春場所・七日目【目星】

 入学直後、初めて校長室に乗り込んだあの日以来、2週間ぶりの校長室。

 あの日、ぼくらは西山カイナ、木暮陽子、そして校長の西山 強の三人と初対面。そして期限を1カ月と決められての部員集めが始まったのもあの日だ。


 あれからあっという間の2週間だった。

 当初、しきりちゃんは2週間で部員を集めてみせる!と息巻いていたが、それが今日までだとすると、ちっとも間に合ってないわけで。もう半分過ぎたと考えるか、まだ半分しか過ぎていないと考えるかは、大きな違いがある。

 運の良い人間は、そうでない人間に比べて、運が良いと感じる能力に長けているらしい。運の良さ自体は変わりがないのだ。

 2週間が過ぎたという事実は変わりようがないのなら、残り2週間を有意義に使うしかない。

 そのためにまず、顧問の先生、である。


 月曜の朝から、木暮先輩が校長室に呼ばれたのは、まさにそのことだった。

 先輩が気を回して地味な文化系の部活の見学を勧めてくれたのは、そのあたりにしか現時点で顧問から外れられそうな先生がいないからだ。


 おかげで目星はついた。

 園芸部の園山そのやま先生だ。

 おそらく30代後半と思われる背の高い男性教師だ。部員も少なく、顧問の先生も他にもうひとりいる。相撲部の顧問をお願いするならうってつけだ。

 そう思ってぼくらは先週の金曜日、部活の終わる時間を見計らって直接、園山先生に交渉に行ったのだ。

「はあ」

 という、そっけない返事ではあったが、断られてはいない。園芸部についても、たいした思い入れもなかったみたいだし、早々に決まるだろうとタカをくくっていた。

 しかし、明けて月曜の早朝、木暮先輩は校長にこう言われたそうだ。

『相撲部のために顧問を見立ててやったそうだが、園山先生にその意思はない。あの者たちに伝えておきなさい』と。


「これは明らかに妨害工作よ!結局1カ月で部員を集められたとしても校長の妨害で顧問が決まらず、相撲部を認めないつもりなのよ!」

「しきりちゃぁん、仕方ないさそれは。先生たちだって校長の相撲嫌いを知ってるだろうし、わざわざ逆らって相撲部の顧問やろうなんてイカした先生いねんじゃね?」

「さ、三段目くん、それじゃ困るんだよ!もう他の部には頼めそうな先生いないんだし」

「マネ連に行って先輩から何か言われなかったの?マエミツくん?」

「うん…。あえて話題にしなかったように感じるくらい、顧問のことはスルーだったなぁ。そのままアリーナズと体育館の見学行かされちゃったし…」


 こんな会話じゃ埒があかない。

 そこで再び直談判だ!、となったわけで。

 もちろん、校長室に行くことは木暮先輩や西山カイナには内緒だ、

 先輩に余計な心配かけたくないし、カイナと校長を会わせるのは避けた方がいい、そんな配慮だった。


 コンコン。

「し、失礼しまー…す」

 ぼくはかすれてうまく声が出せないほど緊張していた。

「来たわよ!西強山!」

 うわぁしきりちゃん!声もデカイけど、シコ名で呼ぶのはどうなんだ?

「来たか、力東の孫…」

 こっちもシコ名か、校長…。

「ん?ひとり増えているな。2週間でやっとひとり、か」

「あ、ボクのことッスか?」

「軟プリの他にも2年と3年もいるわよ!」

「なんぷり…」

「あ、軟式テニスのプリンスって呼ばれてたんです、この子」

「シコ名、か…」

「シコ名は現在は四股名と表記されることも多いが、もとは『醜名』と書かれており、『たくましい男の呼び名』の意味であったことから、たくましさのかけらもない軟派でチャラい三段目くんの場合、シコ名と呼ぶより、単なるアダ名と考えるべきで…」

「おお、そうかそうか。君は相撲の知識は達者なようだな」

で何が悪いのよ!いくらマエミツくんがヒョロヒョロだからってバカにしないでよね!」

「まぁいい。先日、木暮くんに伝えたハズだが。君らが目星をつけた園芸部の園山先生に相撲部の顧問を務める意思はない、と」

「ぼくたち、部員集まるまであと少しなんです!期限内に集まったらその時は園山先生を是非顧問に…」

「園山先生はすでに園芸部で仕事をされておる。相撲部をやらせるつもりはない」

「園芸部4人しか部員いないし!もうひとり顧問の先生いたでしょ!いいじゃないのよ園山のひとりやふたり!」

「ちょっと待ちなさい!!!」

 バッターン!

 激しく扉を開け放って、ひとりの女性が校長室に入ってきた。

「なによ!アタシはまったなしよ!」

「アタシだってまったなしよ!」

 なんだなんだ?

「お互いまったなしなら立ち合いは成立ね!アナタがしきりさん?ちょっとアタシの話を聞いてもらうわよ」

手刀てがたな先生、いったいどうされたんですか」

「すみませんね校長!これだけはこの子たちに言わないといけないと思ってつい…すぐに失礼します」

 このひと、先生だったのか。どこかで見たような…。

「手刀先生っていやあ校内でも屈指の美人教師って有名な先生じゃないッスか!近くて見るとやっぱキレイだな〜」

 知ってるのか軟プリ!おまえのフィルターどうなってんだ。

「手刀 こころ、29歳。独身。担当教科・体育。園芸部顧問」

「さすが詳しいな…え、園芸部⁉︎」

「確かに手刀先生と園山先生が園芸部の顧問だが、何か?」

 そうか、どこかで見かけたと思ったのは、先週、朝の水やりをしているところを見かけたからだ。男女ふたりの先生がダルそうに水を撒いていたな。

 顧問を頼むなら背の高い男性の教師だと決めつけて話しかけてたから、あんまり印象に残ってなかったな。…美人なのに。

「しきりさん?アナタさっきなんて言った?園山のひとりやふたりですって?」

「言いましたっけアタシ…」

「なんて言ったか聞いてんのよ!アンタの耳は勝ったり負けたり一日置きか!」

「しきりちゃん!言ったよ確かに、ひとりやふたり、って!」

「そうだっけ?」

「あと、たぶんお前の耳はヌケヌケか!って言われてるんだと思う!」

「ヌケヌケ…勝ったり負けたりって、そうゆうこと⁉︎ムカーっ」

「て、手刀先生…!ここは校長室ですよ。用件は手短に」


 手刀 心と東十両しきり…

 ぼくはなにか似た者同士を見るような感覚に襲われていた…



 つづく

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