初場所・三日目【届出】

「しきりちゃん!どうしたの⁉︎いきなり!」


 びっくりして、「ハッキヨイ」の言葉も出ないくらいだった。

 その日、登校したぼくが自分の席に着くまえに、教室の入り口でしきりちゃんが声をかけてきたのだ。


「どうした?って、部活だよ部活!」

「部活?…あ、相撲部?新しく作れたの?相撲部?」

「そんなすぐ部が作れるわけないだろう!おまえ相撲以外は全然頭働かないのか?」


 入学式で初めて言葉を交わした時から思ってたけど、しきりちゃんってけっこう口がワルいな…。


「こないだ名前聞き忘れてたんで、朝から登校する一年生全員見張ってたんだ。おまえ2組だったんだな」

 全員?やはりこの人、相撲にかける情熱ハンパない。


「し、しきりさんは何組なの?」

「1組だ。隣だな」

「そ、そうなんだ…隣のクラスか…ち、近いね」

「そんなことはどうでもいい!とにかくこの紙に名前を書け」

 差し出されたのは入部届けだった。

 届けといっても、まだ設立してない部だし、紙もしきりちゃんの手書きだ。でも、そこがいい。なんだか手紙もらったみたいで。


「も、もちろん書くよ名前!で、何人集めるの?」

「黙って書けよ」

「はいはいっ…」


 名前を書きながら考えた。


 朝からずっと見張ってた、ってことは、まだぼく以外に声をかけてはいないのだろう。入学式であれだけ目立ったんだから敬遠する人も多いだろうし、そもそも相撲部に入りたがる人がそんなにたくさんいるとは思えない。

 …しばらくは部員ふたりか。


 んふ。ふたりきりか。んふふ。


「気持ち悪い笑い方すんな…よ…お、おまえ!い、いや、あなたは…⁉︎」

 しきりちゃんの様子がおかしい。ぼく変なこと書いたかな?

「ま、前頭玉光って名前、マジか⁉︎」

「え?名前?あぁ、ぼく、まえがしらたまみつっていうんだけど、変だよね…ははは、言いにくいよね」

「し、失礼しました!」

「へ?」

「アタシ、十両の分際で幕内の関取に対して、乱暴な言葉遣いを…」


 まさかとは思うが。

 しきりちゃんは自分の名字が『東十両』で、ぼくが『前頭』なんで、番付が下だと思ってへりくだったのか?

 番付とは力士のランキングみたいなもので、前頭何枚め、とか、ランク順がひとつ違うだけでも立場が逆転するなんて聞いたりするけど、それはあくまでも大相撲での話であって…


「た、大変失礼しました…あ、あの、よろしいですか?」

「ん?何が?」

「アタシと結婚してくださいっ」

「けっ…???」

「イヤ、ですか?」

「ハ…ハッキヨイ!!!」

「はっきよい?それはオッケーという意味で…?」

 いや、これは単にぼくの驚いたときの口グセで…てゆうか!驚くどころじゃないって!け、結婚?


「アタシ…その…自分の名字が好きじゃなくて…だからあなたと結婚できれば、昇進できるし、イヤじゃなかったら是非…」


 そういうことか…

 しきりちゃんの名字の『十両』ってのは、番付では『前頭』の下にあたるわけで。結婚して姓が変わればしきりちゃん的にはそれが『昇進』なワケだ。


「け、結婚しても…いいんだけど、いや、できるならしたいに決まってるんだけど…まだぼくら高校生だし…」

「やった!」


 そう言うとしきりちゃんは入部届けを取り上げると、なにやらサラサラと書き加えた。

「じゃ、これ頂いとくから!」


 彼女の手には『入部 (結婚) 届け』と訂正された紙切れがヒラヒラと握られていた。

「な、名前書いてから書き加えるなんて…!まるで注文相撲じゃないか…」

「注文相撲、ですって⁉︎」


「『注文相撲…真っ向からぶつかってくる相手に対して、あらかじめ体をかわして変化による勝ちをねらうこと。禁じ手ではないが、冷めた目で見られる。特に格上の者が格下に使うと、品格を問われる』…」


「そ、そうよね。力士にあるまじき行為だったわ…」

 おぉ、また声に出してたか。

 もうこのクセはどうにもならないんだな。


「…わかった!情けないわよね、入部のついでに結婚だなんて」

 待って!

 イヤじゃないんだよ、入部も、結婚も!


「じゃあ、こうしましょう!

 …キチンと部活として成立させて、なにかしらの大会で立派な成績をあげる。それから結婚、てことで」

「ん?す、するのね、結婚は?」

「もちろん!でもそのためにはまず部員よね!」

「う、うん!」


 なんだか斜め上の展開だ。

 しきりちゃんは昇進するために結婚したくて、結婚するために部活をやって、部活やるためにまず、部員を集める、そうゆうことに落ち着いたみたいだ。


 ぼくだって、入学式でしきりちゃんに会って以来、俄然、相撲熱が湧いてきて、身体を鍛えて立派な力士になって彼女に認めてもらいたいって考えてたわけで。

 図らずも二人の思惑は一致した格好だ。


「で、部活動って、どうすれば設立できるの?」

「知らない。知らないけど、だいたいこの手のものは部員と顧問を揃えたらいけるんじゃないの?隣町には強い相撲部あるし、ここの校長は元横綱だし、そのへん、心強い人たち多いと思うわ」

「楽観的すぎるような気もするけど…とりあえずは校長先生に相談だね」


 この時、結婚って言葉に浮かれていたせいか、入学式での出来事を忘れていた。


 入学式で、しきりちゃんが壇上の校長先生からマイクを取り上げ「自分は伝説の力士、力東の孫だ」って宣言したあと、西山校長はこんなことを言っていた。


「あんなやつの名前は聞きたくない。孫だか何だか知らんが、席に戻りなさい。ワシはもう相撲から足を洗ったんだ」


 しきりちゃんもぼくも、体育館内の誰もがその場の騒然とした空気に圧倒されて、校長がもらした一言に、その時は何も反応できなかった。

 その後の校長の話も、もちろん記憶にないし、ぼくはしきりちゃんをチラ見するだけで、心臓が飛び出そうだった。


 今でもドキドキしてるんだけど。


 ひとまず僕らは昼休みに校長室に行くことにして、それぞれの教室に戻った。


 結婚かぁ。


 ドキドキして、ニヤニヤして、ぼくは見事にクラスきっての変な奴として一番出世を遂げた。



 つづく


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