春場所・十一日目【記憶】
「最初の男はね、図体だけデカい素人でね、右の前マワシ取ってから簡単に出し投げで手をついてたわ」
「左の
「2人目は背の高い男だったわ…懐に入り込んで内股をすくってやったらすぐコロン、よ」
「内無双だ」
「次のヤツは…あ、チビだったわ。ほとんどの相手がアタシよりデカいから、チビはやりにくかったなぁ。組むのがイヤで突っ張ったら泣きながら土俵割ったわ。たぶん張られた経験がないんでしょうね」
「突き合いになったの?」
「ううん、一方的な突き出しよ」
「へいへぇい!なんだよ朝っぱらから興味深い話してんなぁ!」
うわ。
でた軟式テニスのプリンス・三段目くん。
「なんで土曜に学校来てるんだ?」
「やだなあマエミツくん!相撲部に話があるって言われてたろ?」
聞いてたのか、あの時。途中で姿くらますから聞いてなかったと思ってた。コイツ美人の話しか興味なさそうだし。
「アンタが喜ぶような話なんてしちゃいないわよ」
しきりちゃんが冷たく言い放つ。
「してたじゃんよ!デカい男と背の高い男?あと、チビ?だっけ?」
「なんだよ、最初から聞いてたのか。でも興味ないだろ相撲の話なんて」
「…?相撲の話?」
「どうした?」
「いや、付き合ったとかフラれた経験とか、素人の内股がどうとか…彼氏の話だろ?」
「はあ!?」
「なに言ってんのアンタ!」
「突き合いとか張られた経験ってのは、張り手の話だよ!なんかとごちゃ混ぜになってるみたいだけど、全員道場破りにきた相撲の相手のことだよ!」
「道場破りぃ?」
はあ。
そこから説明するのか…。
ぼくだってホントはしきりちゃんに、おじいさんはどうして亡くなったのか、なぜそれを公表してなかったのか、それを知った校長はどんな反応だったのか、とか聞きたいのに。
カイナや校長の意味深な言葉の意味がわかる気がしそうなんだけど、なかなか切り出せなくて、とりあえず道場破りのことを話題にしたりして…。そこへきてコイツめ。
「あ、そういえばしきりちゃんとカイナさんって幼馴染なんだって?かわい子ちゃん同士、仲良かったんだろうねぇ」
軟プリのスキル発動!
ぼくがどうやって聞き出そうかモヤモヤしてることをズバリストレートに聞けてしまう能力…うらやましくもあり、心配にもなる。
「魁皇ちゃん?仲良かったっていうか、向こうから声かけてきたからなぁ」
「へえ。自分は横綱の孫ですって言ってきたの?」
「そう。あなた力東のお孫さんよねって。祖父がお世話になりましたって」
「え?カイナがそんなことを?」
「祖父って言ってたわよ。魁皇ちゃんすごい小っちゃくって礼儀正しい子だったもん」
それはちょっと信じられないな…。口を開くたび上から目線で嫌味をぶつけてくる、あのカイナが?どこかで人格が一変したのか?
「あの…おじいさんが亡くなっていたこと、カイナにはすぐ話したの?」
ぼくなりに勇気を出して確信に迫ってみた。
「おじいさんて校長のライバルだったってお相撲さんなんだろ〜?死んじゃってたんならカイナさんも校長から聞かされてるんじゃねぇの?」
コイツ、ノリは軽いけど、飲み込みが早いんだよなぁ。ちゃんと考えてしゃべってんのかな?
「それがね、たしか魁皇ちゃん初耳だって言ってた気がするんだよね〜。おじいさまに伝えなくちゃって言ってたような」
「えぇ⁉︎そうなんだ?」
「マジかぁ!おじいさまとか呼んでたんかぁ」
そっちじゃなくて。いや、確かにカイナは校長のこと『あの人』って呼んでたから、まだそのころは毛嫌いしてる様子はなかったってことか。
「つまり、校長はその時まだ力東が亡くなってることを知らなかった、と。そうだよねしきりちゃん?」
「そうね、西強山より先に魁皇ちゃんに教えたんだもんね」
「しきりちゃん…初めて校長室に行ったときのこと、覚えてる?」
「もちろん!西強山の憎ったらしいしゃべり方、忘れるもんですか!」
慎重にしきりちゃんの顔を覗きながら、ゆっくりと聞いてみた。
「そのとき校長がこう言ったよね?『力東の孫よ、まだワシを恨んでおるのか』って…」
しきりちゃんは眉間にシワを寄せながら考え込んだ。
「…あぁ、それは…覚えてないなぁ…言ったっけそんなこと…」
「うん、部屋を出る間際に」
「…忘れちゃったわ」
忘れるもんですか!って言ってたのに。
ま、忘れたもんはしょうがない。
「ぼくずっと気になってたんだよ。アレどうゆう意味なんだろうって。しきりちゃん、校長に恨みなんてあるの?」
「あるわよ!相撲部がないなんて!」
「いやいや、そうじゃなくて、入学前…もしかするともっとずっと前に。例えば幼稚園の時とか」
「なんだろ?わかんないなぁ」
ぼくはぼくなりに、ここまでのなりゆきを整理して、ある考えを持っていた。
「あ、アレだ!生涯のライバルだったしきりちゃんのおじいちゃんの力東さん?その人が死んじゃっることを校長自身が知らされてなかったってことは、知られたくない理由があったんじゃないかなぁ〜。例えば、そのことを知らせたら校長が落ち込んだりするとかさぁ」
おーい!今ソレぼくが言おうとしてたんだが。
「落ち込む?先に死なれたから?」
「どうなの?しきりちゃん、校長はおじいさんの死を知って落ち込んでたの?」
「あぁ!あの日ね!魁皇ちゃんに教えたその日の夜!西強山が家に来たのよ!力東が死んだのは本当なのかーって叫びながら!」
「よく覚えてるね」
「アタシ記憶力には自信あるもん!」
おぉ!2週間前の事をすっかり忘れてる子がよく言った。しかし、それだけ当時は印象深い出来事だったんだろう。
「で?で?校長はしきりちゃんの家に来てなんつったの?」
「んー、はっきり思い出せないけど…ワシのせいだ、ワシのせいで力東は死んだ!みたいなこと言ってた気がするなぁ、意味はわからないけど」
「しきりちゃんの記憶力あったりなかったりだな!」
問題はそこじゃない。
ワシのせいで死んだ…そう言ったんだとしたら、それはやっぱり恨まれるようなことがあったとしか思えない。
相撲から足を洗ったとまで言うほどのなにか。
おじいさまと慕っていたカイナに嫌われるほどのなにか。
「あ、時間だよ!アタシ演劇部に顔出してくるね!」
話を遮ってしきりちゃんは校舎に駆けていった。
今朝の記憶はしっかりしていたようだ。
つづく
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