二十、増える顔見知り




「♪〜」


『おっ!今日は機嫌がいいねぇ』


「気が楽になったんだ。君のおかげだよ。」


『ふふ…感謝を繰り返しなさい。』


僕らはいつものように森まで来ていた。

いつものように這いつくばる僕と木陰に座りながらそれを眺めるルクレール。


しかし、今日は少し違うこともあった。僕は薬草を中心に採取していたのだ!

ルクレールはどれが薬草でどれが山菜かなんて興味がないと思うから換金するまでわからないかもしれないけれども。


僕は今朝、図鑑で少し下調べしたのだ。いつもより高価な薬草を採取するためにね。それもこれも理由があるのだ。


特に深い理由という訳でもなく、お金を貯めたいだけだけど。


山菜採りよりも薬草採りと言う方が高貴な感じがするのは僕だけだろうか?山菜採りの方が泥に塗れた平民という感じがする。ルクレールにこれを言うと苦笑いしながら『違いがわからない。』と言われた。


実際は山菜採りよりも疲れたし、汚れもした。価値に比例して泥汚れは増えるのだろうか?まぁ…やや質の良いものを手に入れることが出来たので良しとしよう。


袋がややいっぱいになったところで今日は止めることにした。

ルクレールは退屈そうに葉っぱを折って遊んでいるし。


『今日はいっぱい採れた?』


「うん。期待してていいよ。」


『おっ…いいね〜…ん…誰か来る…』


彼女は急に立ち上がると耳をすますような動作をしている。

何か音が聞こえたのだろうか?


僕も彼女にならうと、少し話し声のようなものが聞こえてきた。木々の向こうから誰かが近づいてきているみたいだ。



「こっちから聞こえたんだけどなぁ〜」


「アリエル…待って。魔獣がいるかもしれないから慎重に…」


「あっちかなぁ〜」


「アリエル…待ってって…」


その声の正体は知り合いだったようだ。ぱたぱたと歩く魔術師のような格好をした女性と注意を払うように辺りを見回す背筋の良い女性だ。


どうやら僕を見つけたようだった。気づくと、アリエルさんはぶんぶんと手を振る。


「あっ!あれセンくんかなぁ?お〜〜〜いっ!」


彼女は木の幹につまずきそうになりながらもこちらに駆けてくる。モネという少女も不思議そうな顔をしながら後をついてきていた。


ルクレールも不思議そうな顔をして、腕を組んでいる。


『あれ?いつの間に仲良くなったの?』


「迷子になってたから一緒に保護者を探したんだ。」


『なんだそりゃ。』


アリエルさんは僕の前で止まると、「はぁ〜」と息をついて立ち止まった。急に走ったので疲れてしまったらしい。ちなみに体力のない僕にもよくある。


「ふう〜…き、君、セン君だよね?」


「そうですよ。こんにちは、アリエルさん。よくわかりましたね。」


「私は耳がいいからねぇ」


彼女は誇らしげに鼻をこすると自分の頭を指差した。きっと獣人族の耳を指しているのだろう。先ほど走ったためか、少し帽子が落ちそうになっている。


「ふふっ…どうしてそんなに泥まみれなの?

拭ってあげるから…ほら…顔貸して…」


彼女はどこからか布のようなものを取り出すと僕の顔を拭おうとしてくれた。しかし、その布は柔らかそうで少し高価そうに見える。僕の顔を拭いて汚してしまうのは大変申し訳ない。


