて、あんまりじゃないか」


×)「もういいよそのセリフ。さっき聞いたから」


塩)「そういえば俺も似たようなセリフを別の誰かに言ったことがあるな」


死)『夜は考え過ぎると嫌な思い出が浮かんでくるよ。もう寝たら?』


塩)「そうだよ。もう寝よう。ちょうどイルカの寝袋と布団が置いているよ」


×)「あたしは丸まった布団の中でないと眠れないんだ。大福の餡子のような気持になって安眠してやる」


塩)「じゃあ俺はイルカのお腹の中で眠るとしよう。ゴソゴソ……じゃ、おやすみなさい」


×)「おやすみ……」


塩)「……」


死)『暇だから歌うよ』


塩)「……小声で頼むよ」


×)「何を頼むって?」


塩)「いや、こっちの話」


×)「あのさ、塩くんはここから出たらどうするの?」


塩)「うずらちゃんとラジオするよ」


死)『チューリップのはーなーをー、首ちょんぱ、してみようー』


×)「素敵な目標だと思う」


塩)「ちょ、ウザい。寝つき悪くなる」


×)「はあ?」


塩)「ち、違う。そっちじゃなくて」


×)「そっちってなに? あたしと塩くんしかいないじゃん」


塩)「断じてきみにウザいといっていないよ」


×)「待っていろよ塩くん、これからイルカのお腹を捌いてやる」


塩)「おやすみなさい!」


死)『鯨のお腹に腐った人間の赤ん坊が詰まっている……という内容のわらべ歌があるんだよ』


塩)「おやすみなさい!」










×)「塩くん。塩くん起きて。もう午前四時だ。そろそろすべての針が4に重なる」


塩)「うーん……ん? 室内なのに雪が降っている?」


×)「花びらだよ。あいつが見送っているんだよ」


塩)「あいつ?友達か?」


×)「……あたしは、異次元に迷い込んだあいつを迎えにきた」


塩)「事故にあったクラスメイトとは別の子か?」


×)「本当なら一緒に帰る筈だったんだけど、もう手遅れだった」


塩)「現実に帰れば本当に一人なんだな。……いや、友達がいないなら作ればいい」


×)「簡単にできるかな」


塩)「信じろ。はじめから諦めた素振りだけは絶対だめだから」


×)「清々しいほどその通りだ。ありがとう、塩くん」


塩)「ん」





☆彡





塩)「学校から出られたけれど、これからどうしよう……あの傘は、雨の降る町で怪物を倒した時に使った傘だ」



 『誰だって、本当はどこにでも行けるんだ』



塩)「……うん、この傘なら目的地へ連れていってくれそうだ。お、体が浮いたぞ……とりあえず、太陽に背を向けて空を飛んでみようかな」












ウ)「カナモリ、流れ星が見えた」


カ)「珍しいね。うずらちゃんが空を見るなんて」


ウ)「珍しい? たしかに窓の外を見る行為はワタシにとって異常事態かもしれない」


カ)「たまたま流れ星を見掛けるなんてラッキーだよ。お願いは何にしたの」


ウ)「『身の回りで何も起こりませんように』。幸せになろうなんて思わないから不幸にしないでね」


カ)「素敵なお願いじゃないか」





塩)「うずらちゃーん」





ウ)「空から声が聞こえた……?」


カ)「あ、流れ星。うずらちゃんにとって楽しい日々が訪れますように」

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