十二、決別
やはり朝は良い。雲一つない空。空気がいつもより澄んでいるような気がする。
気分はよし!
「久しぶりの外はどう?」
僕はさっきから滑稽にも
僕は気でも触れたのだろうか?極力他の人には見られたくはない光景である。
心なしか
その点においては僕も見習わないといけないかもしれない。
何だか急に周りの環境変わってしまった。
…ニコラもいなくなってしまう。僕はこのままでいいのだろうか?
しかし、ジョスと約束したのだ。このまま…
突然、後方で炸裂音が響いた。
急に僕の体が浮く。なんだ!?
背中が強烈に熱い!背中が燃えている!
僕はとっさに植木鉢を庇うように抱え、火を消すためにごろごろと転がった。
「いたた…」
植木鉢を地面に置くと、起き上がり、背中に手をやる。
…背中は大丈夫なようだ。服は無事ではなかったけれど。
今のは火炎魔法なのかな?その可能性が高そうだ。背中の服から焼け焦げたような匂いがする。
…それなら…誰が…僕を狙って…
「おいおい…本当に効いてなさそうじゃ…」
「そうみたいね…」
茂みの奥から二つの人影が現れた。
よく見えないが、それはとても聞き覚えのあるものである。僕がこの声の主を間違えることはないだろう。まずい!誰かに魔法を打たれたことを伝えないと2人も危ないかもしれない!
「ジャンさん…コラリーさん!今…火炎魔法がっ…」
急速にジャンさんが僕に近づく。大きな図体からは予想できないほどだ。
僕が話し終える前に拳が僕の腹部を捉え、めり込む。その拳はあまりにも大きい。
先ほどと同様に僕の体は吹き飛ばされ、地面に転がる。口から垂れる胃液に少し既視感を覚えた。
「…なん…え…?」
必死に顔を上げると、2人が僕を見下ろしていた。
ここまでくると火炎魔法を誰が使ったのかもわかる…わかるけれど…訳が…は?
なんだ…これ…訳がわからない。
ジャンさんは僕の首を絞め、持ち上げた。息が苦しい。後ろでは、コラリーさんが両手を構え、待機している。いつでも魔法を打てるように…だろうか?…それよりもお腹が痛い。
ジャンさんの瞳は見たことがないほど冷たいものだった。
彼らは本気なのだろう。こんなにも痛いのだから。
でも、どうしてか、なんてわからない。
…どうして僕を殺そうとするのだろうか?
僕が何か悪いことしただろうか?
…僕は…もう…死んじゃうのかな…?…こんな…唐突に…
…カルメンはこれを受け入れたのか……僕は…こんなに怖い…苦し…い…
でも…こんな…時こそ…彼女…みたい…に…
『本当にそう思う?』
…この声はルクレー…ル?
もちろ…ん…彼女は…僕とは違う…あんなに…も…強い…
『甘ったれた考えを持つな。彼女は特別じゃない。ただの女の子だ。』
…何を言って…る…んだ…?…彼女は… 確かに…そう言っ…て…
『彼女みたいに受け入れるって?馬鹿言うな。彼女は私に生きたかったと言った。でも、どうしようもなかった。それから避けることが出来なかったからだ。それに比べて今のお前はどうだ?』
それでも…もう…意識も…消えか…けてる…無理だ…よ…
『目の前に可能性があるなら縋れッ!自分の意思で生に執着しろッ!
お前はどうしたいか言えッッ!!』
…ぼ……僕は…僕…は…いき…たい…ルクレー…ル…
そうだ…死にたい人間などいないのだ。
『ついでに言うと私は君に生きて欲しい。』
ふいにジャンさんの手が緩み、僕を放した。
「げほっっ…げほっっ…」
僕は懸命に呼吸する。
どうして僕は放されたんだ?ジャンさんは呆然とした表情をしている。
「ジャン!何やってるのっ!!」
「…おお…コラリー…すまんのぉ…」
コラリーさんはしっかりと僕を見定めて、魔法を詠唱しようとしている。
僕はずるずると体を引きずり、逃れようとするが、息苦しくて体があまりよく動かない。
その時、コラリーさんの後ろで何か動いたのが見えた。真っ白な毛のような…なんだあれは?
ふと、急にコラリーさんの詠唱が止まった。
…何が起きているんだ?
