四、エルフと魔法について
僕は夕食後、カルメンさんの部屋に来ていた。本棚を眺める。
なんだか気分が高揚していた。それもそのはず…カルメンさんと友達になってしまったのだ。自然と体が揺れている…なんだか今の僕は非常に子供らしいではないか。
「…やはり夜は暗くて見づらいですね。」
カルメンさんは僕の隣で当たり前のことを言いながら、目を細めて本棚を少し整理している。部屋の中の明かりは窓の外から差し込む月の光だけだ。うっすらと明るいが本を読めるほど明るくはないだろう。
「そうだね。これじゃあ火でも起こさないと読めないね…いつもはどうしてるの?」
「…そんなものはいりませんよ。」
彼女はそう言うと目を瞑り、両手を前に掲げた。
「−照らせ、我と共に歩む魂よ…
急に周りの空気がざわついたような気がした。彼女の手元に…なんと言えばいいのか…なにかが集まっている、そう感じたのだ。そして、彼女の手元が光り始めた。
白いような、黄色いような光の塊がユラユラと揺れている。なぜかその光は生命を持っているそんな気がした。なんだか僕のことをじっと見つめているようにも感じた。
僕は圧倒され、それを呆然と見つめていた。
彼女は僕の方をちらっと見て、眠そうな目をしばしばさせた。
「あー…まだ見たことなかったんですか?」
「…うん。すごいよ!なにこれ!!」
「これは精霊の奇跡です。
「精霊の奇跡?
「…もしかして
「うん。記憶を失う前はどうかわからないけど…聞いたことないや。」
「…そういえば記憶喪失だったんですね。忘れていました。」
彼女は面倒くさそうに頭を掻くと、マルセルくんとジョスリーヌちゃんと同じ、綺麗な薄緑色をした長い髪をかき上げ、耳にかけた。そして、自らの耳を指差しながら僕を見る。
精霊魔法の光に照らされ、そのやや長い尖った耳は美しく僕の目に映った。
「…これ。おかしいと思わなかったんですか?」
「耳の形は人それぞれ違うのかなぁと思って…」
「え…馬鹿ですねー…マルセルもジョスも
彼女は呆れたように苦笑いしている。…確かにマルセルくんもジョスリーヌちゃんも耳が尖っていた。
慌てて自分の耳を触ってみると、全然違う!僕がなにも考えずに過ごしていたことがよくわかるなぁ…
彼女は布団に腰掛け、僕に隣に座るように促した。
僕は少し距離を置いて促されるままに座る。
「簡単に言うと、
「そうなんだ…みんなカルメンさんと同じ髪の色なの?」
「うーん…どうなんでしょう。私もあまり会ったことがないので。知る限りでは、緑とか金に似た色が多いんですかね…」
「ほぉー…でも、
「…まぁ、相当違いますね。ほとんどの
「どうして?」
「…色々あるんですよ。仲良くないんです。」
◇◇◇
…この時、カルメンさんは曖昧に流していたけれど、僕がしばらくして
しかし、重要なのはこの後だった。
◇◇◇
「なんだかなぁ…」
「…私たちは構いませんが、こういう関係だってことは知っておいたほうがいいですよ。」
「うん……あれ?ジャンさんとコラリーさんの耳って尖ってないよね?どうして?」
彼女は僕がこの質問した途端、悲しそうな顔をした。あまり触れてほしくなかったような…そんな顔。
「…察しは悪くないんですね。彼らは里親。私たちの本当の両親ではないんです。」
「えっ!そうなんだ…」
「…そのうえ、私とあの2人は兄弟ではありません。」
僕には彼女たちにどのような事情があってここに住んでいるのかわからない。聞いてみたいとは思う。でも、僕はそんな踏み込んだことを聞いてもいいのだろうか?僕はこの数日でそこまで深く聞ける仲になったのだろうか?
わからない。わからないから聞くことができなかった。
「…もうこういう話はおしまいです。本が読みたかったんでしょう?本。」
「あっ!そうだったね。」
僕は精霊の奇跡の光への興味を抑えつつ、本棚を眺める。こんなに明るくなるものなのか。明かりに照らされた本棚はやけに鮮明に見えるようになった。いつからここにあったのかわからないほど古びて変色しているもの、はたまた最近買ったようなまったく汚れのついていないものなど様々である。
僕はもちろん山菜に関する本を読みたかったけれど、今の出来事から魔法に関しても気になっていた。
…でも、精霊魔法とか
「うーん…」
「…なにか読みたい本はありましたか?比較的難しい…つまらないものが多いかもしれませんが。」
何冊かパラパラとめくってみたが、難しい内容のものが多いみたいだ。
今は魔術の入門書とかそんな感じでいいのだけれど。
「山菜について調べたかったんだけど…さっきの話で魔法のことも知りたいなって思ったんだ。」
「…確かに魔法のことを全く知らないのならどの本を読んでも難しいかもしれませんね……はぁ…私が教えましょうか?」
彼女は布団に倒れ込み、はたから見てもわかるほど面倒くさそうにそう言った。
僕は居住まいを直し、彼女の方を向く。
カルメンさんは本当に説明するの!?とでも言いたいような顔をして渋っていたが、ぽつりぽつりと話し始めた。
「…自分で言ったのに何から教えればいいのかわかりませんね。とりあえず人族の話をしますね。魔法は人族の基準では、六つの属性に分類されています。火、水、風、土、闇、光。…なんだか大雑把な分類ですよね。でも、これら全てをみんなが使えるわけではありません。自分に適性のある属性だけ扱えるらしいです。」
「へぇ〜…それってどうやって調べるの?」
「専用の魔法道具があるんじゃないですか?栄えてる街とか冒険者組合とかに行けば。
…話を戻しますね。属性の他に効果でも分類されています。攻撃魔法、回復魔法、補助魔法…この3つが主流ですが、種類は豊富です。これらはそれぞれの属性によって得手、不得手が決まっています。例えば、火属性の魔法には攻撃魔法が多いとか、水属性の魔法には回復魔法が多いとか…そんな感じです。」
「なるほど…じゃあさっきの光の魔法はなに魔法なの?」
「…これは今説明したものと別に分類されているものです。
「ほぉ~…」
「ふぅ…人と話をするのは思ったよりも疲れますね。疲れたので今日は終わりです。」
そこまで言い終わると彼女は一仕事終えたような顔をし、うずくまってしまった。基本的な説明はだいたい終わったらしい。
…今思うと、僕が知らなかっただけでコラリーさんは魔法を使っていたかも。魔法を使う瞬間を見たことがなかったけど、料理に使っている水も火も魔法だったのだろう…疑問には思っていたけれど、質問しようと思うほど気にはならなかったなぁ…
僕が1人でなんだかんだと考えていると隣から小さな寝息が聞こえてきた。カルメンさんはなんと眠ってしまったようだ。僕は彼女と話をしたことがなかった時、ひどく警戒心の強い人だなぁと思っていた。でも、一度話してみると、彼女はひどく無防備な人だった。
僕は彼女に毛布をかけ、立ち上がると、窓のすぐ下に置かれている植木鉢が目についた。あまり意識しなければ見逃してしまいそうな小さなものだ。それは植物であるのかよくわからない微妙な濃緑色の物体だった。細長い筒状のような形をしており、よく見るとびっしりと弱々しい棘が生えている。
ここらの森でも見たことのないような植物だ…珍しいものなのだろうか?
…まぁ、特に気にするようなものではないか。僕は自分の寝床へと帰って行った。
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