十六、師をもつ



正直言うと僕はこの店を舐めていた。

こんなところで商売やってる店なんてたかが知れているとも思っていたのだ


…しかし、これは…


品揃えは少ないけれどどの商品も状態が非常に良い。

その上、値も高過ぎず低過ぎない手頃な値段である。


薬草はもちろん。ここらでは稀にしか生えない行大蒜ギョウインギクや調理に非常に重宝されている漉炙コシアブル…有毒だけれど処理によっては薬用として用いられる毒茎ドクギまであるっ!!


なんだここはぁっ!?



「ん…?なんじゃ子供か…冷やかしなら帰れよ〜」


「あ、あの〜これらの商品はお爺さんが収穫されたんですか!?」


「ん〜…いや…孫が……」


お爺さんは酔いが覚めたのか急に考えるような仕草をした。舌がまだよく回っていないようで、何て言ったのか聞き取ることが出来なかった。


誰が採ったのだろう?ここまでとなると素晴らしい選定眼を持っているぞ…

僕は興奮が抑えられない。


「そうじゃ。儂が採った。

儂ほどの人間になればこの程度ちょちょいのちょいじゃ。」


「凄い!僕自身、山菜学を志すものですが実に素晴らしい腕前でなんとも感動いたしました!

それにこの値段…こんなお手頃な値段で大丈夫なんですか?」


「えっっ……」


どうしたのだろうか?お爺さんは目を見開き、目線が商品と値札との間を行ったり来たりしている。顔が少し青ざめているようだけれど。


…無粋な質問だっただろうか?「未熟者が何を言っている!?」という気持ちなのだろうか?


『……ふっ…ふっ…山菜学って何だよ…』


後ろではルクレールが腹を抱えて笑っているが今は構っている余裕はない。


「…まぁ…そうじゃろ。値段は…そうじゃの…

儂ほどになれば山のように採ることが出来るからの。

市民どもに安く分けてやろうと思ってな…」


「なんと!?実力だけでなくお心も広くてらっしゃる!

どうか教えを乞いたいのですが…」


「いんや!儂も多忙じゃからの!それは難しい…」


「どうか!どうかお願いいたします!!」


「えぇ…」



僕は地面に額を押し付けて懇願する。


どうしてここまでするのか。何か精神に異常があるのではないか。そう思う方々もいるかもしれない。


しかしながら私の意見を聞いて頂きたい。


どの分野の学問を学ぶ際にも独学では限界があるのだろう。実際、僕はコラリーさんに基礎を学び、独自に鍛錬を積んできたけれど、限界が訪れた時のことを考えてしまう。選定眼は各々の感性と経験の問題なのだと僕は思うのだ。そのため、1人で学び続けるより誰かに教わる方が得るものは大きい。そう思っているのである。



「………しかしなぁ…」


お爺さんが困ったような表情で酒瓶を触っている。

迷惑だっただろうか?いや…きっと迷惑なのだろう…


しかし!あれほどの選定眼をお持ちであるなら!!この熱意!感じて頂きたい!!


「あ〜もう!わかった!教えるから顔を上げろっ!!」


「本当ですか!?」


「うむ。漢に二言はない。」


「ありがとうございます!!!」


お爺さんは決心したように頷いている。なんとも有難いことだ。僕は姿勢を正す。


「お主の名前はなんというのじゃ。」


「はい!センと申します!」


「ふむ…センか…儂の事は…師匠と呼びなさい…じゃが、儂は多忙。

一週間後、ここに来ると良い…山菜採りの真髄を教えてやろうかの。」


「おお!!了解致しました!!師匠!!」


「それじゃあの…」


そういうと師匠は颯爽とその場を立ち去った。

こころなしか、その姿も威厳に満ちているように見えた。

なんとも素晴らしい出会いであった…そうだ!ルクレールのおかげなのだった!


「ルクレー…あれ?」


先ほどまで後ろにいたはずなのだけれど…いなくなってしまった。

まぁ…興味のない話だっただろうし先に宿にでも戻っているのだろう。僕もとっとと帰ろうかな。


僕の足どりは先ほどのルクレールのように軽やかだった。


…あ。山菜買い忘れてた。




◇◇◇




ルクレールは先ほどの老人の後をつけていた。あの爺さんを少し胡散臭く感じていたからだ。多分、あの山菜はあの爺さんが採ったものではないと彼女は思っていた。



老人はセンが見えないくらいになると、急に立ち止まり頭を抱え始めた。


「あぁ〜…嘘をついてしまった…儂は孫の採った草を使って売店ごっこをしておっただけなのに…暇を持て余しておっただけなのに…儂は孫の金と権力で生きるただの徘徊はいかい老人なのに…」


なんとも私が正解だったみたいだ。


いや…普通に考えればわかるでしょ。この爺さん「孫が…」とか言ってたし。

センが盲目になっていただけなのだ。彼、山菜好きすぎでしょ。


「まさかそんなに上質な草だったとは…

そのうえ、教える約束もしてしまったし…あ〜…何をやっておるんじゃ儂は…」


そう言うと爺さんは勢いよく酒を煽り始めた。自暴自棄になっているのだろうか?ふらふらとよろけるように壁にぶつかる…大丈夫だろうか?


「いや…よく考えるとこれは悪くないぞ。

お金も払わずに可愛い女の子とお喋り出来るんじゃ…

夜のお店に行くよりよっぽど良いじゃないかっ…よーし!儂はやるぞぉ〜〜!!」


ルクレールは去っていく老人の背中を眺めながら、必死に笑いを堪えていた。


『ふっ…ふふっ…こりゃあ…面白いことになってきましたねぇ…』



用事を果たした彼女は宿へと戻ることにした。きっとセンも寂しがっているだろう。


彼はこれからは人と関わらないようにしよう、とか言っていたけれど寂しがり屋なのだ…きっと今回の経験は彼の考えを変えてくれるだろう。


彼はカルメンと同じなんだ…人と関わりたくないと言ってもそれは本質ではない。

私との生活に満足していると言ってくれるのは素直に嬉しい。

でも、私がいなくなったら…


その時、彼は……




◇◇◇




僕はいつもより張り切って地面を這っていた。自然を体で感じる…これで良質な山菜を見つけることが出来る確率がやや上昇するのだ。


『気のせいでしょそれ。』


「しっ〜!山菜の声が聞こえないよ!」


『狂っちゃってんじゃん…ほら…またこんなに汚して…』


ルクレールは僕の背中の土を払うような動作をする。そんなこと言われても…

あ。あった!漉炙コシアブルだ!くぅ〜これだから這うのは止められないんですよね〜


『あの爺さんにあってからさらに張り切ってるね。』


「そりゃあね。次に会うまでに鍛錬を積んでおかないと。」


『…そういえば、今日はいつもより冒険者が多くない?』


「そうだね。ここいらの森には魔獣はあまり出ないはずだけど…どうしたんだろうね?」


確かに先程から背後に人の気配を感じたりする。どうやら地面に這っている僕の後ろを冒険者が通っているらしいのだ。誰も通らないからこんな姿勢をしていたのに…今考えると少し恥ずかしい。


「魔獣が増えてるってジャンさんが言ってた気がする。

こっちにもその影響が出てるのかな?」


『それかもね…ねぇ、もう今日は帰ろうよ。』


「うん。今日も大量だ!!」


『山菜は安いけどね。』


「うっ…薬草もあるもんね。」


僕はそそくさと袋に収穫物を入れた。ルクレールはその袋から距離を取っていた。

どうやら今取った漉炙コシアブルが苦手らしい。

彼女が苦い顔をするのは珍しかったため、僕は少々面白かった。




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