彼女はジャンさんと同じように呆然としている。
『起きろ〜こんなのただの時間稼ぎだぞ。またすぐに襲ってくるだろうしね。』
僕の手を誰かが引く。
目の前には美しい少女が立っていた。真っ白な長い髪。金色の瞳。
でも、その姿はその声に意外としっくりと合う。彼女は立ち上がった僕の背中をさする。
「…君がルクレール?」
『そう。言いたいことはあるだろうけど、今は現状をどうにかしないとね。』
「…でも、2人はどうして…僕は…」
『つべこべ言わずに腹を括りなさい。今、どうすべきか考えろ。』
「…まだ対話する余地が…」
『本当にそう思ってる?』
…彼女の言う通りだ。直面した自分が一番よくわかっている…彼の眼は…力の入れ方は…確実に僕を殺すためのものだった…
どうして2人は僕を狙っているのか。それには何かれっきとした理由があるのか…2人には大きな恩がある。2人のために命を捧げてもいいと思う自分もいた。
でも、僕は少し腹を立てていた。
今日はカルメンが亡くなった次の日だ。僕は彼女の死に直面し、悩んだ。
死はこんなにも重いものなのか、と感じた。
…それは僕だけだったのかな?
2人は平然と僕を殺そうとしている。
普通…普通自分の娘が死んだ次の日に殺しをしようとするか!?
いつも子供達の事を第一に考える2人を僕は勝手に尊敬していたけれど、僕は今日、勝手に失望した。
『心を決めろ。恩人を殴る心を。』
◇◇◇
2人ともすぐに正気に戻ったようだ。
ジャンさんが地を蹴ったと思ったら、あっという間に目の前まで迫って来ていた。
『右拳による腹部への一撃。上体を屈め、左後ろへ移動推奨。』
僕は咄嗟にその言葉に従い、行動する。
ぎりぎりの所であったが、何とか避けることが出来た。間一髪だ。
その声はルクレールのものだった。いつもより真剣な声音だ。
いつの間にか彼女の姿は消え去っていた。
『今は返事をせず従え。君1人での勝利は不可能だ。私が君の舵をとる。』
何度も腕が振るわれ、拳が迫ってくる。
僕は彼女の指示通り何とかそれら躱す。
少しでも遅れればがっつりと当たってしまうだろう。掠るだけでも痛みが走る。
『魔法詠唱注意。反撃準備推奨。』
ぱっとジャンさんの後ろを見ると、コラリーさんが魔法を詠唱し始めているようだ。でも、反撃準備をせよと言われても僕には余裕がないことはわかっているだろうに。一体どういうことだろう?
『3秒後魔法発射予測。直ちにやや左寄りに前進推奨。』
「—貫き
「わかっておるぞぉっ!」
僕は彼女の言う通りに行動する。
左前方に進むとジャンさんに近づくことになるが思い切って進む。
すると、右腕を振り上げたジャンさんの影に僕が隠れるようになったためだろうか。何本も飛んで来た火の槍が僕から少し逸れて地面に着弾し、火の粉が周囲に弾けとぶ。その際、気づいていたとしても火の粉を浴びたジャンさんの動きが少し遅くなる。
『好機到来。早急、腹部へ殴打推奨。』
僕は体を屈め、必死に拳を打ち付けた。
それは腰も入っていなく、情けないものだった。
しかし、その威力は僕の思っていた以上のものだった。
「ぐぅ…な、なんと……」
ジャンさんが後ずさり、膝を着く。
…知っているつもりだったけれど、これほどまでとは…
それに彼女は避けながらこの形を維持していたのだろうか。
ジャンさんもコラリーさんも思い思いに動いているというのに…凄い。
『3秒後魔法発射予測。内容不明、厳重注意。』
…いや、気を引き締めないと。
内容不明ってどういうことだろう?彼女はまだ火炎魔法しか見せていない。それ以外…ってことかな?
ジャンさんは怯んで、まだこちらに向かってこない。僕は魔法を避ける準備をするためにコラリーさんを注視する。しかし、これがいけなかった。
「—貫き
『後退ッ!!』
その魔法は土魔法だったのだ。僕の足元の地面が槍のように急速に鋭利に何箇所もせり上がる。前方にばかり注意を払っていたため、彼女の声に反応できず、避けることが出来ない。
「ぐっっっっ!!」
両足の太股に無防備にそれを食らってしまった。先ほど殴られた時と違い、鋭く激しい痛みが襲う。
僕は弾かれ、体が少し回りながら宙に飛ばされる。
『センッッ!!』
「ぬおぉぉおぉッ!!」
ジャンさんに一撃加えることが出来たからだろうか?
