アルバトロスと水仙

小谷華衣

ことの始まり

 きっと、これは終わった物語で、真実をあたしは知ることは無いのだろう。あたしの知らない所で語られた物語の一欠片をあたしは知っただけなのだ。そんな事はどこにでも、当たり前に起きている。歴史の教科書の一行を知ったに過ぎない。

 そもそもの事の始まりは、一年の時のクラスメイトのこんな言葉だった。

「ねぇ、この学校の七不思議って知ってる?」

 唐突に現れた変なクラスメイト(一年の時同じ班であたし達はリーダーと呼んでいる)は、突然そんな事を聞いてきたのだ。

「知らない。というかそんなのあったんだ」

「ありますとも。中学はこの街に一つしか無いし。君の卒業した方の小学校と同じぐらいの古さだったと記憶しております」

 ちなみに小学校は二つある。中学も増えたら良いのに。

「リーダー変なことに詳しいね。それなら七不思議の一つや二つあってもおかしくないか」

「そうなのですよ。で、本題の怪談の話で特に気になるやつ。これは部活の先輩から聞いた話なんだけど、毎年、夏の雨の日、屋上からスイセンの花が落ちてくるんだと」

「何それ?」

「まぁまぁ、続きを。なんでも約二十年前に屋上から転落だか、投身自殺だかをした女生徒が花になって今でも落下してるって話」

「何故花になった。普通は落ちてくる女生徒と目が合ったりとかでしょ? 誰かが上の階から花を落としただけじゃないの?」

「毎年律儀に一本だけ? それに先輩見たの三階だって」

 ウチの学校は三階建てだ。

「屋上から……」

 中央の螺旋階段から確か屋上に続いてて、誰でも行けるはず。あたしは行ったこと無いけど。

「暗証番号と鍵が無いと開かなかった」

「試したの?」

「勿論。美術部は屋上前の水道近いからよく使うんだ」

 美術室、螺旋階段のすぐ隣で三階だもんね。

「鍵はヘアピンで何とか出来たけど、暗証番号が無かったから開けられそうになかった」

「凄いなリーダー。じゃあ、やっぱり先生か用務員さんじゃないの?」

「何のために?」

 ……供養とか?

「だったら普通花束だし、屋上とか、落下地点にお供えするでしょ? そうすると不思議でしょ? 気にならない?」

「そりゃ気になるけど、リーダーそれで新聞記事書けば良いじゃない」

「我が校の学級新聞は真面目でして、そのようなゴシップは書けないのです。てなわけで、ヤッチー、調べてよ」

「えー? 面倒な。リーダーがやりなよ」

「此方はコンクールの作品作りと新聞で忙しいのです。それにどうせ幽霊の招待見たり枯れ尾花なんだから」

 頼んだよ、っと一方的に言ってきたリーダーに私は、気が向いたら、と返した。

 そして、すっかりリーダーとそんな話をした事を忘れた頃だった。それを見たのは。

 部活が始まった頃から、なーんか雨降りそうだな、って思ってたら、終る頃には、本当に降ってきて、もたもたしてる内に雨脚がだんだん強くなって、仕方無しに教室に置き傘を取りに行った帰りだった。

 不意に窓の外で大粒の雨と共に黄色い花が落ちてくるのが見えたのだ。あたしの瞳は、やけにゆっくりと、スローモーションの様に落ちる花をを捉えた。

 予想外の時に予想外のものを見ると人は混乱してロクに行動できないものだと、この時初めて知った。

 なぜなら、いつかあの子の先輩が見かけたように、あたしが居たのは三階で、その上は立ち入り禁止の屋上だ。しかも、落ちてきたのは木に咲いている花ではない、落ち葉でも見間違えでもなく、あれは確かに黄色い水仙の花だった。自分の動体視力に驚きだ。

 それで、あの子が話した怪談を思い出したのだ。

 暫く雨粒が叩く窓を見つめて、あたしは窓を開けた。風が強くて窓は重く、やっと開けると強い風があたしの髪の毛を乱暴に撫で回して、教室の習字がバタバタと暴れたな、と思った瞬間に制服と廊下はびっしょびしょになって、慌てて閉めるも手遅れで、そのまま風は暗く静な廊下の端へと駆けてった。

