十八、初めての教え




あれから一週間。どんな技術が得られるのか、非常に待ち遠しかったのだけれど…

師匠と合流した後、僕らは何故か街の表通りに来ていた。

いつも通り出店や冒険者たちに溢れ、活気づいている。



「セン…お前さんはどうしてこんなところに来たのだろう、そう思っておるだろう。」


「は…はい。正直、思っています。ここで山菜について学べるのですか?」


「うむ…お前さんは山菜を採る時、何を考えておる?」


何を?…これは試されているのか?僕は張り切って答えを考える。


「そうですね…普段は自然と一体になることを意識しております。」


「はぁ!?自然と一体!?」


「はい。そうすることで山菜が話しかけてくるような気がするのです。」


「そ、そうか…ほう…そうなのか…」


師匠は困ったように腕を組んで唸っている。予想外の回答だっただろうか…

まさか…浅ましい回答だっただろうか!?素人丸出しな回答だっただろうか!?



「ま、まぁ…そう考えるものもいる。し、しかし…それは一つの考え方じゃ。」


「一つの?」


「そう…そこで儂は他の考え方。山菜との対話の仕方を教えよう。

一つの考えに固執していては進歩はない。それを知って欲しいのじゃ。」


「なるほど!!流石師匠です!!」


(よ、よかった〜…適当に言ったのじゃが…納得してもらえたようじゃ…)


さらに尊敬の念を積もらせるセンに対して、師匠はほっと胸を撫で下ろしていた。

背中は冷や汗でダラダラである。


「それでの…今日はこれじゃ。」


「えーっと…これは…献立でしょうか?」


僕は師匠から渡された布を見ると、そこには肉類や穀物、野菜、果物等の名称と個数が箇条書きされていた。


「今からこれらの商品を買う。それをよーく見ておれ…」


「は、はい…?」


どういう意味があるのだろうか?僕には全く分からなかったが、師匠の事だ。

きっとしっかりとした意図があるのだろう。


(しめしめ…これでおつかいが楽に済むぞぉ…荷物でも持ってもらおうかの…)


真剣に考えるセンが馬鹿らしくなるほど師匠には何の考えもなかった。

いっその事、清きよしいほどである。



「まずはここじゃ!」


一番最初に訪れたのはお肉屋さんであった。荒々しく様々な商品が陳列されているが、その状態は悪くないようだ。品質の管理には力をいれているのだろう。


「へいらっしゃい!お!旦那!久しぶりだねえ!!」


この店の店主だろうか。丸刈りの大男が店の中から顔を出している。どうやら師匠はこの店によく来るようである。一言二言その店主と挨拶を交わしている。


「最近はちと忙しくての…今日はどの肉がお勧めかね?」


「へい!今朝仕入れたばかりの妖豚クーベルですぜ!

やっぱりこいつはクセがなくて、旨みも強い!うちでも上位の人気商品でさあ!!」


「ほう…お前さんが言うのだからきっと美味いのだろう…包み1つでいくらかね?」


「へい!小銀貨1枚でさあ!」


「ふむ…なるほどのぉ…なかなか思い切った値段設定をしてらっしゃるの…」


「…な、何を言ってんだ旦那!文句はやめてくだせえ!!

こちとらお客さんの事を一番に考えた値段でやってんだ!」


「いやいや…気に障ったのでしたらすまない。

儂もこの店の肉が毎日の楽しみでの…これからも贔屓にしたいものじゃ…」


「そ、そうですかい?」


「そうじゃのぉ…こちらの妖鶏プレットもも肉も一緒に買いたいのじゃが…

少しばかり負けてくれんかの?」


「…かぁー!そいつ1包みも含めて小銀貨1枚と銅貨5枚だ!!

