春場所・九日目【明日】
「マエミツくぅん、キミまだあのノート書いてるの?」
「あの…ノート?」
「ぼくが彼女に逢ったのは…」
「ハッキヨイ!!」
「おぉ、久々に聞いたなそのフレーズ」
「あ、あれは単なる覚え書きであって、別にずっと書き込んでるわけじゃ…」
ずっと書き込んでいる。実は。入学以来、しきりちゃんとの出会い、しきりちゃんとの会話、しきりちゃんとの将来の夢。毎日書き込んでいる。
でもお前には絶対に教えないけどな、軟式テニスのプリンスさんには!
入学してから3度目の週末を控えた金曜の午後、後ろの席から急に声をかけられた。
思えば入学直後にこいつにノート見られた日から、ぼくのしきりちゃんの物語が動き出したと言ってもいい。
「オレさぁ、ちょっとお前に感心してるんだよねぇ」
「…相撲のこと、か?」
「うんにゃ、相撲カンケーない」
「ないのかよ」
「うーん、なくはないかな?お前と一緒に相撲部のことに首つっこむようになってから美人との遭遇率が高い高い!」
「んあ?なんのことだ?」
「美人だよ美人!いるとこにゃいるもんだけどな美人は。でもなかなか関わり合いになれることなんてあるもんじゃない。なのにこの1週間だけで、書道部のマネージャー・
「よくそんなに名前覚えてんな」
「美人の名前は覚えるんじゃない、刻みつけるんだよ」
「なんだよそれ。おまえたまに名言ぽく言うけど」
「感心してるんだってば!お前、なんかそーゆーチカラあるのかもな!」
「どーゆーのだよ?あのな、入学してからこの短い間にいろんな人に会っただろ、めまぐるしく。お前の言う美人さんもたくさん会った中の何人かだよ。こう言っちゃなんだけど、美人さんじゃない人の方が多いんじゃないか?」
「例えば誰でござろう?」
「例えば?」
「演劇部の古堂宮どのか?」
「あー、あのひとは美人ではないよな」
「なるほど。お主のような正直者は打ち首じゃ」
「打ち首⁉︎あ…古堂宮さんっ」
軟プリのやつ、姿くらましやがった。あいつ美人以外からの逃げ足が異様に早いなちくしょう!
「ちょっと古堂宮さん、冗談きついですよ!誘導尋問とかやめてください!」
「本心から答えておったろうお主」
「え?いや、あはははは」
「まあよい。本題に入ろう。明日あさ8時、演劇部の部室へ参られよ」
「あした…土曜日すか?しきりちゃんも一緒に、ですか?」
「猥褻な展開を思い描いておるのだろう?よいぞ、ふたりで来るがよい」
「思い描いてないですよ!」
「ほっほっほっ」
黄門様なのか?今日は。
毎回毎回わけのわからないひとだ。
ふと、廊下の奥から声が聞こえた。
ワー!キャー!という、いわゆる黄色い声援、悲鳴。
三段目くんは自称軟式テニスのプリンスなわけだが、その男は明らかに生まれもっての王子様オーラを纏っていた。
「あ…あれ、天文部の部長さんよね⁉︎」
「やだこっち見た!眩しすぎる!」
「古堂宮さん、あのひと知ってます?」
「ほっほっほ…知らぬわけがあるまい。わが土俵高校のシャイニングスターを」
シャ、シャイニングスターぁ⁈これまたブッとんだネーミングだな。軟式テニスのプリンスやベルばらどころじゃない、ヤバイ意味での本物だこのひと。
「やぁ」
「ハッキヨイ!!」
いきなりシャイニングスターに声をかけられて変な声を出してしまった。
「きみだね」
「へ?ぼくですか?」
「あした」
「あした…明日、土曜日がなにか」
「部活の前に、ね」
「天文部の?土曜日も天文部活動するんですね。え?行けばいいんですか?どこでやってるんですか?」
「じゃ」
そう言うと、シャイニングスターはクルリと背中を向け、まるでなにかをキラキラ撒き散らすかのように手をヒラヒラさせながら去って行った。
「ま、前頭くん!彼と会話したの?」
「ど、どんなカンジ⁉︎」
「あー!アタシも彼とお話ししてみたぁい!」
「アンタみたいなブスが会話できるわけないでしょ!シャイニングスターよ⁉︎」
ぼくの周りで女子たちがいつのまにやら騒然となっていた。
なんだったんだ?会話というか、一方的に声かけてっただけだぞ。しかも「じゃ」とか「きみだね」とか、まるで言葉を惜しむかのような短いフレーズで。
「明日の朝…何時だろ」
「土曜日の部活は基本的に9時からと決められておる。それより前に来られよという沙汰でござろう」
「て、丁寧にありがとう…黄門様」
「黄門?お主が言っておる意味はわかりかねるが、極度の下ネタ好きなのは理解したぞ」
「し、下ネタじゃないっスよ!古堂宮さんが演じてるから…あ!古堂宮さんに指定されたのも明日の8時ですよね?天文部断らなきゃ!」
「きみが相撲部のマネージャーやってる前頭くんかい?」
窓から差す午後の日差しがまぶしく反射する。健康的で爽やかな笑顔は、シャイニングスターとはまた違った魅力を発していた。日焼けした肌、引き締まった筋肉。スポーティで真面目そうな彼はぼくの手を握り、明るくこう言った。
「オレ、陸上部のハードル走の選手。物山っていうんだ。ヨロシクな!」
あ、すっごい前に聞いたことある。
確か初めて校長室に乗り込んだ時、木暮先輩が話してた人だ。
「えっと、もしかして全国大会に出るっていう…」
「おお!知ってくれてたかい。応援ありがとう!」
特別、応援はしていないが。悪気ひとつないさわやかスマイルを見て、ぼくも「はあ」としか言えなかった。
「きみにね、折り入って頼みがあってさ。明日、部活の前に話を聞いてくれないか」
「あ、明日ですか?いや、明日は」
「そうか!ありがとう!それじゃボクは練習にもどるよ!ごきげんよう!」
ハードルの物山くんは走って行ってしまった。
ひとの話、聞いてないのか?
「それでは、明日の8時で。ゆめゆめ、間違えるでないぞ」
こ、この人も話聞かないし!
このままじゃ、明日の朝、ぼくのカラダみっつないと足りないじゃないか。
つづく
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