初場所・中日【見学】

「に、西山カイナぁ⁉︎」

「しきりちゃん、知ってるひと?」

「知ってるもなにも、魁皇ちゃんよ」

「かいおう?魁皇って、あの魁皇?」

「そう、あの魁皇」

「魁皇博之?」

「そう、かいおうひろゆき」

「若貴や曙と同期の花のロクサン組の?」

「そう、本名・古賀博之、の魁皇」

「西山さんが⁉︎」

「そう、あの子が」

「あの子が、あの古賀⁉︎」


「アンタたち、漫才やってんの?」

 昼休みに会った西山さんのことでつい夢中になって話してただけで、漫才ではない。でも思いがけずダジャレになってしまった時は、事故とでも呼ぶべきか、なんだかもどかしい残念な空気が流れる。馬刺しをたべて「ウマー」と言ってしまった時とか。


「漫才の稽古なら楽屋でやりなさい。ここ、どこかわかってるのかしら?」

「こ、ここは陸上部の部室…」

「わかってるじゃないの」

「すみません…勝手に騒いで…」

「ふふふ、いいのよ。あなたたち面白いコンビですわね」


 上品に笑いかけているのは陸上部のマネージャー・木暮先輩。


 校長室でぼくらに助け舟を出してくれて、部員集めのアドバイスをくれた、頼り甲斐のある優しい先輩だ。この人がいなかったら相撲部なんて夢のまた夢だっただろう。

 まだ夢の途中ではあるが。


 西山さんに会った昼休み、彼女はしきりちゃんと挨拶したあと、急いで自分の教室に戻って行ってしまった。

 しきりちゃんと西山さんの関係は聞けずじまいだった。


 放課後、ぼくたちは木暮先輩に呼び出されて、陸上部の見学に来たのだった。


 木暮先輩はテキパキと部員に指示を出し、ウォーミングアップを始めた生徒たちの脇でファイルや器具の整理をしていた。部室の窓からその様子を眺めながら、昼休みのことを改めてしきりちゃんに聞いてみた。

 すると、なんと西山さんは、あの元大関・魁皇だと言うのだ!


「そんなわけないか」

「なにが?」

「西山さんか魁皇だって」

「ほんとよ。幼稚園のころのアダ名よ、魁皇ちゃん」

「あぁ、アダ名ね。しかし、すごいアダ名だな。幼稚園の女の子につけるアダ名なのそれ」


 木暮先輩は一通りの仕事を済ませ、部室に戻ってきて、ぼくたちの会話を聞いていた。


「ごめんなさいね。アタクシ相撲よく知らなくて。かいおう、ってなにかしら」

「2000年前後に活躍した大相撲の力士です。同期デビューから3人もの横綱を生んだ奇跡的な世代で、魁皇自身は遅咲きながら大関まで登り詰めてます。優勝も何回かしている人気と実力を兼ね備えた名力士です。」

「なるほど」

「で、昼休みに会った一年生の西山さんのアダ名が魁皇だったんですって」

「なんで魁皇なのかしら」

「カイナちゃんだから、魁皇ちゃん」

 しきりちゃんが端的に説明した。


 シンプルすぎる。『かい』しかないし、むしろ元より長くなってる。


「しきりちゃんがつけたの?そのアダ名」

「ええ!ピッタリでしょ!魁皇のカイナは角界イチよ!だからカイナちゃんは魁皇ちゃん」

「なんだそうゆうことか」

「なにがどうゆうことなのかしら?」

「あ、カイナってのは相撲の世代で言う『腕力』のことで、魁皇に掴まれたら腕が折れるって言われるほど腕力が強かったんです。カイナ=魁皇、って連想したから西山カイナちゃんを魁皇ちゃんって呼んでたんだなって」

「カイナって相撲用語で腕って意味なのね。さすがは横綱の孫同士ね。それであの子アタクシにこんな頼みごとを…」

「横綱の孫⁉︎」

「そうよ?気づいてなかったのかしら?新入生なのに校長と親しそうだし、同じ名字だし、調べたらすぐわかったけど?」


 それですべて繋がった。


 しきりちゃんの祖父はもと関取の力東。その力東の生涯のライバルが現校長の西強山。カイナちゃんがその孫。

 だとすれば、しきりちゃんとカイナちゃんが幼いころからお互いを知っていても不思議ではない。


 そしてカイナちゃんは祖父が校長を務めるこの学校に入学。

 しきりちゃんもなぜか相撲部のないこの学校に来て、久しぶりの再会をした、そんなとこだろう。


 そういえばカイナちゃんは校長のことを『あのひと』と呼んでいた。『あのひと相撲大っ嫌いだ』とも言っていた。

 そして校長室を出る間際、校長はしきりちゃんにこう言っていた。『まだワシを恨んでおるのか?』と。


 元横綱が相撲を嫌いなり、相撲部のない高校の校長をしていることとしきりちゃんは何か関係があるのだろう。

 それがしきりちゃんがこの学校に入学した理由、さらには入学式で校長に向かって大立ち回りした真相なのだろう。

 それが何なのかは、まだ聞けていないのだが。


「ま、それは置いといて。見学よね。今日はアナタたちにマネージャーの仕事を教えておこうと思って」

 木暮先輩は意外なことを口にした。


 部活を始めるのだからマネージャーの仕事も無関係ではないけれど、なんでまずそれから?

「あの…アタシたち部員を集めたいんです。マネージャーはどっちでもいいんですけど」

 しきりちゃんの言う通りだ。

 しかも各学年5人ずつという条件を一ヶ月でクリアしないといけないのだ。


「だって、部活動するなら必ずひとりマネージャーがいないといけない規則だものウチの学校」

「そうなんですか?また人数増えちゃった…顧問の先生も必要だし、これ間に合うのかな…」

「マネージャーはまず決まりよね、マエミツくん」


 決まり?


 え?しきりちゃんにマネージャーやらせるの?しきりちゃんは部長やる気だろうけど…一年生が部長じゃおかしいのかな?


「じゃ、よく見て覚えてねマエミツくん」


 はい?ぼくが覚えるの?


「そうか!マエミツくんがマネージャーやってくれるのね!じゃあこれでマネージャー問題は解決ね!」


 待ってよしきりちゃん!ぼく、相撲部のマネージャーなの?えぇ⁉︎


 つづく

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