これ以上はこちらも引けねぇ!!」


「おお…そんなに値引いてくれるのかの…

なんとも良い店じゃわい…買おう。」


「どうも!!今後ともご贔屓に!!」



少し離れて様子を伺っていた僕のところに師匠が戻ってきた。


「今のを見てどう感じたかの?」


「今の…値引きですか?」


「そうじゃ…」


師匠は…今の様子から僕に何か教えようとしているのだろうか?見た感じ何の変哲もない会話だったけれど…何かが隠されているのだろう。


「そうですね…考えてみても今の会話に特別な点は見られません。

そのことから、特別ではないことが重要であると仮定出来ます。」


「…ほ、ほうほう。そ、そうじゃのぉ…かてい…そうじゃな…」


「…師匠は会話…つまり人との対話の中から山菜との対話の仕方を学べ、そう仰りたいのですね!」


「…ふむ。さ、察しがいいのぉ…そうじゃ。

山菜といえ地から栄養を吸い、天から恵みを得る。

人と同じ生命なのじゃ…お前さんにはその認識が足りぬ。」


「…盲点でした。確かに僕には山菜に対する敬意が足りず、尊重することを怠っていたかもしれません。」


(…山菜ってただの草じゃん…まぁ…納得したならよいがの…)


ちなみに師匠は胸中では上記のように思っている。言いたいことはわかるが、ひどいご老人である。



「それが分かればあとは簡単じゃ!ついてこい!!」


「はい!!」


「あ、この肉持ってて。」


「はい!!」


それから僕は師匠と共に何軒も店を回り、山菜学の極意を噛み締めるように学んでいった。自らと違う価値観の山菜学の捉え方は新鮮であった。あっという間に時間が過ぎた。


「今日はありがとうございました!!」


「ふむ…苦しゅうない。」


「次はいつご教授頂けるでしょうか?」


「え…あー…一週間後!それまでさらばじゃ!!」


またもや颯爽と去る師匠。僕は彼が見えなくなるまで頭を下げ続けた。




◇◇◇




日が傾きかけているのか、辺りは橙色に染まっていた。


僕は1人帰路につく。何だか今日は静かだなと思ったが、きっとルクレールが居ないせいだろう。気をきかせてくれたのだろうか?彼女にも一緒に学んで欲しかったのだけれど…興味がないのなら仕方がない。


皆んな宿に帰るのだろうか?先ほど、買い物をしていた時よりも人通りが多い。わらわらと人で溢れかえるこの通りを誰かと一緒に歩こうものならすぐに逸れてしまうだろう。


…あれは…見覚えのある顔がいるぞ。


先日、ギルドで見かけたアリエルという少女である。不安そうにキョロキョロと辺りを見回し、目は涙で潤んでいるようだ。様子からも分かる通り迷子にでもなったのだろう。


これは…実践には絶好の機会なのではないだろうか?

人との対話…確かに僕にはそれが足りていない。


わざとそれから避けていた節もある…僕は思い切って話しかけることにした。



「あのー…何かお困りでしょうか?」


「え!?…びっくりしたぁ…僕は迷子かな?お母さんは?」


彼女からは僕の方も迷子に見えたのだろう。僕と目線を合わせて、ゆっくりと僕に尋ねてきた。

確かに彼女はほんの少し僕よりも背が高い。僕の方が幼く見えるのも当然である。



「ぼっ僕は違いますよ!そちらこそお連れの方と逸はぐれでもしたのではないですか?」


「そ…そうだけど…」


「実は僕も冒険者の端くれなので…ギルドであなたのことを見かけたことがあったんですよ。」


「そ、そうなんだ…じゃあモネも?」


「あ、はい。見かけたことがあります。彼女と逸れてしまったのですか?」


「う、うん…」


「僕が一緒に探しましょう!」


「え…で、でも…」


彼女は頻しきりに帽子を気にするような素振りをしながら、視線を宙で泳がせている。


遠慮しているのだろうか…こちらとて無理強いするつもりはないが、彼女の様子から見るにこのままではずっと逸れっぱなしのような気がする。



しかし、良く考えると僕は怪しすぎるぞ。何だか出会いを求めている不純な若者のような行動である。申し訳ない。しかし、これも自己鍛錬であるため、僕も引くことは出来ないのだ。


「た、確かに知らない人にこんなこと言われたら戸惑いますよね…迷惑でしたか?」


「めっ迷惑なんてそんなっ…じゃ…じゃあお願いしようかな。」



逆に気を遣わせてしまったようだ…

こうして僕は彼女と一緒に人探しをすることになりました。



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