夏場所・三日目【闇】
視聴覚室は全ての窓に遮光カーテンがスキマなく閉めきられていて、もちろん外の光が入り込むことはなく、真っ暗な空間ができあがっている。
その隣、視聴覚室準備室と書かれた、いわゆる物置き部屋の扉を開けると、窓からの外光は遮られてはいないのに、視聴覚室とはまた別の、真っ暗な空間がそこにあった。
視聴覚室は天文部の活動拠点となっている。向かいの教室にロッカーが並べられていて、そこが実質、部室として機能していて、視聴覚室自体は『シャイニングスター』天照光王子のステージと化していた。真っ暗な空間なのだか、彼が放つまばゆいオーラは壁をも突き抜ける勢いで廊下までキラキラと照らす。そこに群がる『土星の環』と呼ばれる、屑星と化して彼の引力に引かれ続ける、いわゆる親衛隊の女子たち、そこから弾かれた女子を狙う、流星のクレーターと呼ばれる男子ども。
ぼくが初めてここを訪れた時から変わらない、浮き世離れした、まさに異世界の天体かと見まごうほどの天文部ワールド。ホント、相撲にしか興味のない少年期を過ごしたぼくとは縁遠い、近寄り難い人たちばっかり。
でも今、ぼくとしきりちゃんが足を踏み入れた、そのすぐ隣の、ここ、落語研究部も、それに負けず劣らず異世界の雰囲気を醸し出している。
なんせ、昼間なのに暗いのだ。
その負のオーラの闇は、深い。
その闇に支配され、カーテンも閉めていないのに暗いその部屋の主は、貧乏くさい羽織を纏った5、6人の…暗いので人数も正確に把握できない、表情も読み取れない女子部員たち…え⁉︎女子?
「ふっ。こないだは、ども」
てっきり男子ばかりだと思っていた。いや、完全にぼくの思い込みなんだけど、女子部員の華やかさみたいなものをまるで感じなかったし。
でも、思い返せば、マネ連の日に会話してたっけ。あれはあれで低い声だったけれど、口調は女子といえば女子らしくもあったような。
「わかるわよ、言いたいこと。いいのよ、笑ってちょうだい。あたしたち落研だし。笑われてナンボよ」
…笑えないよ。
なんなんだ、この暗さ!
そして、その出で立ち!
女子の制服の上から羽織っているのは、ツギハギだらけの古めかしい着物。その襟元と袖、背に家紋のようなマークが貼り付けられている。横長の楕円の上に乗っかるように配された『俵』の一文字。
ぼくの目線を読み取ると、あぁ、と息を吐きながら「これ、土俵高校落語研究部の紋所よ」とつぶやいた。「笑ってちょうだい」とも。
笑わせるのが落語の本懐というくせに、あまりに暗いその風貌じゃあ、ちっとも笑えない。人を愉快にするのが苦手なんだろうか。だったら落語家には向かない。特に右端に座ってる子なんて、ひどい猫背で、まるで二人羽織をしているような…いや、ちがうぞ!この子異様に背が高いぞ!他の女子部員と目線を合わせるために上半身を屈めているけど、たぶん立ち上がったらそこらの男子より大きいんじゃないのか!
「読んだわよ、隣のスターさんから渡された手紙」
「あ、天照様からの紹介状?読んでいただけたんですか!よかったぁ、いやいや見学させてもらってるのかと思っちゃったアタシ!」
「ええ、いやいやよ」
一瞬明るくなったしきりちゃんの顔がこわばる。
「えぇっ⁉︎いやいやなんですか!」
「当ったり前じゃない。あたしら真剣に落語やってんのよ、なんであんなキラキラ王子に大事な部員取られなきゃなんないのよ」
「取られる?光王子先輩に、ですか?ま、まぁ確かに先輩はうちの相撲部員ですけど、大会に出れそうな生徒を探してるだけで、別に先輩に取られるとか、そうゆうんじゃ…」
「探してるって、彼女を、でしょ!」
そう言うと落研の女の子たちは一斉に右を向く。例の猫背の大女…いや、大きめの女子に視線が集まる。「え、でも、あたし、えっと、その…」と、モジモジしながらつぶやくと顔をただ覆ってしまった。こんなに物怖じする落語家も聞いたことないけれど、体格が体格なだけに、あまりみっともいいもんではない。
「こ、この方を頂けるんですか!すっごいじゃんマエミツくん!」
しきりちゃん!めっ!
「差し上げるなんて言ってませんけど?なにがすっごいのかは察しがつきますけどね!」
「キャっ」と言って右端の彼女はまたその巨体をよじらせる。
「彼女、こう見えても繊細な落語がウリの本格派の噺家目指してるのよ?なんで相撲なんかやらせなきゃなんないのよ!もっとデカい女ならいくらでもいるでしょうが」
「いやいや、いないですよー!こんな…」
そこまでしゃべったとこでぼくに口を塞がれ、モゴモゴするしきりちゃん。
褒めコトバじゃないからねソレ。
「すいませんでした。イヤな思いをさせてしまって…しきりちゃんもう帰ろう?彼女、落語がやめれないみたいだし」
「えぇ⁉︎もったいない!」
「八っつぁん、あんたからもなんか言ってやりなよ」
「え、えと…あの、えぇと、」
八っつぁんっていうのか、この女の子。落語によくでてくるおじさんの名前みたいだな。
「悪いね、この子しゃべるの苦手で」
はぁ!?落研の部員なのに!?!
「く、熊さん、ちょっと落ち着けばしゃべれますから…」
さっきからまくし立ててる彼女は熊さんっていうのか。あとご隠居さんが出てきたら落語が完成しそうだな。
「とにかく!この果たし状にあるような勝負はしませんから!八っつぁんもそんな気、ないよね?」
え?
ちょっとまって、果たし状?
「なんですか果たし状って⁉︎光王子先輩から渡されたのって紹介状ですよね?」
フン、と熊さんから手渡された、丸めた便箋には、確かに大きく『果たし状』と書かれてあった。これはいったい?どうして光王子先輩は果たし状なんて書いたんだろうか…。
つづく
しきり!まったなし! じょりー @jory44
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。しきり!まったなし!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます