十七、大きな依頼の話
僕はいつものように受付さんと薬草の取引をし終えた。
なんだかいつも以上にギルドの中は騒々しい。殺気立っているというか…高揚しているというか…
「今日は何かあったんですか?騒がしいですね。」
「そうですね〜…掲示板の方見ていませんか?国から大きな依頼が出たんですよ!!
最近、魔獣が活性化しているようなのでそれらを退治して欲しいという内容です!!
森深くにある洞窟が発生源だと推測されていますね。」
彼女は両手を顔の前で合わせて、うんうんと頷く。
「ほぉ〜…やっぱり報酬は良いんですか?」
「そうですね!!やはり国は懐が豊かですので他の依頼と比べるとそれはもう!!
でも、センさんは止めておいた方がいいですよ…」
「難しい依頼なんですか?」
「はい…どうやら今回の魔獣の件、魔族が関わっているみたいなんですよ…ですので、これを受けようとするのは腕の立つ冒険者や腕試ししようとする無謀ものくらいですよ!!」
その時、ざわざわとした喧騒が大きくなった。
冒険者たちの群れが割れ、道が出来る。
その真ん中を大きな剣を背負い、裕福そうな衣服を身に纏った1人の青年が歩いてきた。彫りの深い、モテそうな顔をしている反面、体はがっしりと鍛えられているようで歩いている様子からも余裕が見える。どうやら受付に向かっているようだ。
「おいおいっ!道をあけろぉ!!」
「この人がどなたと心得る!!」
その後ろには見覚えのある人が2人。この前僕に絡んできた人たちだ。
「噂をすれば…ですね。彼はB級冒険者。「大剣」のクリス・デロンシャン。
この街で指折りの実力の持ち主です!!
この依頼は彼が解決するだろうと言われていますね!!」
彼女はニコニコと表情を変えずにそう僕に呟く。
冒険者にはもちろん等級がある。
G,F,E,D,C,B,A,S…一番が下がG級で、一番上がS級である。
昇格条件は様々で達成した依頼の難易度によって調整がなされるようだ。確認事項に記載されていたが、僕は別に興味がないのでよく見ていなかったけれど。
こちらに向かってきたそのクリスという人が受付さんに話しかけた。
「お久しぶりです!!今回はどういったご用件で?」
「おお…今日も綺麗だなあテレーズ…良い加減俺の女になれよ…」
「またまたご冗談を…もちろんあの依頼ですよね!!」
「釣れねえところもまたいいなあおい…」
慣れたものなのか、受付さんは笑顔のままお誘いを流している。その青年はニヒルに笑っているが、目は笑っていない。なんだか…観察するような…ルクレールみたいな目で彼女を見ているのだ。
『こいつはスケベだねぇ…胸ばっかり見てらぁ』
ルクレールは腕を組んで、その青年を睨んでいる。対抗心を燃やしているのだろう。
彼女の胸は別にルクレールの物じゃないのにね。
「俺があの依頼受けてやるよ…あんたのためにね。」
「ありがとうございます!!こちらの方に必要事項の記入をお願い致します!!」
「やっぱりお国様の依頼の手続きは面倒くせえなあ…ん?」
ふいに僕は彼と目が合った。彼は顔をしかめている。
後ろにいる2人もニヤニヤと笑っている。
「おいおい…テレーズはこんな汚ねえ奴の相手もしないといけねえのか!?
さっさと俺と一緒になればいいのによお。」
「こちらの方もクリスさんと同じお客様ですので…何も変わりませんよ。」
「こりゃあ失礼したな。」
受付さんはニッコリと僕に笑いかけてきた。
純粋な優しさに触れて泣きそうである。きっと他意はないのだろう。しかし、彼の言い分も納得出来る。こんな泥だらけの小僧、僕でも嫌である。
それっきり興味がなくなったのか、それから彼が僕に話しかけることはなかった。賢明な判断である。
そういえば…ルクレール?魔族ってそんなに危険な存在なの?
気になったので小声で尋ねてみる。
『私もそこまで詳しくないけれど…大陸が5つの地域に分かれているのは聞いたでしょ?』
「うん。」
『その内の1つ。クラーイヨ地域は殆どが魔族によって統治されているらしい。
個の力が人より強いとも言われていて、魔力量が凄く多いんだってさ。魔法を撃つ回数も詠唱の速度も段違いらしいよ。それに性格も好戦的。出会ったら生きて帰れないって噂も絶えないね。』
聞いただけでもなんとも恐い。
出来れば一生遭遇などしたくないな。青年はそれでも依頼を受けるようだ。
流石は実力者である。自信も満々だ。
「おいッ!その依頼…私が受けるッ!!
突然、よく通る声がギルド内に響き渡る。またもや冒険者の群れに道が出来る。
しかし、先ほどより皆、怯えているようだった。
現れたのは淡い茶髪を短めに切り揃えた少女だった。僕より少し年上ほどの背丈である。睨みつけるような威圧的な瞳をしているが、整った顔のつくりをしている。腰には棒状の金属を2本ぶら下げており、装飾の少ない革の鎧で全身を覆っている。
「モネ〜…やめとこうよ〜…皆びっくりしてるよぉ〜…」
彼女の後ろから追いかけるようにしてもう1人の少女が現れた。澄んだ青色の髪をしており、愛らしい顔立ちをしているようだが…帽子のようなものを被っているためあまり表情は見えない。格好からして魔術師なのだろう。
彼女は先ほどの少女の友人であるようで、彼女の後に続いてこちらに向かってきた。
「ちっ…面倒なのが来やがった…」
クリスという青年は彼女の方に振り向くと、舌打ちをしていた。どうやら仲がよろしくないようである。
「彼女はB級冒険者。「俊足」のモネ・サレイユです。彼女もクリスさんと争うほどの実力者です。後ろの子はC級冒険者のアリエル・ソルボン。彼女もかなり腕が立ちますね。」
クリスという青年の意識が逸れている内に、受付さんは僕に囁くようにそう教えてくれる。なんとも親切である…しかし、僕はどうしてずっとここに突っ立っていたのだろう?完全に邪魔ではないか。
「お前より私の方が適しているだろう。
小回りの利かないお前など魔法の格好の的だ。」
「はぁ!?お前のちまちました攻撃じゃあ魔族になんか効かねえだろ!」
「面倒だ!実力で決めてやるッ!!」
「望むところだ!」
一方は大剣を構え、他方は両手に金属製の武器を構えている。今にも戦闘が始まりそうなほど2人は殺気立っていた…やっぱり僕の立ち位置はまずかった。どうしよう…巻き込まれてしまう…
僕は少し離れたところでおどおどと2人を止めようとしているアリエルという少女の気持ちを考えると、少し同情した。
「お2人共!!ギルド内の乱闘はお控えくださいっ!!
こちらも然るべき対処を行わなければならなくなりますので!!」
受付さんが2人の間に入っている。こんな状況なのにいつも通りニコニコと笑いながら2人を制している。どちらも受付さんには弱いのか、武器を収めていた。
『流石は私のお気に入りである。可愛い。』
ルクレールはやっぱり誇らしげである。
「この際…お2人で討伐に向かわれるのは如何でしょうか?
その方が納得がいきますし、効率も良いと思うのですが…」
「こんな堅物と!?お断りだね!」
「…私もこんな色魔と行動を共にしたくはない。目が腐る。」
なんだか話が拗こじれているようなのでルクレールの方を見る。
彼女はどうやらその問答に飽きてしまったようでアリエルという少女に目をつけたようだ。
『おいセン…この子も中々上玉だぞ…いいもん持ってる…』
おろおろと戸惑っている少女に近づいていく。
なんとも自由である。彼女が羨ましい。
その時、何か思いついたかのように受付さんが声を上げた。
「…では!彼にも同行を願ったら如何でしょうか?」
「まさか…」
「なるほど…」
彼?…そういえばこの街一番の実力者は他にいるようだったぞ…どうやら僕の予想は当たりのようだ。周りの冒険者たちもざわざわと騒ぎ始めている。
「あの『豪運』が!?久しぶりに拝めるのか!?」
「すげぇ…」
「あの『竜殺し』が!?」
「待ち遠しいゼェ!!」
人気なようだ。
その上、この2人が黙っているのを見るに、相当なものらしい。
「あいつはいけすかねえが…実力はあるからな…」
「うむ。それならば、私とこいつの連携が取れなくても上手くいくだろう。」
「では!決行日時は後日ということで!!
急ぎの案件ではありませんし、彼の都合もあるので!!」
2人はしぶしぶ頷いている。どうやら丸く収まったようだった。僕は何も関係ないがほっとした。アリエルという少女もほっと息を漏らしている。
『なんで関係者みたいな位置にいるのさ。』
それは僕すらも知らないよルクレール。僕はそそくさとその場を離れた。
いつの間にかクリスという青年はいなくなっていた。
モネという少女も手続きをするようで、受付で何やら記入している。
「おいッッ!!」
急に呼び止められた。この声は…先ほどのモネという少女だ。
僕の見た目が不快だったのだろうか?ドキドキ。
「…はい。何か御用でしょうか?」
僕は振り返り、出来る限り刺激しないように対応する。彼女は目を細めて僕を凝視している。横ではアリエルという少女が不安そうに手をもじもじとさせている。
「いや…気のせいだった…手間をかけたな…」
どうやら用はなかったようだ。それとも暗に僕の汚さを促していたのだろうか?
まぁ…何もないのならそれでいいだろう。
魔族と思わしき標的の討伐。なかなかすごい場面を目撃してしまった。
これは一波乱起きる予感がしますね。
『どう考えても君は関係ないでしょ。』
その通りだった。
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