十五、質素に山菜採り


「こちら買取りの結果でございます!!」


「あ。ありがとうございます。」


「こちらこそ相変わらず質の良い薬草の採取、有難うございます!!当ギルドも重宝させて頂いております!!」


「いや、それほどでも…」


受付の女性は手を合わせ、ニッコリと笑う。

僕は買取りの金銭を受け取ると、頭を掻く。褒められるのは嫌いじゃないのだ。


ルクレールは僕の後ろからその様子を観察していた。



『乞食が照れてる。』


「…」



そう。今日も今日とて僕の服装は汚い。


採取した薬草や山菜の買取で手に入れた金銭で服も新調し、宿をとり、体を綺麗にすることも出来たのだけれど…


薬草の採取は簡単なものであった。比較的わかり易い場所に生えているし、山菜の知識を用いて葉の状態や生育状況から質の良いものを採取するのは容易である。買取り値も高いため効率的だ。


しかし、僕は山菜の採取の方が好きなのである。


これは性であるため仕方がない。山菜は安い上に採取に手間がかかる。これは僕が拘り過ぎなのかもしれないけれど。


その際、どうしても汚れてしまうのだ。


『根を完全に残した状態で欲しいって言って何時間もかけて土を掘ったり、最良の状態のものを見極めるために数時間同じ山菜を観察したりね…』


ルクレールは溜息をつくと、ギルドを出て行ってしまった。それは仕方のないことなのに…


僕は慌てて彼女についていく。


この様子は端から見ると小汚い僕が1人で慌てて出て行っているようで非常に危険な図となる。


しかし、最近では僕に話しかけてくる人はいなくなった。毎回小汚い格好で薬草を持ってくる子供ははっきり言って異常なのだろう。珍獣を見るような目で見られはするけれど恐れてもいるようでもあった。


そう考えるとギルドの受付は大変だ。こんな奴の相手もしないといけないのだから。

きっと時給も高いのだろう。



ギルドを出ると、壁にもたれかかるような格好で彼女は待っていた。


「先に出て行かないでよ…僕は浮いてるんだからさ。」


『じゃあもう少し小綺麗な格好すれば良いのに…』


「でも、毎回汚れるんだから勿体ないでしょ?宿では普通の着てるしさ。」


『…防具屋にでも行けば浄化魔法付きの防具とか売ってるじゃん。それなのに、なけなしのお金で山菜図鑑買っちゃうしさ。』


「山菜図鑑は必需品でしょ!まぁ…あの防具なら汚れないだろうけど…凄い高かったしね。」


浄化魔法付きの防具は文字通り浄化魔法が付与されている…謂わゆる魔法防具だ。本来は返り血がこびり付いたりして劣化するのを防ぐためのものだけれど、泥汚れにも効くだろう。


やはり魔法の付与は手間がかかることなのだろうか。値段も張り、金貨1枚だ。



宿までの帰り道で考える。



「薬草と山菜の買取りで1日に得られるのは小銀貨15〜24枚だから…」


『良く言って山菜の値段はその内の小銀貨1枚分くらいじゃん。』


「…自分で食べるから良いんだよ。山菜の価値がわからない世の中が悪いんだ。」


拗ねる僕を見てルクレールはけたけたと笑う。


山菜弄りがお気に召したようだ。僕はそのうち山菜自体にも興味を持たせてやると心の内にて誓っておこう。


「今はその話じゃなくてさっ!

どれくらいであの防具が買えるのか計算だけでもしておこうと思ったんだよ。」


『小銀貨50枚で小金貨1枚。小金貨10枚で金貨1枚だよ。』


「じゃあ…宿代、食事代を抜いて…少なく見積もっても1ヶ月くらい分のお金ってこと!?こりゃ高いよルクレール〜」


とりあえず稼ぎが山菜、薬草取りだけと仮定しての話である。


僕は自分の力をこれから使うつもりはない。きっとろくなことにならないだろうし…この前のような余計ないざこざが増えるだけだろう。


その点についてはルクレールも何も言って来ない。わかってくれているのだろう。


『でも買うべきでしょ。そのままじゃ世間体はまだしも衛生的にまずいよ。頻繁に洗うのも面倒だし。君が病にかかったりしたら嫌だし。』


「おっしゃる通りですけど…」


彼女は適当だけれどいつも僕の身を案じてくれているのだ。

それがわかっているから無下に出来ない。



宿に着くと、僕はすぐに体と髪を綺麗にし、数少ない小綺麗な服に着替えた。僕も好き好んで薄汚い格好をしている訳ではない。清潔な方が好きだ。


しかし、山菜を採るときは自分自身も自然になった方が良いものを見つけられる気がするのだ。


『何言ってんだかね…』


「久しぶりに出店に行こうかルクレール。

今日で山菜以外の食料も尽きそうだし。」


『行く!』


彼女はどうにも出店が好きなようだ。山菜取りに行く時の表情とは雲泥の差である。彼女に何か買ってあげたいけれど、精霊は何かに触れたり出来るんだっけ…感覚はないけど触れれたはずだけど…うーん…


