空を飛べなかった

 あたしは、二つの新聞記事のコピーを持って、美術室に向かっていた。

 佐々木琴美さんは、美術部員だったそうだ。

「藤井先生、居ますか」

 美術室に向かうと教卓の前で藤井先生は、恐らく明日使うであろう教材を並べていた。

「いるよ。何?」

「ちょっと聞きたいことがあって来ました」

 あたしがそう言うと藤井先生は此方を見て、

「あぁ、君、雨の日の。確か」

「一年の八島です」

「何?」

 先生は視線を手に写した。

「先生はこの学校の怪談を知ってますか?」

「あー、部員がなんか言ってたな。花がなんとかとか」

「はい。屋上から花が落ちて来るんです。それは二十二年前に亡くなった女生徒が姿を変えて今も落ち続けてる、という怪談の話です」

「随分と悪趣味で具体的な数字だ」

「それであたしは、怪談の正体は貴方だと思ったんです」

 藤井先生は動かしていた手を止めた。

「飛躍しすぎだろう」

「いいえ、あの日、貴方の上履きは濡れていた。あたしの近くに来る前からキュッキュッ音がしていたのを覚えてます。それは、雨の中屋上に出たからだ。それにいつもは白衣を着ているのにあの日は着ていなかった」

 それであたしは暗がりで一瞬誰だかわからなかったのだ。

「それに先生なら屋上の鍵と暗証番号も入手可能です」

「それだけだと俺が犯人だとは言えないな」

 あたしは、新聞記事を先生の前に出した。

「二十二年前、亡くなったのは佐々木琴音という子でした。彼女は美術部員だったそうです」

 リーダーが見つけたもう一枚のコピーを出す。

「貴方は二十二年前、この学校の生徒だったんですね。そして美術部員だった」

 これは地域新聞の小さな記事だった。そして、そこには美術部員として絵画コンクールに入賞して賞状を貰っている藤井昇太という少年の写真が載っていた。

「関係ないわけないですよね」

「あぁ、こんな物よく見つけてきたな」

「……先生がこの学校に勤務し始めて六年目ですよね」

「あぁ」

「花の怪談が流れ始めたのって先生が来てからなんです」

 この街に中学は一つしか無い。つまりこの街の住民の殆どはここの学校の卒業生なのだ。調べるのはたやすい。普通ならそんな事までする奴なんていないけど。

 先生は深い溜息をついた。

「そっか」

「先生、なんで花を投げたんですか」

「……空を飛んでみたかったからだよ」

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