二、山菜取り




「ねぇおにいちゃん!これってたべれるっ?」


「ねぇねぇおねえちゃん!これはこれは?」


「これは…食べれるね…これは…うーん…食べれないかな?」


やっぱりまだ見分けがつかないものもあるなぁ。だいぶわかるようになってきたと思ったのだけど。


あれから何日ほど経っただろうか?えーっと…きっと8日くらいだ。

僕が行くあてがないことがわかると心優しいロロット一家はしばらく泊まっていく事を勧めてくださった。本当にありがたい。

しかし、このままではいけない、何か恩返しがしたいとは思っていて、今ではなんとか頼み込んでコラリーさんの山菜摘みを手伝っている。これがなかなか楽しいのだ。山菜とは奥が深い。


僕は2人に受け取ったものを返す。


「すごーい!おかあさんみたいになんでもわかるんだねっ!」


「さっすが〜〜〜!」


「へへへ…そうかな?でも、怪しいのは後でコラリーさんに聞こうね。

そろそろ籠もいっぱいになりそうだし行こうか?」


「「は〜〜〜い!!」」


僕は籠を背負い直して歩き始めた。振り返ると、2人は足を速めてついてくる。彼らと話していると何とも心が和む。


「わたしもべんきょうしてるのになぁ〜…おにいちゃんおぼえるのはやいねっ!」


腕いっぱいに抱え込んだ山菜を落とすまいとよろよろと歩いているこの女の子の名前はジョスリーヌ・ロロット。


「ぼくはべんきょうしてないけどやればおねえちゃんくらいはやくおぼえれると思うよ!」


満面の笑みで山菜をいじくりながら歩いている男の子の名前はマルセル・ロロット。

2人はとても仲が良い双子。何をするにも一緒で、いつも2人で走り回っている。その上、綺麗な薄緑色の髪も無邪気な笑顔も瓜二つだ。彼らが近くにいるととても賑やかでとても安心する。良い子達なのだ。


しかし、よくわからないことが一つある。

僕の事をジョスリーヌちゃんはお兄ちゃん、マルセルくんはお姉ちゃんと呼ぶのだ!僕は体の構造も思考もしっかりと男なのに!お兄ちゃんが正しく、お姉ちゃんは間違ってる……そうだよね?


どちらでも呼ばれているとなんだかぼんやりとしてくるのだ。単純に自分の性について不安になる。コラリーさんもジャンさんも笑っているだけで注意してくれないのもタチが悪い。

…これが性的虐待と言われるものなのだろうか。


僕はお姉ちゃんでもあるのかな…とか思ったりして。何言ってんだか。冗談が過ぎましたね。



「…あ、いた!おかあさーん!」


「お!みんな早いのね。」


「おねえちゃんのおかげだよ!ね、おかあさん!これたべれる?」


「どれどれ〜」


おっと、あれこれと考えているうちにコラリーさんのところに着いたみたいだ。


この人はコラリー・ロロットさんだ。ロロット一家のお母さん。とても物腰が柔らかく、優しいお婆さんだ。ジャンさんが狩猟に行っている間、山菜を摘んで家計を助けている。そのため、もちろん非常に山菜について詳しい。その上、人に教えるのも上手ときたもんだ。僕が数日でだいたいの山菜の種類を覚えることが出来たのはコラリーさんの教え方のおかげだろう。


「う〜ん…これは確かに間違えやすいわね〜食べられないわよ。」


「ちぇ〜」


「うふふっ…これだからマルはだめだね!べんきょうしなさいっ!

わたしのかち!かけきんをよこしなさいっ!」


「とほほ…なけなしのおこずかいが…」


マルセルくんがジョスリーヌちゃんにからかわれていじけてしまっている。

あの山菜はやっぱり食べられないか…しっかり覚えて、次からは分かるようにしないとね。


…そういえば今、2人は何の話をしていたんだろう?

