初場所・六日目【顔】

 しきりちゃんの祖父が『力東りきあずま』という力士で、十両昇進まで無敗を誇った伝説の関取だったことは、ぼくも知っている。


 そのライバルが『西強山さいきょうざん』、現在、ぼくたちの高校の校長・西山 強である。こちらも十両昇進まで無敵の強さを誇っていたが、唯一、力東には全敗だった。


 力東は十両で引退し、そこから西強山は怒涛のごとく横綱までスピード出世し、後に『最強の横綱』の呼び名を得ることになるのだが、いまだ謎なのは『なぜ力東は十両昇進後、突如引退したのか?』だ。


 西強山と力東。

 西山校長としきりちゃん。


 ぼくの知らない、なにか因縁めいたものがあることは想像できるけど、彼女の口からそれが語られることもなかったし、なんだか聞きづらくて、まだ謎のままだ。


 しきりちゃんに『結婚してください』なんて言われて、浮かれて相撲部に入部したものの、まだ相撲部そのものがない。当然、部員もいない。

 そんな現状のいま、しきりちゃんに言いづらい過去を問い正したりしたら、そのまま結婚どころか部活も気まずくなって立ち消え、なんてことになるのが怖くて、ぼくからは何も聞けないまま、高校最初の週末は過ぎていった。


 開けて月曜日。


 入学式からまだ一週間も経っていないのに、人生で最も濃い時間を過ごした気がして、疲れた体で登校した。


 そもそも女子と会話することもあまりなく、思い出すことといえば、相撲の話題で暴走し、思いっきり引かれた光景ばかりで、しきりちゃんとの出逢いは、明らかにぼくの人生で最大の事件だ。

 校長室に乗り込んで直談判、なんてマンガみたいな展開、ぼくの人生には予定されてなかったハズだし、ただ相撲好きっていうだけでこれといったイベントもないまま終わる人生だと思ったいた。


 でも、もう覚悟を決めたんだ。


 しきりちゃんに認めてもらえるような力士になる!

 そんで、部活で何か成果をあげたら、しきりちゃんと正式に婚約だ!


 すげえなんかこれドラマみたいなフレーズだ、なんて鼻息を荒くしていたら、しきりちゃんの声でやっぱりまたあのフレーズを口にしてしまった。

「マエミツくん!」

「ハッキヨイ⁉︎」

「おはよ!また待ち伏せしてた!」

「もう隣のクラスだってわかったのに」

「嫌だった?」

「ぜんぜんぜんぜんっ」

「実は昨日、木暮先輩から電話があってさ」


 木暮先輩…先週、校長室で会った陸上部のマネージャーやってるひとだ。彼女のおかげで部員集めさせてもらえることになった。ありがたいけど、期限は一ヶ月。校長は相撲部を認めてくれたわけではないのだ。


「先輩、なんて?」

 教室まで歩きながら尋ねてみた。実は1年1組と2組の教室は昇降口からすぐ目の前で、聞き終わる前にもうしきりちゃんのクラスの入り口まで着いてしまった。


 しきりちゃんは教室に入りかけて「あっ」と声を出すとそのまま振り返った。


「マエミツくんは隣のクラスだったね。えぇと、なんだっけ?あ、先輩の電話、ね。この学校の部活動は新入生の勧誘期間ってのが決められていて、その期間内じゃないと部員集めできないんだって」

「え?だってぼくたち一ヶ月で集めろって言われたんだよ?時間なくなっちゃうよ」

「その勧誘期間ってのが来週からで、今週中は大っぴらにビラ撒いたり看板出したりはできないんだってさ」

「じゃあ実質、期限はのこり20日くらいになっちゃうよ。痛いなぁ」


 朝の忙しい時間帯だ。


 次々に生徒が教室にやってくる。


 ぼくたちが教室の入り口で立ち話をしてるもんだから、みんな邪魔そうに避けて出入りしている。

 でも、しきりちゃんがあんまり夢中で話すから「ちょっと場所替えよう」とも言えず、周りにペコペコしながら話を聞いた。


「でね、ここからが肝心!勧誘期間はあくまで新入生への勧誘、なのね」

「?」

「つまり、2年生や3年生に声をかけるのは問題ないのよ!」

「え?だって2年や3年ってもうどっかの部活に入ってるでしょ?」

 うちの高校は全生徒部活動が必須で、必ずどこかの部に所属していないといけないのだ。

「つまり、今、野球部とか陸上部とかにいる先輩をこれから作る相撲部に入りませんかって誘うわけ?それはちょっと…」

「でも、新入生には声かけれないわけだし」


「なーにしてんの?楽しい話ならオレも混ぜてほしーなー」


 軽ーいノリで声をかけてきたのはぼくと同じ1年2組の『テニスのプリンス』こと、三段目 翔だった。


 先日、入学式での出来事を忘れないために、今後の高校生活の覚悟を記すために、ノートに書き留めていたところを後ろから覗き見してきた。自らをプリンスと呼ぶ、あまり親しくなりたいとは思えないヤツだ。


「おいおい前頭ぁ、オマエなかなかの美人ちゃんとおしゃべりしてんじゃないのー」

 そう言うとヤツはしきりちゃんの顔を覗き込んだ。おい、近いぞ!


「ちょっとアンタ!なにマエミツくんに馴れ馴れしくしてんのよ」

 おぉさすがしきりちゃん!口の悪さは健在だ。


「んん?顔のわりに気の強そうなコじゃん。知らない?オレ三段目 翔っていうんだけどぉ」

「三段目?へっ、顔じゃないわね!あっちいってて」

「か、顔じゃない⁈な、な、なに言ってくれちゃってんのかな…そ、そりゃぼくの魅力は顔だけじゃないけどさ、ははは…」


 これは解説してあげないとかわいそうだな。

「顔じゃないってのは、格が違うとか、分不相応って意味であって、決して君の見た目がどうとかじゃないから!落ち込むなよ!」

 たぶんこの手のチャラ男は見た目を認めてもらえないのが何よりツライのだろう。ま、顔は悪くないと思うよ、少なくともぼくよりは。


「格が違うだぁ⁉︎どうゆうつもりだこの女!」

「だから!アンタ三段目でしょ?」

「そうですけど?」

「じゃお呼びじゃないわ。あっちいってて!」

「わけわかんねー。おい前頭、コイツかわいいけど頭をおかしいんじゃないのか!」


 彼は大げさに両手を広げ、隣の教室に消えていった。

 しきりちゃんが言いたかったのは、自分の名字が十両で、三段目なんて下のまた下、ってことだろう。


 このとき、ぼくはあるひとつの不安を抱いた。


 かわいいのに頭がおかしいのも、不安ではあるけど。



 つづく

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