初場所・十一日目【歓迎】
音楽室は五階の一番東、グラウンド側にある。
楽器の音や歌声が伸びやかにグラウンドに響く。
その横が音楽準備室。高価な楽器もあるため厳重な管理がされている。そのまた隣に空き部屋がある。
そこが先輩から教えてもらったマネ連の準備室だ。準備室もなにも、マネ連自体が何をしているのか知らないし、モノマネ芸人連続殺人事件に聞き覚えもないので、まるで予備知識がない。
ただ、音楽室が近く、ボリュームが大きいので会議室や自習室にも向かず、仕方なく空き部屋になっている、と音楽の先生が言っていたのを聞いたことを思い出していた。
ぼくは木曜の授業後、その前に立っていた。隣の音楽室では部員たちのチューニングが始まっていて、騒音といえばかなりの騒音だ。
木暮先輩も来ることになっている。
部屋の中に人の気配がしないので、ぼくは廊下で待つことにした。
いくらなんでも連続殺人がウワサされる無人の部屋にひとりで入る勇気はない。
しきりちゃんにも付いてきてもらえばよかったなぁ。それはそれで情けないけれど、相撲部と無関係ではないらしいし。
「おやー?見たことない子がいますな!新入生?マネ連のお姉さんたちに何か用でも??」
セリフじみた言い回しで近づいてきたのはメガネをかけた地味めな女子だった。
マネ連のお姉さんたち?
「もしかして木暮氏が話してたのって、おぬし?」
「え?木暮先輩?」
「ふむふむ。しばし待て。片付けしちゃうから」
そう言うと彼女は準備室に入って行った。チラッと見えた室内はいたって普通で、ファイルやダンボールが目に入ったから、それらを片付けるというのだろうか?ドアの向こうからドスン!という音がした。
ほどなくしてドタドタと女子が数人やってきて、ジロジロぼくを見ながら何やらささやきながら準備室に入って行った。ドアを閉めると騒がしくしゃべりあう声が聞こえてきた。
「今の子がそうなの?」
「ヒョロヒョロじゃん!」
「木暮先輩こわーい」
聞いていて気持ちのいい内容ではなかったが、楽しそうではある。リラックスした女子高生独特の高揚感が伝わってくる。ぼくが今日ここへ来ることは木暮先輩から聞いていたような口ぶりだ。
急にドアが開いて、「いーよー。入っといでー」と軽いノリで入室を促された。
な、なんだろうコレは。感じたことのない、ものすごい緊張感だ。
予防接種とも違う。授業参観とも違う。
なんか品定めされるような気分。
そうか、新弟子検査ってこんなカンジかな。二世力士や珍しい国の出身だったり、極端に大柄や小柄だったりすると、パンツ一丁で秤に乗るところをマスコミに撮られる。まさに今ぼくはパンツ一丁でモノマネ芸人連続殺人事件のお姉さんたちに新弟子検査を受けるところなのだ。
まるで頭の整理ができないまま、ぼくはドアを開けた。
「し、しつれいしま…す」
「やだ!なんか照れてる?」
「お主デフォは炭酸かの?」
「さ、座って座って。甘いお菓子は苦手?」
質問責めだ。
何言ってるかわからないひともいるけど、おおむね歓迎されているようだ。
「あ、荷物こっちに置きなよ」
「あたしが運んだげる!」
「やだ、アタシがやるー」
「我こそ!だが、断る!」
これは…。
歓迎どころじゃないぞ。
気持ち悪いくらいのおもてなしだ。
これは注意せねば。
無償の好意には必ずウラがある。
「ここって、アレですよね?…マネ連ですよね」
「そーよー。思ってたより普通でしょ。この部屋何もないし」
「ふ、普通ですね。どこが『モノマネ芸人』で『連続殺人事件』なんですか?」
「ほほう。それはおいしいのか?」
「やだなにそれ。芸人?殺人?」
「え?だって木暮先輩が…」
「はあ?ここはね、各部マネー」
「あ、木暮氏!」
ガチャリ。
木暮先輩がいつもの濃いめのグラスをかけてやってきた。
「あらマエミツくん。間違えずに来れたようね?」
「せ、先輩!モノマネ芸人連続殺人事件なんですよね?ここ?」
「?」
「だってこないだ先輩がそう…」
「ほほほ。おかしな子ねアナタ。ここは『各部マネージャー連絡会』よ」
「かかか各部なんですって?」
「各部マネージャー連絡会。文字通り、校内の各部活のマネージャーたちが集まって事務連絡をする集まり、よ?」
「え?え?先輩に言われたんですよ?『モノマネ芸人連続殺人事件』だって!だからぼくずっと今日のことビクビクしながら過ごしてたんすから!」
「言ったかしらそんなこと。おっほっほ」
やられた。
冗談を言うひとだとは思ってなかった。
ピーピープープー、楽器の調音がけたたましい。
「相撲部のマネージャーなんですって?」
「え、まだ部活ないの?1年の女子が部を?」
「クリリンのことかー!」
「あ、飲み物おかわりする?」
やかましくて敬遠されてる部屋らしいけど、このゆるーいノリにはこれくらいの賑やかさが心地よいのかも。
先輩にはすっかり騙されたぼくだけど、ここのマネージャーのお姉さんたちのほんわかさと、連続殺人事件じゃなかった安堵感で、入学以来、初めて落ち着いた時間を過ごしていたぼくだった。
無償の好意のウラ側も知らずに。
つづく
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