僕は心の何処かで油断していたのだろう。
ジャンさんがいつの間にか目前まで迫って来ていた。
体が浮いているため、対応出来ない。
僕は羽交締めにされてしまった。これなら逃げられないと踏んだのだろう。体が締め付けられる。ミシミシと骨が軋むような音が鳴る。強烈な痛みで内臓が何もかも口から出てしまいそうだ。
「…が…がぁ……ぁ…」
意識が遠のく。ルクレールの指示は…ない。
それなら…どうするこ…とも…出来…な…い。
『私の過失だ…ごめん…』
あぁ。ルクレールの声だ。謝罪だ。謝らないで。僕らはまだ負けていない。
何か…手を…探さ…ないと…
『…もう少し耐えてくれ。』
彼女は今、手を必死に探してくれているのだろう。
ならば僕は彼女の考えつかない手を…例えば…そう…僕が…最近…出来るようになったこと…
あ…あの日の夜…
そう。カルメンが死ぬ前の日の夜。
◇◇◇
「結界障壁?」
「…そうですね…簡単に言うと自分から一定の範囲に壁を作ることが出来る奇跡ですね。」
「…?」
「…見てみるのが一番早いかもしれません。」
カルメンは瞳を閉じると、彼女の前に薄緑色の平たい結晶のようなものが現れた。突然の事で僕は少し後ずさってしまった。
「うわっ!無詠唱で出来るんだ!」
「詠唱は慣れですね…慣れないものは詠唱が必要なんです。魔法と一緒ですね。」
「へぇ〜…凄いね〜…」
ということはカルメンはこれを出し慣れているということなのだろうか?
これが僕にも出せるのかな?
「…まずはその形を覚えて下さい。短時間で覚えるのなら形象の記憶が大切なんです。感触…視覚…出来るだけ認識しようとして下さい。」
「了解です!」
僕はその結晶に近づき、触ってみた。冷んやりとしていて非常に頑丈そうである。大きさは僕の肩幅ほどだろうか?これからこれを僕が出せると言われたので、なんだか愛着が湧いてきたかもしれない。なかなか愛嬌のある形をしているじゃないか。
「…もういいですかね?」
「うん。一通りは。でも…どうやって出すの?」
「…基本は魔法と同じですよ。違いは魔力の出処だけです。自分の中から出すか、自然の中から出すか。」
「自然?」
「…そうですね。自然の中の精霊に力を借りるんです。まぁ…そのせいか回数に制限はありますけどね。」
精霊に力を借りる?
確かに先ほど精霊に見られているように感じたけれど、どうすればいいのかわからないぞ?
「…これも慣れですね。何度か繰り返していく内にわかりますよ。精霊の認知…魔法の基礎知識…障壁の形象の認識…必要なものはこれで揃ったでしょう。」
「そっか。後は自己鍛錬ってことだね。
でも、それなら他の奇跡も覚えられるんじゃないの?」
「…他のものは障壁のように明確な形を成していないんです。
先ほどの光も少々扱いにくいものですし。」
なるほど…それならこれが一番適しているのだろう。僕はその場で何度か繰り返してみたけれど、あまり上手に作ることが出来なかった。精霊の認知についてわかるようになってくると少し形を成すようにはなってきたけれども。
その日は早々に家に帰ることにした。そもそも奇跡の練習をするためにあそこに行った訳ではなかったのだ。僕は行きと同じように彼女を背負うと同じ道を辿り、家路に着いた。一言二言交わしている間に家に着いてしまった。
僕が何を言えばいいのかわからずにうじうじしていたからかもしれない。
「…もう降ろしていいですよ。」
「あ…うん。」
僕は部屋の前で彼女を背中から降ろした。恥ずかしい話、彼女の体温が僕から離れたことを悲しく思った。何だかカルメンが消えることをより意識してしまうようで…
「カルメン。」
僕はつい引き止めてしまった。彼女は気怠そうに振り返る。
「…どうしたんですか?」
「…いや…お休みカルメン。」
「…はい。お休みなさいセン。」
カルメンはそう言うとはにかむように微笑んだ。今の僕にはその気怠そうでない笑顔は眩しいものであった。
その時、僕には何も言うことが思いつかなかった…普通に…接して…そして…
◇◇◇
僕はカルメンのことを悠長に思い出していた。
「なんじゃぁ!?これはぁ!?」
