初場所・二日目【入部】

 ぼくは相撲部に入部した。


 相撲部のない、この土俵つちだわら高校で。


 部がないのに、どうやって入部したのか…それは入学式で彼女に、東十両ひがしじゅうりょうしきりちゃんに出逢ったところから説明させてほしい。


 高校生になったというのに、そこらの小学生の方がはるかに立派な身体つきをしている、そんなひ弱で情けない自分。

 そんなぼくの憧れは10歳のときに初めて観た相撲、力士たちだった。男と生まれたからにはあぁなるべきという堂々たる佇まい。激しい取組。


 どう考えても今の自分が目指せる夢ではない、そう承知していたぼくは、そんな憧れを断ち切るべく、わざわざ隣町のこの高校を選んだ。

 市内の一番近い高校には強い相撲部があって、そんなとこに入学したら、ますますみじめになるだけだとわかっていたからだ。


「みなさん!ようこそ土俵高校へ!校長の西山です。新入生のみなさんもいよいよ、この伝統ある土校どこうの一員としてともに学び…」


「なにが伝統よ!ふざんじゃないわよ!」

 校長先生のあいさつの初っ端に響いた怒声に、体育館中がどよめいた。


「なんで『土俵高校』に相撲部がないのよ!相撲部あってこその土俵高校でしょうよ!」

 それはぼくも思った。

 でもそうゆう校名なんだからしかたないし。相撲部があってこその意味もよくわからないし。


「静かにしなさい。なんなんですかアナタは」

 周りの先生たちに抑え込まれながら、なんと彼女はそれを軽々とブン回し、ズカズカと校長先生のいる壇上に上がると、マイクを奪い取り、こう叫んだ。


「アタシは東十両しきり!あの伝説の名力士・力東りきあずまの孫よ!」


 で、伝説の名力士ぃ⁉︎

 あの、力東だって⁉︎

 そこにいた誰もが耳を疑った。ざわ…

 し、知らないぞそんな力士…ざわ…

 そして、その孫だからって、相撲部ないからって、なんであのは、わざわざ壇上から叫んでるんだ…ざわざわ…


 しかし、ざわめく体育館の中で、しきりちゃんの他にふたり、その名を聞いて、驚いている人間がいた。

 ひとりはこのぼく。

 力士に憧れながらも、体格がまるっきり追いつかないぼくだが、相撲の知識だけは誰にも負けないつもりだ。

 そしてもうひとり。


 それは、壇上にいた。


 校長先生だ。


 土俵高校の現高校・西山にしやまつよし

 それは相撲に詳しくない、フツーの一般人でも耳にしたことのある人物だった。


 ここで今現在の大相撲界を整理しておきたい。

 数年前に平成が終わり、時を同じくしてモンゴル出身力士たちの上位独占状態も終わりを告げた。

 次なる横綱は、まだ現れていない。

 モンゴル時代の前、若貴ブームに象徴される大相撲バブル期、ウルフが国民栄誉賞を受賞した昭和末期…いずれも四横綱時代を形成していたが、そのあとは決まって若手力士たちの空席争いが激化した。


 まさに今がその時期だ。


 しかし、その時期が訪れなかった時代がある。ウルフ・千代の富士に破られるまでひとり横綱として立ちはだかっていた『史上最強横綱』と呼ばれた男…それが壇上にいる校長・西山強こと、かつての横綱・西強山さいきょうざんなのだ。


 西強山は入門以来、破竹の勢いで番付を駆け上がり、横綱まで登りつめた。なんと入幕まで無敗…あるひとりの力士との対戦を除けば。

 最強の横綱と呼ばれた男が、生涯ただの一度も勝てなかった相手、それが力東なのだ。

 力東は西強山と同期デビュー。序の口、序二段、三段目、幕下、すべて負けなしで全勝優勝…西強山は力東に敗れ、常に後塵を拝していた。それでも二人同時に十両昇進を果たすと、西強山は新十両でいきなり優勝。ここから横綱まで一気の快進撃を見せるのだが、西強山が優勝した新十両の場所で唯一喫した黒星がまた、力東であった。

 しかし、力東はその場所で…



「その場所で、なに?」

「前頭くん、相撲すっごい詳しいね!」

「後半早口でよく聞き取れなかったよー」


 ?

 しまった!

 ぼく今、声に出てた?


「聞こえた…の?」

 周りのみんなが一斉にうなずく。は、恥ずかしい、


「どのへんから口に出してた?ぼく?」

「ここで今現在の大相撲界がどうとかの辺から電話」

 ほぼまるごと口に出して語ってたのかぼくは。

 これはカッコわるいぞ。

 こんなヒョロ男が相撲好きってのも、なんか決まりが悪い…。


「あんた…力東を覚えているのか…!」

 ぼくに詰め寄ってきたのはしきりちゃんだった。


「じいちゃんの四股名を覚えてる生徒がいるだなんて!感激だ!相撲部に入らないか!」

「は、入らないです…。そもそもここ相撲部ないです。」

「相撲部はこれからアタシが作る!当然、部員集めをしなきゃならない!だからまずお前が入れ!相撲好きなんだろ!」

 一気にまくし立てられた。うんともいいえとも返事する間もなく押し切られた。

「ん?押し切られた、はおかしいな…押し出された、か寄り切られた、だな…寄り切りならまわしに手がかかってないといけないから、これは押し出しだな…」


「ハハハハ!お前面白いな!相撲のこと考えると口から声が出ちゃうんだな!」

 うわまただ!また独り言を…。

「じゃ、決まり手は押し出しってことで!ようこそ相撲部へ!」


 手を握られ、初めてしきりちゃんの顔を見た。


 かわいい。


 これはぼくの運命的な出会いと、男としての成長の物語だ。


 ぼくはその日、壇上で誓った。

 彼女にふさわしい力士になる!


 しかしそれは『史上最強の横綱』との過酷な戦いの始まりなのだった。



 つづく







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