僕は慌てて体を引いた。


「いえいえ…また汚れるので大丈夫ですよ。」


「そう?でも…汚したまま寝ちゃあダメだよ?ばっちいからねぇ」


「はい。それはもちろん。」


彼女は心配するような目で僕のことを見ていた。

何だか昨日の不安そうな彼女と違うぞ。


『?…君が迷子になったんだっけ??』


ルクレールがさらに困惑している。確かにこの様子を見ると、僕が迷子の子供のようである。僕も困惑しているんですよルクレール。



そういえばこの場にもう一人困惑している人がいたようだ。モネという少女である。眉をしかめながら僕とアリエルさんを交互に見ていた。


「アリエル…この…人?は誰…?」


「あっモネ!昨日話したよね?この子がセン君!」


「え…こんな…えぇ…」


彼女は思案するように顎に手を当てて黙ってしまった。

僕を睨みつけるように目を細めている。


確かに僕は怪しいぞ。泥だらけの小汚い格好をしているし、顔も泥だらけで人相もはっきりしないだろう。


「どうも。センと申します。」


「…」


彼女はやはり僕を睨み続けている。

返事もしてくれないようである。

顔を拭いた方が良かったかもしれない…


『なんだこの乞食!?怪しいけど…アリエルは仲良さそうだし…どうするべきか…っていう心境だと私は思う。多分これ当たってる。』


ルクレールは解説するように珍しく知的な表情をしている。その通りだろう。出来る限り、不快にさせないように…いや、出来れば彼女とも仲良くなりたい。


『良い切り替えしてるね君。』


それも僕の良い点として受け入れてルクレール。しかし、どうすれば仲良くなれるのかわからないので、思っているだけだけれども。



「私は…モネ。お前はどうしてそんな格好をしているんだ?」


「セン君は山菜採りが好きなんだとさ〜おもしろいよねぇ」


「そうです。地面に這って採取するので汚れてしまうんですよ。」


僕より先にアリエルさんが答えてくれる。昨日は必死で話題を絞り出したから山菜の話ばかりになってしまったのだ。


そういえば彼女たちは冒険者だった…それなら薬草使うのかな?



僕は背負っている袋に手を突っ込むと、良さげな薬草を取り出した。

モネさんは僕が袋に手を突っ込んだ瞬間、少し警戒したようだった。


「薬草も採っていますよ。これは先ほど採ったばかりのものです。」


僕はモネさんにそれを手渡すと、しげしげとそれを眺めていた。


「ふむ…中々質の良いものを採取しているんだな…その手の腕は立つのか。」


「薬草の良し悪しがわかるんですか?」


「長いこと冒険者をしていると薬草を使う機会は多い。自然とどの薬草を買えばいいのかわかるようになる。それだけだ。」


「ほぉ〜…よければそちら差し上げますよ。」


「は!?」


彼女は今度は目を見開いて僕のことを見ていた。アリエルさんも同様であり、おろおろと宙に手を泳がせている。それほど意外なことであったのだろうか?


僕がその薬草を採ろうと思えば1日中掛かって7〜10房ふさは採れるだろう。見せるだけ見せて仕舞うのは何だか感じが悪いし、特に惜しいものでもないのだ。



「ほ、本当にいいのか?言っておくが、この薬草はやや高価だぞ…いや、採取を主にしているんだ。もちろん知っているだろう。」


「こっ…こんな良いもの貰えないよぉ〜」


「今日は少し多く採れたので荷物がかさばって困っていたんです。貰って頂けるとこちらも嬉しいのですが…」


そこまでかさばっている訳ではないが、そうとでも言っておいたほうが遠慮されないだろう。モネさんはそれを察したのかしぶしぶと受け入れてくれた。


「む…そうか。それならば有難く頂戴しておこう。」


「いえ…ここら辺はよく採れますからね。」


彼女は取っつきにくそうだが、話してみるとあまり恐くなかった。きっと僕の評価もただの乞食から利用価値のある乞食へと変化したことだろう。


『どんな乞食だよそれ…

でも、惜しまず薬草をあげるその姿勢は良し。花丸をあげよう。』


お、ルクレールからお褒め頂けるとは珍しい。


『私も彼女たちに個人的に興味があるのだ。』


なんとも不純だよルクレール。君がそんなに好き者だったとは。そんなニヒルな表情でそんなこと言ってもかっこよくはないよ。



「そうだ!お礼にご飯でも奢るよ!この前のこともあるしねぇ」


「む…そうだな…流石に一方的に貰うだけでは申し訳ない。」


「だよねだよねぇ…セン君はこれから何か予定あるのかなぁ?」


「あ…特に用はありませんよ。山菜を採ろうと思っていたところです。」


「じゃあ決まり!さあ行こお〜」


ここはお言葉に甘えてご一緒させて頂こうと思った。



アリエルさんが僕の手を引き、歩き出そうとした時、小さいけれど体に響くような音がどこからか聞こえてきた。モネさんが懐から小さな金属の塊のようなものを取り出した。どうやら出処はそこらしい。モネさんはそれをおでこに当てると瞳を閉じた。