僕は部屋を少し片付け、今日着ていた服を水で洗う。


宿の部屋は狭く、寝床がほとんどを占めているけれど別に不便ではなかった。荷物は食料と僅かな衣服と森から持ち帰ったものと山菜図鑑くらいだし、山菜を調理したい時は森で火を起こせば良い。


僕はこの毎日を割と気に入っていた。




◇◇◇




やはりこちらはギルドとは違った活気がある。様々な商品が所狭しと並び、店主は競い合うように客を呼び込んでいる。僕もここが嫌いではない。野菜や果物、肉類、穀物など…商品を眺めるのは楽しいのだ。ルクレールが喜ぶのもわかる。


『受付の子可愛いからギルドも嫌いじゃないけどね。』


「ルクレールは可愛い子を見つけるとすぐに見に行くよね。そんなに好きなの?」


『悪くない…私は娯楽が少ない中、必死なのである。』


「…」


彼女の言葉は切実であった。僕が山菜を採るように彼女は女子を見るのだろう。

…これからはもう少し彼女の趣味を尊重しようと思った。


『センも今みたいに綺麗にしてたら女の子みたいで悪くはないのに。』


「…それマルセルにも言われたんだよ。そんなに見える?」


『割とね。中性的な見た目をしている。最近、髪も伸びつつあるしね。』


ルクレールが僕をまじまじと見ながら分析してそう言う。


確かに髪は以前より長いかもしれない。もうすぐ肩まで届こうとしている…でも、どうせ子供だからだろう。もう少し成長したらちゃんと男らしくなるでしょう。


正直どうでもいいや、と思っていた。

特に人と関わろうと思っていないし、ルクレールが僕のことを知ってくれている。

今の生活はそれだけで十分である。


『君はなんだかそう言うところがある。事勿ことなかれ主義なところがあるんだよね。』


「ことなかれ?」


『なんだかんだ消極的ってこと。』


「それは…あるかも。」



以前にも感じたのだけれど僕には我がないのだ。

山菜とルクレールだけが僕を形作っている。




◇◇◇




僕は原価も相場も良くわからないのであまり沢山買い物はしない。必要最低限のものしか買うお金がないのだ。今日も値の張らない麺麭パンをやや多めに買う。小麦ビリという穀物から出来ているらしい。色々と種類があるみたいだが、ここで売っているものはなかなか美味しい。柔らかいわりにお腹に溜まるため、空腹感を凌げる。他には調味料を少々。


『君はあまり食にも関心がないよね。』


「お金がないしね…」


『ありゃりゃ…』


それから彼女に指摘されたので替えの衣服を少々買っておく。思ったよりも高くはつかなかった。


ルクレールは女性用のものを買わせようとしてきたけれど、流石に遠慮しておいた。

浄化魔法付きはそのうち買えればいいかなってそのくらいの気持ち。


「…これくらいでいいかな?帰ろうルクレール。」


『うん。有意義な時間であった。』


「好きだね買い物。」


『こうやって普通に買い物して…普通に歩くの…好きなのさ。』


「そっか。」


精霊からするとそういうものなのだろうか?人の生活に憧れたり?


まぁ…でも、彼女が満足ならそれでいいか。

外も少し暗くなってきたし、僕らは宿に帰ることにした。



ふとルクレールが家と家の間の狭い通路を凝視している。


『今日はこっちを通ろう。こっちからも宿へ行けるんだよ。』


「そっち路地裏じゃない?変な人とか居そうだよ…」


『大丈夫でしょ。前に1人で通ったし。』


そっちに行きたくてうずうずしているようだ。手をわきわきとさせている。

きっと何を言っても無駄なのだろう。僕は仕方なく彼女の後に続いた。




◇◇◇




古ぼけた通路にはゴミがやや散らばり、小さな魔獣が食い荒らしたのか食いかけの物が散乱している。それに反してルクレールは非常に楽しげだ。軽く飛び跳ねながら歩いてらっしゃる。


なんだか薄暗いし、少し肌寒い気がする。

ここいらの地域は一年中住みやすい気候であるため、ポカポカと暖かいのが標準であるはずなのに。


『やはり良い。わくわくする。』


「ただの汚い通路じゃん…なんだか怪しい雰囲気だし…」


『それもまた良い。』


「そうかな…」


彼女の感性は少し独特である。僕にはわからないよルクレール。


『大丈夫。君が喜びそうなものもあるんだ。

それが目的でもあるんだぞ。』


「?」


『ほら。もうすぐ見えてくる。』


彼女が指を指す方に出店のようなものがあった。髭をごっそりと生やした乞食のようなお爺さんが片手に酒瓶を持ったままどっしりと座っている。酒を飲んでいるようでどうにも顔が赤い。


こんな人通りの少ない場所で営業するなんて…なんの店なんだろう?


『山菜とか薬草売ってたよ。』


ルクレールは誇らしげにそう言った。

…絶対怪しいものしか売ってないでしょ…これ。




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