春場所・十二日目【軟弱】
「まったく最近の高校生って、そんなことばっかり考えてんのかしら?軟弱者だらけね!」
渡されたティーカップを慣れた手つきで口へ運ぶ。
隣に立つ白髪の男性は手袋をしたまま、静かに飲み終わるのを待って、トレイを差し出した。古い映画かなんかで見た光景みたいだ。たぶん『執事』とか『じいや』と呼ぶのだろう。
「さがっていいわよ」
「かしこまりました、カイナお嬢様」
「お嬢様だとは思ったけど、マジでホントにお嬢様なんじゃーん!」
お嬢様に向かってなんという口の利き方かと思うが、『軟式プリンス』だもんな、しょうがないか。
「ホント!軟弱者ばっかでムカつくわ!」
しきりちゃんも珍しくカイナに同意したようだ。
ここは西山カイナの実家…つまり、元横綱・西強山の家なのだ。『史上最強の横綱』と呼ばれながらも、引退後角界から身を退き、わずか数年で土俵高校をはじめ、いくつものグループ学園を築き上げた西山校長。さすがの大邸宅ぶりだ。
日曜の遅い朝。
「ブランチタイムにいらっしゃい」と誘われ、ぼくとしきりちゃんと『軟プリ』こと三段目くんは、ここ西山邸へ招かれていた。
どこから聞きつけたのか、昨日ぼくらが天文部に呼びつけられていることを知って、目を輝かせての登場だ。
「天文部っていやぁ我が土高の禁断の花園と名高いラブとロマンスの殿堂ですよ!そりゃあ頭の中はあんなことやこんなことでいっぱいなんスよ!」
今さっき軟弱者となじられた人間をここまで持ち上げるとは、さすが軟式の王子と言われるだけのことはある。しかし、なんで天文部が花園なんだ。園芸部だろ花園は。
「で、しきりちゃんは会ったの?例の部長さんに」
「シャイニングスター?」
「会ったのはぼくだけだよ。しきりちゃんには陸上部に行ってもらってたし。おまえが演劇部に入ってる間にな」
「ふたりじゃ演劇部まで手が回らなかっただろう?このボクがいて助かったねキミたち!」
「助かったか?ぼくたちが後から演劇部行ったからよかったけど、おまえひとりだったらあの後どうなってたことか…」
「ちょっと!アタシを無視して話進めないでちょうだい!演劇部も陸上部も後でいいからさっきマエミツが話してた天文部の話、聞かせなさいよ!」
カイナが怒るのもムリないな。ぼくがチラッと話した昨日の天文部での顛末には、居合わせたぼくが一番驚いてるんだから。
それは昨日のこと。
校門でぼくら3人はそれぞれ、天文部、陸上部、演劇部に顔を出すことにして、別れて行動した。
しきりちゃんは陸上部に行ってハードル走の選手、物山先輩に会い、三段目は演劇部に行って用を聞いてくる。ぼくは天文部に行き、それぞれの用が済んだらまた校門前に戻り、一番遅れてるひとのところへ向かう。そう手はずを整え、ぼくはさっそく天文部のある視聴覚室へ向かった。
視聴覚室は、マネ連や音楽室がある南校舎の向かい、北校舎の5階にある。つまり、5階にあるマネ連の真っ正面に見えるわけだ。
いつも厚い遮光カーテンに覆われているが、その日もドアの内側にぴったりと黒いカーテンが閉められていて、中の様子は伺えない。しかし『キャアアアーッ』という女子の声と、ときおりチカチカ光が漏れるのは、ハッキリと確認できる。中で一体何が行われているのか。
用があるから来いと言われたのだから、堂々とドアを開ければいいのだろうが、得体の知れない不安のせいでビクビクしているぼくを、いつの間にか数人の男子が取り囲んでいた。
「え?な、なんなんですかアナタたち…ぼくがどうかしましたか…?」
なるべく丁寧に問いかけてみたが、その男たちはゴクリと生唾を飲み込むだけで、何も答えない。ぼくと目も合わさない。ただカーテンの向こうの様子をじっと伺っている。
異様な光景に後ずさりしそうになった時、黒カーテンの隙間から声が聞こえた。
「相撲部のマエミツ君かい?」
「は、はい!あの…部長さんに来るように言われて…」
「入りたまえ」
たぶん今の声が昨日ぼくにここへ来るように言った部長本人だと思った。極端に短いフレーズで、しかも圧力の強い語り口。
入れた言われたので、ぼくはドアの奥のカーテンをまくり、身を潜らせた瞬間うなり声のような女子の歓声にたじろいだ。
しかし、その歓声はもちろんぼくにではなく、部屋の奥でキラキラ光る『シャイニングスター』に向けられたものだ。
ツカツカと近寄ってきたのは分厚いメガネをした女性。
「ようこそ天文部へ。わたしは副部長の
「あ、ども。ぼく相撲部のマネージャー、の予定ですけど、前頭っていいます」
「
「あまてらす⁉︎もしかしてあの部長さんのことですか?」
「ええ。天照
「ひか、ひかりおうじ?なんて名前ですかそれ」
「生まれついての星の王子ね。光輝く存在になれって名付けられたんだわね」
「つけますかね、そう願ったとして…」
「や!」
「ハッキヨイ⁉︎」
「きゃー!光王子さまが声をおかけになったわ!」
「あんなみずぼらしい生徒にまでお声をかけられらなんて!なんてすばらしいの!」
「死ぬー!」
ぼくに部長さんが一言挨拶しただけで、周りの女子たちは軽く死にそうになっている。
「さっそくだが。相撲部に興味があってね」
「え?ひ、光王子さんが相撲部に?」
「いやー!天照様の口からすもうなどという似つかわしくないお言葉が…!」
「でも、そんな貴方に私たちも興味が尽きませんわ!」
「し、死ぬー!」
「あ、あの惑井さん!なんなんですか、彼女たちは?」
「あぁ、アレは『土星の環』ね」
「はあ?そ、それって天文部の活動のなんかですか?」
「ここ天文部は、正しくは『天照光王子親衛隊』とでも言うべきかしら?彼女たちは天照の引力から逃れられなくなって彼の周りを回り続ける星屑ね」
「は、はあ…」
「それと、外に男子どもがいたでしょう?アレはクレーターよ」
また天文学的用語だ。
「シャイニングスターの周りを飛び続けることに疲れ果てた女の子は流れ星のように燃え尽きてしまうの。そのわずかでも燃え残ったものが地表に届くとそこにクレーターができるわよね?あの男どもは、そんな弾かれた土星の環にありつこうとする穴ボコみたいなもんよ」
「クレーターじゃなくてストーカーじゃないのよ!」
ここまで黙って聞いていたカイナが口を挟む。
「おこぼれを狙うなんて軟弱者の極みだわ!」
しきりちゃんも続く。
なんだろう、もう、相撲と全然関係ないところで、ぼくも何かの引力に引きずり回されているような気がしてきた。
つづく
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