先生の回想

 俺がこんな事をした理由を放す前に二十二年前のことを話そう。

 佐々木琴音。懐かしい名前だ。彼女は俺の一つ上の先輩だった。

 先輩は、あまり絵が上手くはなかった。どちらかと言うと立体の方が得意で、文化祭の出し物の立体は先輩が嬉々として仕切っていたよ。

 男部員が俺しか居なかった女所帯の美術部で、先輩はよく俺を可愛がってくれた。

 中学生にとって一つ上と言うのは結構な差で、それだけで大人に見えた。大人で明るく快活な先輩に俺が惹かれるのも時間の問題だった。所謂初恋さ。

 俺が2年の夏だった。

 あの時期、この街では人がやけに死んでな。事故とか、病気とか、兎に角悪いことが俺たちの周りでよく起きた。週替りで誰かの葬式に行った気がする。

 調べてもわからないと思う。全部点だったから。関連なんて無い。ただ、悪いことが重なっただけなんだ。

 ある日、先輩の幼馴染の両親が亡くなった。あぁ、先輩のではなく、先輩の幼馴染だ。事故だったそうだ。

 その幼馴染は、やけに目立つやつで、学年を越えて有名だった。イケメンで成績優秀運動神経抜群って奴だった。

 たぶん、先輩はそいつの事が好きだったんだ。

 先輩は、両親を亡くした幼馴染とその妹の世話をする為に部活を休むようになった。

 この時、三年は実質引退だから来ても来なくても変わりなかったんだが、俺は、「俺達よりアイツを選ぶんだな」なんてよくわからない理由でむくれていた。大切な人の大切な人が亡くなってしまったのならその人の為に動きたい、なんて当たり前なのにな。それに俺は告白もしてないただの後輩だったんだから関係ないにも程がある。子供だったんだよ。

 夏休みの最後の部活の日、先輩は久しぶりに来た。

「だいぶ休んじゃってごめんね」

 そう言って先輩は、いつもと変わらずに作業した。否、いつもより嬉しそうに、丁寧に。

 同じ部活の奴が楽しそうな先輩に聞いていた。

「随分嬉しそうですね。何か良いことでもあったんですか」

 すると先輩は、ちょっと悲しそうに、だけど嬉しそうに

「やっと道が開けそうなの」

 と言った。俺たちは進路の事だと思った。

 けど、違った。

 その後、顧問は家の用事で少し早めに帰ってしまって、戸締まりは先輩がやると言って俺たちは追い出された。夏休みの午後まで活動してた部活は俺達しか居なかったから、不気味なほど静かだったのを覚えてる。

 女子というのはいつの時代も恋愛事情に聡いもので、俺が先輩に恋情を抱いていることはお見通しで、昇降口まで来たのに

「藤井、今日告白しなさい」

 と、突然言ったりしてくる。

「先輩もういつ来るか、わかんないし、夏休みの活動無いし、今しかないって」

「そうそう、あとまだ中村先輩と付き合ってないらしいし」

「ちょっとまだってどういう事!」

「だって中村先輩の家に通ってるんだよ? 時間の問題でしょ」

「昇太! 今しか無いじゃん」

 と、矢継ぎ早に言われ、うんともすんとも言う前に校舎へ戻された。

 退路は断たれたのである。

「骨は拾ってあげる」

 無口な奴にそっと言われたのが一番堪えた気がする。

 美術室は今と変わらず三階にあった。螺旋階段を登ってる途中、バタンと上から音がした。気にも止めずに進んだ。三階に足をかけたときだった。階段の真正面にある窓が一瞬夕陽を遮った。

 俺、割りと鈍い方なんだ。なのにそのときだけ、はっきりと見えたんだ。両手を広げて、見覚えのあるセーラー服が、人が逆さまに落ちてく姿を。

 影は鳥みたいな速さで降下していった。

 その時、バタンとした音が何だかわかった。だって休日の放課後、誰も居なくて、居るのは俺と先輩ぐらいで、学校のドアは基本引戸だろ?屋上の扉は開戸だったんだよ。

 なら、今、目の前を落ちてったのは、一人しか居なかった。後は知っての通りさ。

 あの人は空を飛んだんだ。鳥みたいに両手を広げてさ。飛んだ理由は、幼馴染の為だと思う。なんでかはわからない。けれどそう思うよ。

 先輩の葬式の後から、その幼馴染をこの街で見なくなった。

 それから、卒業して、大学まで進んで教員になった。

 そして何の因果か、この学校に戻ってきて先生してる。

 忘れたつもりだった。いつまでも苦い初恋を思うほど女々しくは無かったからね。俺、結婚もしてるし。

 けど、ここに居ると先輩を思わずには居られなくなる。だから気まぐれに花を投げた。あの人が寂しくないように、落ちずに飛べるように。

 それが怪談の真実さ。

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