十九、獣耳





「いや〜それがですね〜やっとの事で掘り出せたと思ったんですが…それが山菜ではなくて木の根っこだったんですよ!いや〜僕自身、数時間の間何をやっていたのかと不安になりましたけれども人生は一期一会とも言いますし、木の根っこを持って帰ることにしたんですよ。それがまぁ〜良い形をしておりまして…」


「ふふっ…何それ〜でも、根っこは何か良いよねぇ。わかるかも。」



彼女が聞き上手なのか、僕のお喋りが意外と悪くないのかわからないけれど、割りかし打ち解けることが出来たとようである。僕のうぬぼれかもしれないけれども。しかし、話が続いたのは全て山菜のおかげである。もう頭が上がりませんね。


彼女は僕と同じで初対面の人には警戒してしまう性格なのだろう。やや打ち解けると、はきはきと明るく話しかけてくれるようになった。


あれから僕らは先ほどの場所の周辺や彼女たちがよく行く場所を巡ったのだけれど、なかなか合流することが出来ていなかった。話を聞く限り、アリエルさんとモネという少女は非常に仲が良いようなのできっと向こうも探していることだろう。


「全然会えませんね。」


「うん…モネも探してると思うから入れ違いになったかも…」


「仲が良いんですね。失礼かもしれませんが、僕は初めてモネさんを見たとき怖そうな人だなって思いましたよ。」


「ふふふっ…そうなの。でも、友達には凄く優しいんだよねぇ…過保護かってくらい。」


…過保護?あの睨むような目線からはなかなか想像出来ない。しかし、彼女の事を語るアリエルさんの表情は朗らかなものであった。きっと彼女の言葉の通りなのだろう。



「へぇ〜…」


「この前もね…私は止めたんだけど、ギルドに行って魔獣討伐の依頼を受けちゃったの。

国から依頼されてる大きな依頼でね。いっぱいお金貰えるけど、危険もいっぱいなの。」


「あ!話題になってましたね。」


「うん。それでね。どうして受けたのかって聞いたら…何処かで私の生まれ故郷が魔獣の被害に困ってるって話を聞いたみたいで…それをなんとかしようと思ってくれたみたいなの。」


「ほぉ〜…なかなか出来ませんよね…すごいなぁ。」


「そうでしょ〜」


彼女は本当に嬉しそうに笑っていた。友達を褒められたことが嬉しいのだろう。彼女は思ったより友好的な人だった。



話が脱線してしまったようだ。


「とりあえず…アリエルさんの泊まっている宿で待つのはどうでしょうか?

こうなるのなら最初からそうすれば良かったですね。」


「うーん…そうだね〜そうしよっか。」


「モネさんもそっちで待ってるかもしれませんね。」


アリエルさんはニッコリと頷くと元気良く足を進めた。



ずいぶんと時間が経ってしまったようで、辺りはすっかりと暗くなってしまっている。人通りもまばらになっており、しんと静まり返っていた。


僕はこの街の夜はあまり体験したことがない。そのためか、少し落ち着かなかった。

風は少し強いし、天気も悪い。どうやら早めに帰ったほうが良さそうである。


アリエルさんは僕より少し前を歩いてるためか、ちらちらと僕を気にしながら歩いている。僕が逸れてしまわないか不安なのだろうか。


何だか…急に風がさらに強くなってきたようだ。

アリエルさんの服や髪が風に巻かれて靡いている。これが突風などと言うのだろうか?


あ。彼女は必死に帽子を抑えているようだったけれど、風に飛ばされてしまった。僕の方に帽子が飛んできたので、受け止める。


「わっ…わっ…ああぁ…」


彼女は慌てているようだった。よほど大切なものなだろうか。帽子を観察し、汚れを確かめる。


「大丈夫ですよ。汚れてません。」


僕が帽子を渡そうとすると彼女は頭を抱えて、うずくまってしまった。

怯えるように青ざめた顔をしている。どうしたのだろうか?


よく見ると彼女の頭には何かついている…これは…耳?獣のもののような耳が生えていた…確か…獣人族?って言うんだっけ?カルメンから教えてもらった後に書物で少しだけ見たのを覚えている。



彼女はそれを隠すように手で覆おうとしているが、なかなか隠れないようだ。

それもそのはず手より耳のほうが大きいのだ。その様子は少し滑稽で愛らしかった。


「アリエルさん。何してるんですか?」


「え!?えぇ!?だって…これ…耳…」


「僕も獣人族の方は初めて見ましたが、とても可愛らしいものですね。

隠す必要はないんじゃないですか?」


「え?…ええ??」


彼女は心底意外そうな顔で僕のことを見ていた。何か失礼なことでも言ったのだろうか?