あれはなんだろうか?僕が困惑しているのがわかったのか、アリエルさんが小声で話しかけてきた。


「あれはねぇ…念話するのを手伝ってくれる魔法道具なんだよ。念話補助器って名前なの。」


「念話?」


「念話っていうのはねぇ…遠くの人と会話することなの。魔法使いの人とかはねぇ〜自分の魔力でできるんだけど…出来ない人はあの魔法道具を使ってするんだよ。」


「全然知らなかったです…」


「ちなみに…私は念話できま〜す。」


「凄いですね!」


「こりゃあ照れますねぇ」


小声だったのは念話を邪魔しないようにするためだろう。アリエルさんはてへへと言いながら頭を掻いている。先ほどから思っていたのだが、彼女の帽子は何度も落ちそうになっている。知り合いと一緒だと無防備になるのだろうか?



念話が終わったのだろう…モネさんは魔法道具をしまった。


「すまないアリエル。私は少し用事が入ってしまった。」


「ええ〜そっかぁ…」


「前に話した件だ。」


「あ〜…じゃあ仕方ないねぇ…私は行かなくて大丈夫?」


「あぁ。私1人で大丈夫。ありがとう。」


彼女は少し躊躇したようだった。アリエルさんと僕を2人きりにすることに抵抗があったのだろう。


「セン…と言ったか。先日はアリエルが世話になった。少々心配であるが彼女と食事に行ってくれないだろうか?アリエルは人の目を気にして街だと臆病になってしまうのだ。」


「ちょっ…ちょっとモネ!わざわざ言わなくてもいいじゃん!」


「君は…彼女の種族のこと、知っているのだろう?」


「はい。たまたま帽子が飛んでしまって…」


「君を見た時は正直、驚いたが…それを知った上で彼女と普通に接してくれている。それだけでも稀なことなのだろう。それほど亜人族は肩身が狭い。」


「…僕自身世間知らずなので種族というくくりはよくわかりません。だからアリエルさんはアリエルさんです。それ以外の見方は僕には出来ませんよ。」


「…少し…疑っていた。いや、警戒していた。君からすると不快な態度をとっていたかもしれない…その点、謝罪させて頂きたい。」


そう言うと彼女は頭を下げた。彼女は所作一つ一つが丁寧である。やはり、印象というものは一見ではわからないものである。



アリエルさんは居心地が悪そうに黙ってしまった。顔を赤くしてキョロキョロしている。


「いえ…仲がよろしいんですね。心配することは悪いことではありません。」


「あぁ…一番の友人なのだ。では…私は行こう。」


「あっ!また後でねぇ〜」


僕を見るモネさんの目は先ほどより少し優しくなったように感じた。彼女自身、毎日張り詰めて過ごしていたのだろう。知り合って間もないがアリエルさんは少し無防備で心配になるのはわかるのだ。




◇◇◇




これから山菜を採るので汚れる、という言い訳が使えなくなった僕は強引に顔の汚れを拭かれてしまった。あぁ…綺麗な布が汚れていく…


「ほらぁ〜…ちゃんと綺麗にしてればモネもあんなに怪しむことなかったかもねぇ」



甲斐甲斐しく僕の顔を拭く彼女はやはり保護者のような表情をしている。僕はそんなに幼く見えるのだろうか?


しかし、彼女の言うことは最もである。確かに泥に塗れていない顔でいけばもう少しマシな人間に見えたかもしれないだろうに。


「じゃあ…私たちがよく行く食堂にでも行こうね。

私もあんまりお店知らないの。」


「何処でも大丈夫ですよ。僕もお店を全然知らなくて…」


「あらぁ…それならお姉さんに任せなさい!」


アリエルさんはずんずんと僕の手を引き、森の中を進む。彼女は何だか元気である。モネさんは彼女のことを臆病だと言っていたけれどもそうでもないじゃないか、と僕は思った。


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