春場所・五日目【肩入】
2回目のマネ連の日がやってきた。
校舎五階の音楽室の隣。
決して快適とは言えない環境の部屋。
しかもボクはなぜかいきなり会長に任命されちゃって、とはいえ、ただ今日ここに来ること以外、何の情報もないままこの日を迎え…。
あぁ、やっぱりしきりちゃんについてきてもらえばよかったかなぁ…。
今ごろしきりちゃんは、軟プリこと三段目くんと2人でビラ撒きしてるのかなぁ…。
いや!こんなことで彼女を煩わせたくないし。
先週なんか、ぼくがイジメられてると思って覗きにきてくれたぐらいで。
ここらでビシっと、ひとりでできるぜってとこ見せる器の大っきさを示さないと!
「『入ろうかやめようか、入り口の前で迷っているうちに、思わず小便をもらしてしまう会長だった』」
「これは恥ずい!性的に!」
「ちょ、ちょっとなんなんですか奈礼先輩!変なナレーションつけないでください!」
ぼくのすぐ後ろに演劇部の三年、奈礼詩音さんとマネージャーの古堂宮さんが立っていた。
「あ、古堂宮さんこんにちは。他のマネージャーの方、まだみえてないみたいですね」
「遅れてるようね、性的に」
「せ、性的に⁉︎」
「『15さいの少年には刺激の強すぎる表現だったようだ。無意識なうちに小便が止まらなくなっていたのだった』」
「もらしてないですよ!…てゆーか、なんでマネージャーでもない奈礼先輩まで来てるんですか?今日、マネ連ですよ」
「『島根レンジャー』」
「ちがいますよ!『各部マネージャー連絡会』!なんですかそのローカルヒーロー戦隊!」
「連絡事項や配布物が多い時もあるからね、マネージャー以外にも部員連れてくることはよくあるのよ、性的に」
そうなのか…だったらここにしきりちゃん連れてきてもよかったんだ。
「そうよ?彼女も連れてくればよかったのに、性的に」
「ちょっと!なにひとの心の中読んでるんですか!あと、しきりちゃんに性的な意味ないですから!」
「お、会長!こんちは!」
「よろしく新会長〜」
「にぎやかね、相変わらず」
ゾロゾロと他の部のマネージャーたちが集まってきた。
「どう?のぼりは上手く立てれたかな?」
長い髪を揺らしながら顔をのぞきこんできた先輩にぼくは見覚えがあった。土曜日に書道部の部室を貸してくれたひとだ。
「あ、名前言ってなかったかしら?私、書道部のマネージャー・
「夜月…先輩、はい、よろしくお願いします。先日はありがとうございました。おかげで校門の近くに立てれまして」
「会長!アタシ、バスケ部のマネージャー!」
「アタシはバレー部!」
「ほんでアタシが卓球部!」
うわ!
たたみかけるような自己紹介攻撃にうろたえてしまった。
「『うろたえた彼は、もちろん大量の小便を垂れ流していた。しかし、もうすっかり慣れっこだ』」
「慣れてないですよ!もちろん垂れ流してもいないです!」
「ウソをつくのが下手ねぇ、性的に」
「はいはい!そこらへんにしておきましょう。ここ、廊下よ?」
やっと来てくれた。木暮先輩だ。
「なぁに?やっと来てくれた、みたいな顔して」
え?ぼく今日そんなに読まれやすい顔してるのかな?でも、会長はぼくだし、先輩に頼ってちゃダメだ。
「ハイ、鍵」
木暮先輩がジャラリと揺らして見せたのは『マネ連室』と書かれたプレートのついた教室の鍵だった。
「来週からマエミツくんが職員室に取りに行ってね、会長!」
その日のマネ連はわずかな配布物と新マネージャーの紹介くらいで、たいして時間もかからず終わった。そこからなぜかぼくへの質問タイムになってしまっていた。
「しきりさんと結婚するんですって?」
「相撲、強いの?」
「校長は何て言ってんの?性的に」
「部員集まってる?」
「ま、待ってくださいよ!なんですか立て続けに!」
「だってねぇ、陽子ちゃんがこんなに肩入れしてる子、めずらしいから」
「木暮先輩が?」
「アタクシ、別に肩入れしてるわけじゃないわ。校長室でたまたま居合わせただけよ」
肩入れというか、確かに先輩にはさんざんお世話になっている。おかげでマネ連の会長にさせられたわけだが。
「スリーアリーナズ、ちょっと」
「はい」
「はーい」
「ほいほい」
木暮先輩の謎のかけ声で3人のマネージャーが駆け寄ってきた。
ん?よく見るとこの3人、顔がそっくりだ…三つ子?
「このあとマエミツくんに体育館の見学させてあげて」
「バスケ部の?」
「バレー部の?」
「卓球部のかん?」
そうだ、この3人、さっき廊下であいさつされた先輩たちだ。バスケ部とかのマネージャーだって言ってたな。あの時はあたふたしてて顔まで見てなかったけど、ほんとそっくりな3人だな。
「わっかりました!」
「さっそく行きますか!」
「ついてこやあか!」
「あ、あの先輩、見学させてくれるのはありがたいんですけど、みっついっぺんには時間かかりすぎませんか?ひとつずつで結構ですけど…」
「まぁ、そう言わずに。陽子ちゃんの言うようにしときなさい、ね」
優しく微笑みかけてきたのは書道部のマネージャー・夜月さん。
「は…はい」
不思議な雰囲気を持ったひとだ。
屈託のない、穏やかな笑顔だが、その瞳の向こうに何か闇を隠していそうな、ミステリアスな女性だ。
「『思わず見とれてしまったが、もう小便は出なかった。出尽くしてしまったからだ。それでも会長の下半身からは何かが滲み出るのだった』」
「な、なにかって、やめてくださいよ!奈礼先輩!」
「ホントはうれしいくせに、性的に」
今日は語尾に『性的に』をつけるキャラの日なんだろうな。
ぼくは古堂宮さんをさらっと振り切り、体育館へ向かった。
途中、しきりちゃんを見つけて一緒に行ってもらおう。
もちろん、性的な意味などなく。
つづく
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