初場所・九日目【質問】

「彼は長距離の選手よ。駅伝とか、10000メートルが主な種目ね。あっちが棒高跳びと砲丸投げのスペースね。危ないからあんまり近寄らない方がいいかも」

 木暮先輩が重たそうなカゴを地面に置いて、ぼくに説明する。


「陸上部では練習メニューもアタクシが決めているの。先生はひとりひとりをずっと見ているわけにはいかないからね。アタクシが全て把握して、こうして器具なんかを配置しておくのよ。練習を効率よく進めるためにも、これはマネージャーの大切な役目ですから」

「あの、先輩、質問」


 ぼくはそろそろと手を挙げてみた。


「陸上部ってマネージャー何人いるんですか?」


「アタクシひとりよ」

「ひとり?大変じゃないですか?」

「むしろやりやすいわよ。アタクシより能力の劣るマネージャーたちに仕事を割り振るなんて無駄な努力したくないもの」

 このひと、優しいんだけど、近寄りがたいオーラがあるな。


「じゃ、相撲部もマネージャーひとりいればいいんすよね?」

「そうね。だからもう探さなくていいわねマエミツくん」

「え?や、あの…ぼく、マネージャーなんすか?ホントに?」

「しきりさんにやらせるわけにはいかないでしょう。彼女相撲をやりたいわけだし。アナタは相撲をやるような身体には見えないけれど、相撲の知識は相当ありそうだから、適任じゃない。彼女の役に立ちたいならがんばらないと、ね!」


 一言も返す余地がない、完璧な説得だった。


 まさかこれから身体を鍛えて力士になりたいだなんて言ったら先輩は腹筋が崩壊するほど笑うのだろう。そうゆうキャラには見えないが。今日もまた濃いめのメガネ(サングラス?校則的にはどうなんだろう)をしていて、表情は読み取れない。


 少なくとも、ふざけているようには見えない。


 むしろ本気でぼくたちを応援してくれているんだと思う。


 ありがたいけど…マネージャーかぁ。

 しきりちゃんと相撲とりたいなぁ…いや、まてまて!女子と右四つがっぷりとかがぶり寄りとか、そ、それはちょっと、はははは。


 そういうんじゃなくて!


 ぼくはしきりちゃんと相撲部をやりたいんであって!

 マネージャーでも同じか、それなら。

 しょうがない、マネージャーがんばるか…!


「で、さっそく明後日マネ連があるから、よろしくね」


 がんばろう!と思った矢先、先輩から聞きなれない言葉を投げかけられた。


「マネ連…?」


「ま、知らないわよね入学したばっかだし。部活やるなら覚えときなさい」

「なんなんですかソレ」

「『モノ芸人続殺人事件』よ」

「モ、モノマネ芸人連続殺人事件んん⁉︎」

「明後日だから。忘れずに出席しなさいよ」

「明後日、なんすか?連続事件が?出席って捜査会議とか?意味わかんないです!」

「行ってみればわかるわよ。あ、アタクシも出席しますから。明後日16時半に音楽室の隣の「マネ連準備室」ってとこにいらっしゃい」


 うわ…メモしないと。

 本来このメモ帳には部活動のノウハウとか、そうゆうことを書き込むはずだったんだけど、なぜか1ページめに「マネ連」「16時半音楽室の隣」と書き記すことになった。


 次のページに申し訳程度に部活動設立のノルマを書いてみた。


『一ヶ月で3学年それぞれ5人。マネージャーひとりと顧問の先生』


 改めて実感する。

 なかなか高いハードルだ。


 ハードルといえば、木暮先輩と初めて会ったとき、ハードルの選手が全国大会に出るって言ってたな…すごいな陸上部。全国レベルなんだな。

 ハードルの選手、なんて名前だっけ。

 とても「これから相撲部に移りませんか?」なんて聞けないよな。どうやって部員の勧誘すればいいんだろ。


「アンタ良い身体してんじゃない!よし!相撲部入ろう!」


 ど直球で勧誘したのは、グラウンドをうろついていたしきりちゃんだった。

 危ないから近寄るなって言われたのに。

 そしてなんなんだその勧誘の仕方。そんなんで「はい」なんて答えるやついないだろう。


「ごめんなさい。ぼく陸上部なんで…」


 そりゃそうだ。謝るのはキミじゃないけど。


「しきりさん!もっと端に寄らないと危ないわよ!」

 先輩が駆け寄って注意する。


「あと、アナタ。相撲部に行っていいわよ」

 え⁉︎


 そ、そんな風に勧めてくれるの?


 まさか木暮先輩がここまで協力的とは考えてなかった。

「そ、そんな木暮先輩!ボク陸上部がいいんです!」

「あなた先月の記録会、散々だったじゃない。代わりの選手ならいくらでもいるわ。良い機会よ、相撲やりなさい」

 いくら木暮先輩でもその言い方はキツすぎないか?そんかカンジで相撲部に来られてもこっちが気まずい。


「ぼ、ぼくがんばりますから!」

「口でならなんとでも言えるのよ。アタクシが欲しいのは数字よ。結果を残せない者に用はないわ」

「そんな!見捨てないで先輩!」

「来週また記録とるけど、やれるのかしら?」

「やります!見ててください!」

「来週ダメだったら相撲部ね。そしたらもうアナタとは他人ですから。どこかで見かけても声かけたりなさらないでくださるかしら」

「命がけで走ります!ダメだったら殺してください!」

「その言葉、忘れないでね」


「あの…先輩?相撲部は?」

「あらしきりさん。相撲部ね、がんばって集めませんとね」


 そうか。

 悪気はないのかもしれないけど、これが先輩のやり方か。

 濃いレンズに隠されていて、一瞬冷たい表情にも見えるけど、かなりの美人だし。

 どうやら陸上部の連中は木暮先輩に褒められたくて頑張ってるみたいだな。

 こりゃ陸上部から相撲部に引き抜くのは無理そうだ。


「そっか!あ、あっちの人に声かけてみよー!ちょっとそこのひとー」


 しきりちゃんはまたグラウンドを突っ切って勧誘に走った。

 でもその人はダメだと思うよ。

 しきりちゃんが声をかけに行ったのはハードル走のコース。全国大会が決まってるんだよその人!


「すいません!ぼく今度木暮さんと全国行くんで!相撲やれません!」

「この軟弱者!マエミツくんも何とか言ってやって!」


 ぼくも「すいません」としか言えなかった。



 つづく

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