「じゅ…獣人…見て…何も思わないの…?」


「そうですね…特には。僕自身世間知らずなのであまり世の中の事をよくわかっていないんですよね。何か特別な反応をするのが普通なんですか?」


「う、ううんっ!そのままでいいよっ!」


「そうですか…良かったです。」


彼女は立ち上がると、周りの様子を気にしながら耳から手を離すと、急いで帽子を被った。一瞬だけれど、ピョコピョコと小さく動いていた耳が見えた。


「何だか不思議ですね…動いて…森精族エルフの耳みたいです。」


「ええ!?森精族エルフに会ったことがあるの?」


「はい。少し前まで一緒に暮らしていたんですよ。」


「ほえ〜…君って不思議だねぇ…」


アリエルさんはギョッとした顔をしたと思ったら、けたけたと笑い始めた。彼女は意外と表情が豊かのようだ。気づくと、彼女の表情はまた変わり、少し暗いものになっていた。


「それならその森精族エルフの人に聞かなかったの?

亜人族が差別されてることとかさ…」


「それとなくは…でも、外見は人と大して変わりませんからね。

本人に言われるまで彼女が森精族エルフであることがわからなかったですし。」


「そ、それは君が変だよぉ〜…」


「あれ?そうですかね…あ…風も強くなってきたみたいですし急ぎましょうか?」


「あっ…う、うん。そうだったねぇ〜すっかり止まっちゃってた!」



僕はその話題をあまり続けたくなかったので、そうそうに話を切った。


アリエルさんはぱたぱたと今度は僕の後ろをついてくる。



この話はあまり触れないほうがいいのだと僕は思ったのだ。


彼女ら亜人族が差別されていることは書物でそれとなく知っていた。彼女の耳を隠す様子から察するに外を普通の顔で歩けないほどなのは確かなのだろう。


僕はそこまで酷い差別が行われているとは考えていなかった。そのため、少々戸惑ってしまったが、僕は世間知らずのていでその件に接することにしたのだ。誰しも自分が差別されている話などしたくないだろう。




◇◇◇




「あれ?モネいたよ!よかった〜…」


宿が見えてくると、アリエルさんは遠くを見て手を振り始めた。


宿の前で両手を組んで立っている少女がモネさんなのだろう。明確にはわからないが、彼女はずっとそこで待っていたのだろう。


これで僕の役目は終了である。


「…じゃあ僕は帰りますね。あまり役に立てず…すみませんでした。」


「えっ…そんなことないよ。私も心細くなかったし…

モネに会っていこうよ〜宿で温かい飲み物でも飲んでいきなよぉ〜」


「いえ…宿で友人が待っているので…」


「あ〜そっかぁ…じゃ〜また今度ちゃんとお礼させてね!またねぇ〜!」


僕が立ち止まるのを見ると、彼女は忙しなく走って行ってしまった。

時折、僕の方を振り返り、ぶんぶんと手を振っていた。



久しぶりにルクレール以外の人としっかりと話をした。


僕はこれから人と関わらないようにする…とか言っていたけれど、やはり僕は人と接するのは好きなのかもしれない。それほどの決心だったのだろうか?…でも、きっとまた彼女と出会ったら今日のように接してしまうだろう。



後悔…とまではいかないが複雑な気分だった。




◇◇◇




『師匠とやらはどうだったのさ。』


「ただいまルクレール。やっぱり凄い人だったよ。深い考えをお持ちだ。」


『えっ…そうなの?』


僕は部屋に着くと、荷物を降ろした。


ルクレールは寝そべりながら山菜図鑑をペラペラとめくっている。きっと手持ち無沙汰なのだろう。今度本でも買ってあげようかな。



「ねぇルクレール。」


『なに?』


「今日…人と友達になってしまったかも。」


『お~…いいじゃん。』


「本当にそうかな…ルクレール…僕は…どうすればいいと思う?」


僕は不安だったのかもしれない。人と接するのは嫌いではない。でも、この前のように信じていた人が急に変わる…そういうことを恐れているのだろうか?


ルクレールは図鑑を閉じると、寝返りをうち、仰向けになった。手は大の字に広げられている。


『好きにしたらいいじゃん。』


「好きに…か…」


『ロロット家のことを気にしてたらキリがないでしょ。あんな事例は稀だもの。

皆と過ごしている時、君は楽しそうだったし。まぁ…だからと言って良いことばかりとも言えない。

不快な思いをしたり、悲しい思いもするかもしれない。』


「うん…」


『利も害もある。だから自分の気持ちに正直に生きれば良いのさ。君は自由なんだもの。』



ルクレールはそんな話なんて気にしないかのように大の字に広げた手足を水中を泳ぐかのように動かしていた。


いつも頼りっぱなしだなって思ったりして。彼女の言う通り…僕の意思は決まっていたんだろう。それなのに僕は怯えて…躊躇して…



「ごめん…うだうだ言って…」


『そんなもんでしょ。君は記憶を失ってすぐにあんなことがあったんだから。

ぐちゃぐちゃしちゃうよね。私は頭を空っぽに出来るけれど君は違うもの。』


彼女はそう言うと僕の横まで転がってきた。僕の足の手前までくると止まる。


『今日は寝よう。寝ると気持ちがすっきりするのだ。』


そう言うと僕の服の裾をぐいぐいと引っ張る。



促されるまま僕が横になると、ルクレールは僕が眠るまでの間子供を寝かしつけるかのように寄り添い続けてくれた。






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