春場所・四日目【風】

 トントンカンカン!


「しきり!もっと上にあげなさい!今日風強いんだから!マエミツと軟プリは思いっきり引っ張って!」

「こうかぁい?」

「顔作らなくていいから!手を動かしなさい!」

「魁皇ちゃーん、来場所誰が優勝すると思う?」

「今その話題いる?阿武咲おうのしょうよ、」

「あ、ぼくもそう思います!」

「余計なこと話してんじゃないわよマエミツ!」


 …カイナが阿武咲だって言ったくせに。


 ぼくらは校庭に続く並木道の一角にを立てていた。なぜか西山カイナの指揮で。


 今日から新入生への部活の勧誘が解禁とあって、校門からズラリと看板や旗が並んでいる。

 放課後、ぼくらがのぼりを立てに来た時には、右も左もすっかり陣取られた後で、どうしたものかと思案していたその時、西山カイナが現れたのだ。

「アンタたちのことだから今ごろのんびり場所を探しに来るんじゃないかと思ったら案の定だわ!こんなの朝から場所取りしてなきゃスペースなくなるのよ!常識じゃない!」

 なんでいちいち彼女に怒られないといけないのかは疑問だけど、たしかにぼくらは油断していた。『土俵高校相撲部屋』と立派な相撲文字で書かれたのぼりを作ったというのに、立てる場所を確保してなかったなんて。

「カイナ、ぼくらのために場所取りを?」

「へぇ〜、さてはボクと一緒に相撲部に入ろうってんだな」

「魁皇ちゃん!来場所誰が優勝すると思う?」

「誰も相撲部に入るなんて言ってないでしょう!しきりの質問はまたあとでね」

 そういうとやロープを取り出した。

「さ、立てるわよ。なによその目!アタシのぼり立てるのが好きなのよ!それだけなんだからね!」

 ま、そうゆうことにしといてやるか。

 たぶん、西山カイナは自分から入部するとは言わないだろうな。こっちからお願いしないと。

「魁皇ちゃん相撲部に入るの?」

 あぁ、いつもしきりちゃんの質問は直球だなぁ…。

「入らないわよ!まだできてもいない部になんか!」

「そういえばカイナって木暮先輩にお願いしてくれたんだよね、相撲部に力を貸してあげてくれって。まだちゃんとお礼言えてなかったけど…ホント、ありがとね…」

「ア、アンタいつも急にそうゆうこと言うわよね!き、気持ち悪い!とにかくそっち持って!のぼり立てるわよ!」

 トントン、カンカン…。


 そうこうしてるうちに無事、のぼりを立て終わり、一息ついてからカイナがおもむろに口を開いた。

「アタシ、校長の孫だからってだけで、なんだか周りがビビってるのがわかるのよね。別にアタシには何の権力もないのに」

 周りがビビってんのが自分の性格だとは思ってないのね…確か先輩には「陸上部潰してやるわよ」なんてタンカ切ってたような。カイナに連れてこられた美術部や天文部の先輩たちも泣き出しそうなくらいにビビってたよなぁ。

「ま、そんなアタシにビビることなく偉そうな態度をとってくるのはアンタたちだけだしね」

「いや、ぼくたち別に偉そうにしてるわけじゃ…」

「偉そうに校長にケンカ腰で、偉そうに相撲部作るとか言って、偉そうにアタシに手伝わせて…でもね、あのひとに一泡ふかせることができるなら、少しくらい相手になってやってもいいかなーくらいの気持ちもあるわけよアタシも」

「魁皇ちゃん、小っちゃいころおじいちゃん大好きだったもんねー」

 そうだ。

 しきりちゃんとカイナ、このふたり、どちらもおじいちゃんが相撲取りで、その影響で相撲好きになったと思ってたけど、そうなるとちょっとおかしくないか?

 ふたりが生まれたとき、すでにどちらのおじいちゃんも現役はとっくに引退してたわけで、相撲から足を洗ったって豪語するくらいだから、孫に、それも女の子に、相撲を好きになるような接し方はしてなかったに違いない…しかも校長はしきりちゃんに『恨んでおるのか』なんて言ってたくらいだし、相撲を嫌いになるほどの何かがあったって、そう考えるのが普通だ。

「ねぇ、カイナ。子どものころ校長先生から何が…」

「あら〜、上手に立てれたじゃなぁい?」

 肝心なところで口を挟んできたのは美人で有名な演劇部の部長・湯野原さんだった。

 昼休みに演劇部を訪ねたのだが、珍妙な部員たちの雑談のせいで用件が途中になっていたっけ。

「看板立てたりするの、古堂宮ちゃんが得意だから手伝おうかと思って来たけど」

「魁皇ちゃんが立ててくれたんでーす」

「あら、しきりさん。よかったわね、新しい部員?」

「誰が部員よ!用が済んだから帰るわ!風強いからしっかり結んどきなさいよ!じゃあまた明日ね!」

「…もしかして今の、西山校長のお孫さん?」

「はい…やっぱり彼女有名なんですね」

「演劇部にも来たからね。有能な小道具係を引き抜かれそうになったわ」

 カイナ…あちこちで強引な引き抜きしてたんだな。ん?有能な小道具係ってもしかして。

「古堂宮さんのことですか?」

「違うわよ。古堂宮ちゃんは大道具係よ。だから看板立てを手伝わせようかと思って」

「ありがとう勇者さま!」

「小道具係は2年の大徳おおどくさんよ」

「古堂宮さんが大道具さんで、大徳さんが小道具さん…ややこしいっすね」

「そうかしら」

 ややこしいといえば昼休みに聞いた演目。校長に直前で変更の申し入れがあったという『SFグルメ相撲サスペンス』だ。

「話変わりますけど。校長からダメ出しされた理由ってサスペンスだから、ですか?」

「そこしか考えられないわよね。『SFグルメ歌舞伎サスペンス』だったら何の問題もなかったはずだし」

 何の問題もないかどうかは疑問が残るが、演劇のジャンルがっていうだけで部の解散もちらつかせるなんて。

 スラスラ…

 ぼくらの不安を乗せて、『土俵高校相撲部屋』ののぼりが風を受け天高く昇っていった。


 つづく

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