夏場所・二日目【不安】

「おもしろかったね!SFグルメ相撲サスペンス!」

「そ、そうだね…しきりちゃんは相撲もグルメも好きだもんね…」

「マエミツくんは?SFとサスペンスが好き?」

「どうかな…どっちかっていうと相撲とグルメの方が好きかなぁ」

「じゃアタシと一緒だ!おもしろかったよねぇSFグルメ相撲サスペンス!」

 太陽の神のちゃんこ番〜時空列車殺人ダイヤ〜。

 先週、ぼくらが観た演劇部の公演のタイトルだ。

 そうか、しきりちゃんおもしろかったのかぁ。正直言うとぼくは楽しめなかったかも。もちろん相撲もグルメも興味はあるけど、そもそも詰め込みすぎてて、余分なジャンルがふたつほど混じっている。

 遠い未来から第1982代式守伊之助がやってきて、太陽の神、つまり相撲の起源となった力比べをさせた天照大神のちゃんこ番たちが次々と殺害される謎を裁く…まぁ、そんなストーリーなのだが、もう時系列がまるでわからない。ちゃんこ鍋を食べるシーンだけやたらと凝っていて、それはそれは美味そうなちゃんこ鍋なんだけど、お話にはまったく関係ない。

 しきりちゃんはストーリーとかは、どうでもいいのかな?ぼくは終始、混乱気味だったのだけれど。


「あ、ここよ。落語研究会の部室」

 ブツブツ言ってるうちに目的地に到着。

 そこは部室ではなく、視聴覚室の隣の物置部屋。半紙に『落研』のなぐり書き。それが無造作に小さなガラス窓に貼り付けられている。ひとつしかないガラス窓をふさいでいるので、中の様子はうかがい知れないが、どうみても部外者を歓迎しているようにはみて取れない。

 わざわざそんな辺鄙な場所へ足を運んだ理由。それこそがぼくら『土俵高校相撲部屋』の夏を暑く、熱くさせている原因なのだ。


 さかのぼること二ヶ月弱。

 ぼくらの部員集めを後押ししてくれた陸上部のカリスママネージャー・木暮陽子先輩は、早朝から校長室へ呼び出されていた。

 用件のひとつは園芸部の顧問の園山先生の引き抜きを慰留させるために。

 そしてもうひとつ。

 もっと重要な用件があったのだが、それについてぼくらが知ったのはそれから何週間か経ってからだった。

 ぼくとしきりちゃんで改めて校長室を訪ねた、その日、電撃的に現れて相撲部顧問を直談判した、校内一の美人教師・手刀先生に圧倒されて、もうひとつの重要な用件を聞きそびれていたのだ。

 もちろん、それについては後日、先輩からきっちり聞かされていて、ただでさえ熱い手刀先生のより一層熱いゲキが飛ばされることとなったのだ。

『やってやろうじゃないの!ね、しきりさん!』

『もちろんよ!望むところだわ!』

 そんなふたりのやりとりをぼくを含め、美術部や天文部からの寄せ集めの部員たちは、冷や汗をたらしながら聞いていたのだ。


 校長から突きつけられたぼくらへの指令。


 それは夏の県大会で優勝すること…!


 優勝だよ?


 しきりちゃん、望むところなの?そりゃしきりちゃんは毎朝稽古をつんでるし、相撲に絶対の自信あるだろうけど…。

 そして手刀先生…やってやろうって、稽古をつけるってことだよね?でも人数合わせのためにかき集めたど素人集団だよ?


 ホント、不安しかない。


『軟式テニスのプリンス』や『シャイニングスター』に相撲強いイメージないし、カイナは相当強そうだけど…女子だし。

 そう、女子の部に参加するにも、女子部員はしきりちゃんとカイナ、ふたりしかいないのだ。

 そこでぼくらは、マネ連の協力も得て、改めて部員集めを敢行することにしたのだ。

 男子部員で運動ができそうなのは陸上部から移ってしたハードル走の物山先輩くらい。そして女子の部での優勝を目指すのであれば、女子部員を最低でもあと3人。

 期待は薄いけど、とにかくマネ連で紹介された部活をこまめに回ってチェックするしかない。この土俵高校に眠る、力士のタマゴたちを見つけるために。


 そんなわけで、『落研』まで来たわけだが、ここにいるようには思えないんだよなぁ、力士のタマゴが。

「天照様の紹介状、読んでくれてるかしら」

 しきりちゃんが不安げに中の様子を探る。

 先週のマネ連の打ち合わせ後に、見学を名乗り出てきたのは落研の方からだった。いや、正確には天照光王子先輩の推薦があって落研のマネージャーさんが名乗りを上げたのだ。『どうせ全部の部活を回って相撲部員勧誘するんでしょ?だったら早めに済ませちゃいたいし』と、あまり乗り気ではない口調で。

「光王子先輩、たぶん視聴覚室の隣だから行ってみたら?って程度のことだと思うよ。本気で相撲に向いてそうな生徒探すなら落語研究部は、ないよ…柔道部とか、ラグビー部だよ普通」

 若干、荒っぽい口ぶりでしきりちゃんを責めるかのような言い回しになってしまったのは、単純に落研に期待が持てないからだけではなく、やっぱり天照光王子先輩に対するやっかみのようなものが拭い去れないから、だろうか。

 もちろん、しきりちゃんを責めるつもりなんてまるっきりないわけで、ぼくはあわてて「なんか理由あるよね?ね?うん!ね!」なんて取り繕ってみた。

「そうね!まず手始めに落研ね!それからまたいろんな部活よね!」

「そうだね、まるで申し合いみたいだね」

「申し合い申し合い〜」

 正確には申し合いとは、勝ち抜き方式の稽古で、次々と稽古相手を入れ替えていくやり方。なので勝ち負けのない部活見学が申し合いなのかは悩ましいところだが、ぼくらは不安をかき消すようにリズミカルに落研のドアを開けた。

「申し合い〜ぃ、申し合いぃ〜い」


 つづく

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