夏場所・初日【舞台】

 トン トトン…トトントン…


 寄せ太鼓と呼ばれる、大相撲の興行を知らせる太鼓の音とともに、幕が上がる。


 ぼくたちは演劇部の定期公演を観るため、体育館に来ていた。

 演劇部は年に4回、定期公演を行なっている。

 新入生の歓迎と勧誘を兼ねて、4月下旬に行われる春公演。新入部員のお披露目となる夏公演は6月前後からひと月ほど続く長丁場だ。学内だけでなく、市内の公民館も巡るツアー形式になっている。二学期に入ると毎月新作を披露しつつ、11月の文化祭での演目を絞ってゆく。定期公演ではあるが、主役や脚本など、文化祭本番に向けての部内でのサバイバルの様相を呈した、まさに演劇部の真骨頂ともいえる一大イベントと化す。残りひとつは年明けの新春公演。ここでは三年生を送り出す涙ながらの演出もあり、秋の丁々発止からガラリと趣きを変えた、微笑ましい舞台となることが多いらしい。

 ぼくらが足を運んだのは夏公演の初日。

 ぎこちない新入部員が初々しくもあり、観ているこちらにも緊張感がみなぎる。


 5月の終わり。


「ひと月で部員を集め、相撲部屋を立ち上げる」…そんな啖呵を切ってから、そう、ぼくたちが入学してから二ヶ月が過ぎようとしている。

 ぼく、前頭玉光は、子どもの頃から憧れである力士になるため、そしてぼくの名字を気に入って、結婚したいとまでいってくれたしきりちゃんのため、相撲部屋設立に力を尽くした。

 その結果、相撲部マネージャーという形でしきりちゃんと一緒に、この土俵高校での相撲ライフをスタートすることとなったのだ。ついでに『各部マネージャー連絡会』通称・マネ連の会長をやらされるハメになったが、これも何かの縁だろう。

 実際、今日この公演に最前列で相撲部員がズラリと座らせてもらっているのも、マネ連で知り合った演劇部の方たちのご厚意だ。


 演目は『SFグルメ相撲サスペンス』と銘打った、いわくつきのタイトルで、かつて相撲を敬遠していた西山校長によって公開直前での変更を余儀なくされた演目なのだ。


 その西山校長こそ、かつて『史上最強の横綱』と呼ばれた元横綱・西強山。しきりちゃんの祖父…こちらもまた『伝説の力士』と語り継がれる関取・力東…から、生涯のライバルと言わしめた間柄。


 かつて、ともに10代で関取となり、競い合っていた西強山と力東。2人そろってスピード出世ともてはやされたのだが、じつはその現役中、西強山は一度も力東に勝てていない。対戦成績0勝のまま、力東は廃業。

 その後横綱まで上り詰めた彼にとって、唯一の心残りは、土俵上で力東に土をつけることができなかったこと。

 そしてしきりちゃんが幼いころ、じつは力東が他界していたことを知り、それ以来、失意のまま相撲界から足を洗い、今ではこの高校の校長である。そんな相撲嫌いの校長を向こうに回し、相撲部屋を立ち上げたしきりちゃんを、ぼくは心から全力で応援したいのだ。決してしきりちゃんが校内でも屈指の美少女と騒がれているからではないのだ!本当に!


『SFグルメ相撲サスペンス』の幕が上がった。舞台は何やら天国のような光あふれる雲の世界…え?相撲は?

 手元のパンフレットに目をやる。

『太陽の神のちゃんこ番〜時空列車殺人ダイヤ〜』…コレが演目のタイトルなのか。確かに相撲嫌いの校長からダメ出しをくらいそうな…いや、太陽の神の天罰が下りそうな演題だ。

 しかし、こうして晴れて公開に至ることになったのは、やっぱり相撲部屋設立を認めたことによるものなのだろうか?


「校長、変わってきてると思うわ」

 後ろの席からぼくの耳元に色っぽくささやいたのは陸上部のカリスママネージャー・木暮陽子先輩。校長からの信頼も厚い敏腕マネージャーで、陸上部のあらゆる種目で全国的な成果を収めている彼女が、たまたま居合わせたおかげで、相撲嫌いの校長から部員集めの承諾を得られたのだ。

「変わってきてるって、どんなふうにですか?」

「相撲に対する抵抗が薄れてきてるってことかしら?」

「やっぱりそうですか?一旦は中止させたこの演目を解禁してるくらいですからね…」

「こないだ校長室でくしゃみをしていたわ」

「くしゃみを?どっかでウワサでもされてたんですかね?」

「マワッシ!って言ってたわ、くしゃみ」

「センパイ…それアタシの前でもいつもそうだから…!」

 素早くツッコんできたのは西山カイナ。

 相撲部員であり、しきりちゃんの幼なじみであり、そして校長の孫である。

「あらそう。その前は校長室で、ウゥッチャリッてくしゃみしてたわ」

「うっちゃり!土俵際まで追いやられた力士が体の横へ相手を振って逆転する技…転じて、土壇場で逆転すること…」

「知ってるし!解説うざいし!マエミツのくせに!」

 カイナはいつもぼくに手厳しい。陰ながら相撲部のために力を貸してくれたり、この木暮先輩に嘆願したり、甲斐甲斐しいところがあるのに。なぜかいつも上から目線なんだよな。おかげで木暮先輩は校長に呼び出されて釘を刺されたりしてるというのに。


「でもぉ〜、くしゃみって深層心理が現れるっていうしぃ〜」

 軟式テニスのプリンス・三段目翔くんのだる〜い語り口。たぶん内容も思いつきで言ってるだけのデマカセだ。コイツもしきりちゃん目当てで入部してきた。


「しーっ」

 しきりちゃんが手のひらを縦に口元に添えて注意を促す。舞台はとっくに始まっているのだ。

 しかし、しきりちゃん。しーっ、は普通人差し指を口元にあてるんだよ?しきりちゃんのそのしぐさは手刀といって、勝った力士が勝ち名乗りを受けるときのしぐさだよ…。


「黙って見なさい!しゃべるなら声を出さずに!」

 無茶なことを、けっこうな大声で言うのは、まさにその手刀…わが土俵高校相撲部屋の顧問・手刀心先生だ。おそらく校内イチの美人教師であり、相撲に対する変態さはしきりちゃんやカイナに引けを取らない奇特な女性。


 舞台は太古の神が、国をかけて力くらべをしている最中に、厨房で死体が発見されて、未来の世界から警察が捜査に乗り出す、という場面だ。

 相撲の起源…それは天照大神の孫が力くらべをしたことによるらしいが、それとグルメとサスペンスにSFをかけあわせて、なんとも言えないクセのある演劇だ。

 明るい舞台上と相反して、客席は暗いのだか、その一角に、やたら眩く輝く生徒がひとり。

 その名も天照光王子。

 彼もまた、しきりちゃん目当てで入部してきたのだが、ぼくらの夏が、彼のせいでこんなにギラギラ汗ばむものになるとは、ぼくはまるで予想していなかったのだった。



 つづく

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