ジャンさんの腕の中に薄緑色の平たい結晶のようなものが出現し、腕を押し広げた。ぶっつけ本番だったけれど、どうにか出来たみたいだ。
僕の体が地面に落ちる。
『これは…』
「
いつの間に詠唱をしていたのだろうか?僕の後方に回っていたコラリーさんが咄嗟に火炎魔法を何本も飛ばしてくる。細長い槍のような形だ…大丈夫。僕でも防げる…障壁は僕でもある程度の距離には自由に出せるようだ。
身体中が痛いが、何とか息を整える。
「—護り隔て—
僕の後ろに再び平たい結晶のようなものが出現し、ぶつかった火の槍が炸裂音をあげながらかき消される。これが精霊の奇跡か…
僕は何となしに辺りを見渡す。コラリーさんはまた魔法の詠唱を始めており、ジャンさんは立ち上がりこちらに向かおうとしている。
…少し離れた場所に植木鉢らしきものが転がっていた。
植木鉢はばらばらに砕け、土が飛び散っている。
あれは…もう…
「…」
『セン?どうかした?』
「ルクレール。もう指示はいらないや。僕1人に任せてくれないかな?」
『…いいよ。精霊の奇跡は周囲の精霊の力を借りる魔法だ。同じ場所で何回も撃てる魔法じゃないことだけ覚えておいてほしい。打ててあと二回だ。』
「わかってるよルクレール。」
今までうまく避けることが出来ていたのは彼女のおかげだ。僕1人でどうにか出来るとは思わない。彼女もそう思っていながら気を遣ってくれたのだろう。でも、やってやる。
…なんだろう。この感情は。やけに腹が立っている。
「うおぉおぉぉぉッッ!!」
ジャンさんの大きな体が僕をめがけて飛び込んでくる。
彼の力は強い。でも、行動は単調だ。きっと彼らは僕と同じで人と戦うことに慣れていないんだろう。何度も殴られかけてわかった。だから、もう僕にも対処出来る。
「
「ぐぅぅぅっ!!」
予想通り彼が振るう腕は右手。それを結界障壁で防ぎ、懐に潜り込むと、彼の手首を握る。
咄嗟にジャンさんは左腕で何度も僕を殴る。腰が入っていないのに何とも重い拳だ。でも、僕は必死に耐える。この手を離さなければ僕の勝ちだ。なんだって僕の一撃は彼の一撃よりも重い。
「ぐおぉぉっっ!!」
ジャンさんは僕の一撃でまた膝をつく。もう一発…もう一発…
もうこれでいい。もう殴らなくていい。
ジャンさんは地面に伏して、荒い呼吸を繰り返していた。
「…お前…は…化けもん…じゃぁ…」
彼は僕を怯えたように見上げている。
化け物…化け物。
どうして自分の命を守ったら化け物なんだ??
人を殺そうとする奴は真人間なのか!?
「ジャンッ!!
後ろから火の槍が飛んでくる。急いで唱えたからだろうか。本数が先程までよりも少ない
…障壁はもういいや。僕はぐっと足を踏ん張る。背中にそれが当たり、炸裂する。
…もちろん痛いくて熱い。でも、今度は踏ん張れる。
「ひぃぃぃ…」
コラリーさんはそれを見て、怯えたように尻餅をついた。
彼女も僕が化け物だって思ったんだろう。
…なんだかなぁ…僕は彼らの家族じゃなかったみたいだ。
僕の勘違い。
そもそも僕は邪魔者だったのだろう。
「…なに…これ…!?」
何度も大きな音がしていたからだろう。家の方から誰かやってきたようだ。
人影が恐る恐る近づいてきていた…この声は…マルセルだ。
「おかあさんっ!!おとうさんっ!!」
彼は倒れているジャンさんに気づくと、急いで彼の元に近づく。
何度も揺すって呼びかけている。ジャンさんは何も言わない。
地面に伏すジャンさん。
尻餅をつくコラリーさん。
外傷は全くない僕。
これは…もう…駄目だ……
「…何で!?ねぇ!?センねえちゃんっっ!!」
彼は怯えながらもしっかりと僕を見ながら、叫んだ。
それは勇気のいることだっただろう。
今の僕は彼からどう見えているだろうか。
…弁明しようと思えば出来るかもしれない。
でも、マルセルとジョスが生きるには2人が必要なんだ。
彼らに必要なのは僕じゃない…ニコラは…いや、戻るつもりはない。
『行こう。セン。』
「うん。」
僕はマルセルに返事をせず、地面に転がったボロボロの
その先は暗く、どんよりとしていた。きっと僕の今後の人生もこのようなものなのだろう。
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