春場所・六日目【見分】

 水曜の夕方、体育館へやってきた。

 途中、昇降口の前で『おいでよ!土俵高校相撲部屋!』のビラを撒いていたしきりちゃんと軟式テニスのプリンスに声をかけ、3人で部活の見学に来たのだ。


 土俵高校の体育館は現在3つの部が活動をしている。

 バスケットボール部、バレーボール部、卓球部だ。

 道中、案内してくれたのはそれぞれの部のマネージャーたち。

『スリーアリーナズ』なんて呼ばれていたけど、まだ名前も聞いていなかった。


「ねぇマエミツくん!この先輩たち、3人ともすごい顔が似てるよね!三つ子かな?」

 しきりちゃんはぼくが聞きたがっていることを大声で直に言うというスキルを手に入れたのだろうか。最近よくそう感じる…。

「なになに?」

「アタシたちのこと?」

「三つ子じゃにゃあかって?」

 セリフもいつも3人で揃ってるし。

「えっと…二年生、ですか?」

 うちの学校は学年でリボンの色が違うので、一目で何年生かわかるのだ。

「そう!3人とも二年よ!」

「ちなみに誕生日も同じ!」

「名字もだがね!」

「はっはーん、つまり3人は三つ子ちゃんなのね〜」

 軟プリこと三段目くんのスキルは結論をいとも軽々しく決めつけられること、かな。このひと、当てずっぽうが当たるからな。

「せいかーい」

「三つ子でーす」

「だがね!」

 体育館の手前で3人は改めて自己紹介をしてくれた。

「アタシが長女のたち あみ、です!バスケ部のマネージャーやってます!」

「アタシが二女のたち りみ、だよ!バレー部のマネージャーでぇす!」

「ほんでアタシが三女のたち なみ、だわ!卓球だでね!」

 しかし、ほんっとに同じ顔してるな。しかも同じ色のヘアピンしてるし。せめてそこは色違いにするとかできないのだろうか。自己紹介してもらったばかりだが、もう見分けがつかない。

「3人とも体育館で部活してるし…」

「名前が『あみ・りみ・なみ』だから…」

「スリーズ、なんて呼ばれとるんだわ」

「あ、それで木暮先輩がその呼び方を」

「陽子先輩に頼まれちゃ断れないからね」

「なにか相撲部の参加になるかしら?」

「部員引き抜かんといてよー」


「あの…ひとつ気になるんですが…」

「?」

「?」

「なにぃ?」

「顔はみなさんそっくりで、はっきり言って区別がつかないです。でも…たぶんサンだけ、なんか…訛ってないですか?」

「わかる?」

「この子だけなのよ」

「名古屋弁だがね!」

「小さい頃お母さんが入院してね」

「その間、この子だけ名古屋のおばあちゃんとこに預けられてて」

「ほいだで、いつのまにか名古屋弁が抜けんようになってまったんだわ」

 あぁ、どうせだったら上ふたりも京都とか福岡に預けられでもしてれば、三人の区別がついたのに。ひとりだけ名古屋弁なのね…。

「相撲部って、どこで活動するつもりなの?」

「武道場は剣道部と柔道部と空手部でギュウギュウだし」

「体育館もアタシらでパンパンなんだわ」

「まだ考えてないんですよー。どこでもいいんですけどね、下が土なら」

「でもしきりちゃん、部室や倉庫もないと。どこか借りれたら助かるんですけど…」

 例えばグラウンドの隅を使わせてもらえたとして、野球部やサッカー部、陸上部などの競技と住み分けをしなきゃならないわけだし。

「ま、中に入って考えましょ」

「どうぞどうぞ」

「中はやかましいでかんわ」


 ダムダムダムダム…キュッ…パシーン…コーン…

 体育館の中はボールやシューズが床に擦れる音と、部員たちの張り上げる声で、まさにその通り、パンパンに張り詰めていた。

 3人が体育館に来たのを見た生徒が声をあげる。

「あ!りみさぁーん!こっちいいですかぁ?」

「なみさん、コレ確認してくださーい」

 ここのマネージャーも忙しそうだ。

 そこへバスケットのユニフォームを着た背の高い男子が駆け寄ってきた。

「あみさん!ゼッケンが見当たらないんですけど」

「ゼッケンてアレかん?練習ん時つけとるやつかん?」

「そうですそれです。たしかおとといクリーニングから帰ってきたハズなんですけど」

「ほれだったら職員室だわ。先生が枚数確認せなかんもんだで、持ってったんだわ」

 ん?

 持ってったんだわ…?

 名古屋弁丸出しだ!

 このひと、バスケ部のあみちゃんじゃなくて、卓球部のなみちゃんじゃないのか⁉︎

「あの…ぼく顔はまるで見分けがつかないんですけど、今バスケ部の相談してたひとって、もしかして卓球部のマネージャーさんじゃなかったですか?」

「そうよ」

「よくわかったわね」

「正解だがね」

「いやいやいやいや!その訛りでわかるでしょう誰でも!」

「わかるでしょうね」

「知ってて聞いてきたのよ」

「卓球部もバスケ部も関係にゃあ」

「か、関係ない?どうゆうことですか?」


 軟プリくんがさっきのバスケ部員を呼び止めて質問した。

「ねえねえ、もしかしてあの三つ子ちゃんたちの見分けがついてるの?」

「アリーナズのことッスか?そんなん見分けられるわけないじゃないッスかぁ」

「はっはーん」

「ちょっとアンタ!はっはーんて何よ!偉そうに!」

 相変わらずしきりちゃんはぼく以外には口が悪いままだ。

「たぶんだけどさぁ、ここの体育館の連中って、お互いのマネージャーの見分けがつかないんじゃなくて、もはや見分ける気もないってカンジじゃないのかなぁ」

「え?つまり、どの子がどの部のマネージャーかわからなくて接してるっこと?」

「なみチャンも卓球部のマネージャーなのにバスケ部の質問に普通に答えてたし、本人たちもどこの部員を相手にしてもいいようになってんじゃないかな〜、なんて」

「マエミツくん、よくわかんないけど、見分けがつかないからどっちでもいいやってこと?闘牙と隆の鶴みたいなこと?」

「2000年初めごろ同時期に関取を務めた闘牙と隆の鶴?アレはなんの繋がりもない別人なのに、体型も人相もモミアゲもそっくりの瓜二つな力士だっただけで、三つ子でもマネージャーでもないけど…まぁ、そうゆうことかな?」

「あらー。ホントに相撲に例えないと理解できない子なのねー」

「お相撲さんのことはよく知らないけど、この体育館の子たちがアタシたちを区別できてないのは事実よ」

「だからアタシたち、どこの部の仕事もこなせるようにしとるんだわ」

 す、すごいな。いくら三つ子とはいえ、知識や技術は共有できないだろうに。これも常に間違われるからこそ身についた習性なんだろうな。

「アナタたちがどこで部活をやるかわかんないけどね、これだけは覚えておきなさい」

「お隣の部とは仲良くするものよ。時には助け合いも必要よ」

「それもマネージャーの腕の見せ所だがね」

 大変だなぁ、マネージャーって。

 それを学ばせるために木暮先輩はぼくたちをここによこしたのかな?


 ぼくはその時改めて、月曜の朝、先輩が校長室に呼ばれた理由を思い出していた。



 つづく

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