 キュッキュッと音がして振り向くと、暗がりから誰かが歩いてきていた。

「あーぁ。こんなにびしょびしょにして」

 そんな事を言いながらひょっこり顔を出したのは美術の藤井先生だった。先生は、手に数枚持っていた中のタオルを一枚投げてきた。

 廊下を改めてみるとあたしの周りに水たまりが出来ていて、動くたんびに湿気で上履きからキュッキュッと音が鳴るようになってしまった。

 もともと色が濃いセーラーも水を吸って真っ黒になってずっしりと重くて気持ち悪い。これはヤバい。

 先生からもらったタオルで申し訳程度に水を拭き取る。先生は教室から持ってきたモップで廊下を拭いていた。

「ダメだろ? 雨強いのに窓開けたら」

「すみません。花が見えたからつい」

「花? 見えたの?」

「水仙が。確認しようとして窓開けたら……」

「花が降ってくる訳ないだろ。この上は屋上だし、この雨だ。見間違いだろ?」

「でも!」

「でもじゃない。これ以上雨が強くなる前に早く帰りな。後は俺がやっとくから」

 帰った帰った、と犬でも追い払うようにあしらわれた。

 ちぇ、話のわかる先生だと思ってたのに! でも、早く帰るべきなのはわかっていたし、友達も待ってる。

「ありがとうございます」

 語尾を強くてして、キュッキュッと音を鳴らしながら滑らないように階段を降りた。


 きーにーなーるーー!

 だって、目の前で不思議な事が起こったら原因を知りたくなるのが人ってものでしょう!

 あの時、窓開けるんじゃなくて屋上確認しに行けば良かったのに! あたしの馬鹿!

 藤井先生のせいで、屋上見に行けなかったし、最終下校時間を過ぎたせいで、生徒指導の加島に怒鳴られ、追い出されて落ちた花も確認できなかった! あんなに急かさなくてもいいのに!

 もう一度見れるとは限らないし、でもこのまま謎のままにするには、気になりすぎて夜しか眠れない。ん? 睡眠は大事よ。

 考えろ、考えろあたし。リーダーは確か、二十年前に死んだ女の子が花になってるって言ってた。まずは、その事件を調べる必要があるな。地道な調査が真実へが真実へ辿り着くのよ! と、意気込んだあたしは、図書室に向かった。短絡的なあたしは、調べもの=図書室だったのだ。スマホで調べれば? この時はガラパゴス携帯も中学生には普及してなかった。まぁ、あたしは携帯すっ飛ばしてスマホだったけど。

 で、図書室に向かうと、中でリーダーが図鑑のあたりをごそごそと何かを探してしていた。が、あたしに気づいて小声で話しかけてきた。

「おや、ヤッチー。こんな所で珍しい」

「ちょっと調べ物をね。学校の昔の事が知りたいんだけど、良い資料どっかに無いか知らない?」

「そうだね。学校史が奥の方にあった気がしたけど、公式の事しか書いてないならあんまり面白くないよ」

「サイデスカ」

「あ、もしかして、あの怪談の事調べてる?」

「ゴホン」

 振り向くと佐原先生が静にあたし達を睨んでた。怖い、怖い。二人で苦笑いしながら頭を下げて急いで廊下に出る。

「この間、落ちてく花を見ちゃってさ、気になるからまずは、その自殺した女の子を調べてる」

 リーダーはふーんと言うと、

「なら、図書館に行くと良い。昔の新聞とか纏めてあるし」

「え、そうなの」

「そうだよ。絵の資料見つからなかったから、放課後図書館行くけど付いてく?」

「ついてく!」

 優秀な情報提供者は色々優秀だった。

 放課後図書館に向かう。古くてボロくて蔵書も少なくて殆ど存在を忘れられてる図書館だ。

「古い新聞は日付とか言えば出してくれるよ」

「まだ何年前か、本当に自殺者が居たのかすら知らないのだが」

 捜査は今からなのだ。そんな死んだ目で見ないで欲しい。

「なら、パソコンで調べるか。名都山東中学校っと」

 リーダーは慣れた様子でパソコンを弄った。あたしにはさっぱりだ。言っとくけどパソコン持ってる家なんて極僅かなんだからね!

「あー、なんか優勝とかヒットしちゃった。結構、吹奏楽とか陸上、昔から強かったのね」

「いや、そんな事はいいから」

 リーダーは呑気にページを眺める。

「あ、あった。名都山東中学校投身自殺」

「見せて」

 ざっと読んでまとめると、八月十七日、夏休み、部活動を終えてから佐々木琴音という当時中学三年の女生徒が屋上から落ちた。即死だったらしい。遺書らしきものもなく、何故彼女が自殺をしようとしたのか未だ解っていないらしい。

「この子……かな」

「だろうね〜。他にヒットしないし」

「うーん」

 あたしも画面を覗き込んで、他に該当する記事がないか探した。

「あっ」

 あたしは一つの記事が目に入った。

「ねぇ、リーダー。これ偶然かな」

「ん、どれどれ。へー、そうなんだ」

「……あたし、怪談の正体わかった……かも」

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