春場所・十三日目【興味】

「マエミツの話はだいたいわかったわ。あんたみたいなばっかってわけね」

「一応、三段目くんのために教えておくと、力士が取組の時にマワシの前辺りにぶら下げているをサガリって呼ぶんだけど、ただ挟んであるだけだから、何かの拍子にすぐ抜けちゃうんだよね。それくらい情けない奴ってことらしいよ…」

「マエミツくんとサガリを一緒にしないで!あんなヒモほどヒョロヒョロじゃないもん!ね!」


 さすがにヒモと言われると悲しい。

 しかし、天文部の周りに集まってた男子たちは、シャイニングスターのおこぼれを手にしようと群がる、ある意味ヒモよりみっともないぶらさがり軍団と言われてもしかたない連中だった。


「じゃ、次。しきり、アンタはどうだったの?」

「アタシ?あー…」

 しきりちゃんはうんざりといった表情でぼくの方を見た。

「ま、事実を話すしかないよ、ウソつく意味ないし」

「そうね。じゃ話すわ。陸上部の物山先輩のこと…」

「その人って、ハードル走で全国大会に出る男でしょ。たしか校長室で木暮陽子が話してた…」

「なんで知ってんの?」

「ななななんでって…!」

 カイナがなんでぼくたちや木暮先輩の会話を知ってるかは、わかっていた。初めて校長室に行った日、カイナは廊下からこっそり盗み聞きをしていたのだ。わからないのは、そもそもカイナが何をしに校長室に行ったか、だが。

「そんなの学校中だれだって知ってるわよ!全国大会よ!」

「へぇ〜、オレ知らなかったなぁ。すごい人なんだぁ?」

 三段目こと軟式テニスのプリンスは、何の悪気もなく言ったのだが、カイナにはキツイ嫌味だったかもしれない、歯ぎしりをしながらイラついている。いつも嫌味たっぷりな彼女には、たまには良い薬だろう。

「アタシも知らなかったわ。昨日の朝、陸上部で初めて知ったかも」

 それはちがうぞしきりちゃん。

 校長室で先輩から全国大会のこと聞いたのは、しきりちゃん本人なんだし。週明けに陸上部でいきなり『相撲部に入らないか』って声かけて困らせたのも君だし。

「木暮先輩がいなかったから陸上部の部室の前をウロウロしてたら何人かが声かけてきたから『物山って生徒はどこか』って聞いたらすぐ教えてくれたわ。ちょうどランニングが終わって戻ってくるところだったみたい」


 しきりちゃんは制服の袖を肩までまくり、スポーツ用のレギンスを履いていて、短いスカートがめくれようがまるで気にしない。髪はトサカのように立ち上がったスタイルに結んでいて、そして顔立ちは相当にカワイイ。

 そんな子が部室の前をウロついてたらかなり目立つし、すぐ声をかけられるだろうな。自覚がない分、実に危なっかしい。手が空いていれば絶対にひとりで相談なんかに行かせなかったのに。

「マエミツ!集中して聞きなさい!変態野郎!」

「へ、変態じゃないよぼく!」

「じゃ、今何考えてたか言ってみなさいよ!」

「…やだ」

「ほらごらん!」

「ははは、マエミツは変態だもんなぁ〜」

「まぁそれはそれでいいとして。で、物山の相談って何だったの?」

 それでいいわけないだろ。

 しきりちゃんはまるで気にもせず、話を続けた。

「ま、ぶっちゃけて言うと、片想いってやつ?どうやって好きですって伝えようか、ですって」

「なにあんた!告白されたの?」

「どうやって伝えようか、って言うんだからしきりちゃんに対してじゃないってわかるだろう?それにね、前に行ってわかったけど、陸上部の男子なんて、ほぼ全員木暮先輩目当てで部活やってるようなもんだし」

「なんてこと!これまた軟弱者の集まりってこと?どうなってんのこの学校は!それで?それで?なんて答えたのよしきり!」

 ノッてきたなカイナ…。興味なさそうなくせに。

「え?だから、好きなら好きって本人に言えばいいのにって言ったの」

「それよ!それしかないじゃないのよ!ねぇ!なに怖がってんだか」

「いやぁ〜それはどうだろうねぇ。木暮陽子といえばかなりの人気者だよ?散々告白されまくってるだろうから、ただ好きですって、それだけじゃ見向きもされないんじゃないかなぁ〜」

「そ、そうゆうもんなの⁈じゃ、逆にヒョロヒョロで根性なしで、告白なんてされたことなさそうな奴ならイチコロなの⁈」

「そうだねぇ〜、ま、相手によるよねぇ?かわいげのない子なら良い返事しないかもなぁ」

「三段目は面食いだからな」

「おいおいマエミツ…おまえだってそうだろう?おまえの周り、美人ばっか集まってきてるじゃんかよ」

「そうなの?マエミツ!なによマエミツのくせに!女の中身はどうでもいい男なのかよオマエ!」

「な、なんでそうなるんだよ!今は物山先輩の話だろ?ぼく関係ないじゃないか」

「いや、関係なくは、ない」

 珍しく三段目 翔が端的に言い切った。

「カイナさん、オレ昨日演劇部に行ってきたんだけどさ、そりゃあもう大変な目に遭ったんだよ!」

「それがマエミツのせい、なの?」

「そうそう!なんでも演劇部の男子が揃って相撲部に入りたがっていて、あの美人の部長さんが困ってたんだから」

「ベルサ湯野原って女ね。それとマエミツがどう関係あるの?」

「だからさ、相撲部のマエミツってやつがあちこちの美人とお知り合いになってるって、しかも相撲部の顧問は学校イチの美人教師らしいって。うちの部員を惑わせるようなことはやめてほしい、って!」

「それこそとばっちりだよ!ぼくが何したっていうんだよ」

「そういえば天文部の部長って、なんで相撲部に興味ある、なんて言ってきたのかしら?」

 話が急にぼくとシャイニングスターの話題に切り替わった。

 でも、できればそこはケムに巻いたままにしておきたかった。

「さあ…?新しいモノ好きなんじゃないかなぁ」

「ふぅん。そんなもんなの」


 そんなもん、ではない。

 天照光王子が相撲部に興味を持った理由…まさか、あのシャイニングスターがしきりちゃんとデートしたいからだなんて…

 どんなに軟弱者と罵られようと、それをここで言えるほど、ぼくは懐が深くはできていないのだ…。



 つづく

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