もしかしてまた賭けか!?やっぱりこの歳で賭けを覚えているのか!?実に将来有望である。


しかし、やっぱりコラリーさんは長いこと山菜摘みをやっているだけあって、手際が良いなぁ。僕たち3人が採ったものの数倍の量の山菜が詰まった籠が傍に置いてあることからもそのことがよくわかる。


「じゃあ一緒に帰りましょ。」


「あ!おかあさん!わたしもかごもつよっ!」


「ジョスは手にいっぱい持ってるでしょ〜お母さん持てるから大丈夫よ。」


「え〜!まだもてるよ〜!」


僕はまだなにも思い出せない。正直言うと、これからどうすればいいのかもわからない。

でも、彼女たちを見ているとなんだか懐かしい気分になる。


家族。


僕の家族はこんなにも仲の良いものだったのだろうか?そうだと良いなぁ…

そんなことを思いながらまだ見ぬ僕の家族にわくわくするのだ。


コラリーさんの歩幅に合わせて、ジョスリーヌちゃんは足を速める。

よろよろと山菜を抱えて歩く姿は実に微笑ましい。

そんな微笑ましい彼女と比べて全然体力のない僕は実に見るに堪えない。すぐ疲れてしまうんだ。



…あれ?そういえばマルセルくんは?

てっきり僕より前を歩いていると思ったのだけれど。後ろを見ると、とぼとぼと歩いているのが見えた。少し表情が暗いような気がする。どうしたんだろうか?


「マルセルくん。どうかしたの?」


「…おねえちゃん…ぼく…」


なんだか言いづらそうに服の裾を弄っている。いつも元気なのにらしくないな…何か深刻な話なのか!?


「またかけにまけちゃった…」


「…」


なんとも子供らしくない悩みである。大人になるまでそれで悩まないのが健全だろう。


「ぼくもさんさいのべんきょうしたほうがいいのかな~?」


「そんなに頻繁に賭けやってるの?」


「し~っ!こえがおおきいよ!」


マルセルくんは声をひそめて辺りを確認する。…まさか、賭けは裏で行われているものだったのか!

幸い2人は先に行ってしまっているみたいであった。


「…としは同じだけどさ。ジョスがあねでぼくがおとうとなんだ。

 だからいつもジョスがかっておねえさんづらするんだよ!それがいやなんだよ〜!」


マルセルくんはばたばたと手足を動かす。

2人は仲良しだから、そんなこと気にしてないのかなって思っていたんだけど…

どうやらジョスリーヌちゃんは得意分野で賭けを持ち込み、マルセルくんをカモにしているようだ。

末恐ろしい。


「ふふふ」


「あ〜!なんでわらうのさ〜!!ばかにしてるの〜!?」


「いやっそうじゃなくてね。あまり気にしなくて良いと思うよ。」


「そうかな〜?」


「もちろん興味があるなら勉強してもいいと思うけど、マルセルくんは狩りの方が好きなんでしょ?」


「うん!体うごかす方が楽しいし!」


マルセルくんは一家のお父さん、ジャン・ロロットさんに狩りを学んでいるようだ。始めたばかりだけれど、勘が良いってジャンさんは言っていたなぁ。きっとそっちが向いているのだろう。


「そもそも賭けを止めればいいのに。」


「ジョスにまけたくないし!やめられないんだよ~!」


これは重度である。

正直、マルセルくんは山菜採りがあまり得意でない。

山菜の種類を覚えるのがかなり苦手なようなのだ。

でも、彼がやりたいのなら山菜の勉強に力を入れるのもありなのだろう。やりたいことは自由なのだからね…いや、ただ賭けを止めればいい話なのだけれど。


「どうかしたの?」


…うわっ!気づかなかった!

コラリーさんが僕の後ろから覗き込むようにしている僕らを見ている。

マルセルくんもちょっとびっくりしているようだ。固まってしまっている。


「全然来ないから心配したのよ〜何かあったの?」


「コラリーさん!…あれ?マルセルくんは?」


「もう先に行っちゃったわよ。お腹でもすいたのかしら?」


マルセルくんは逃げてしまったようだ。逃げ足はなんとも速い。

ジョスリーヌちゃんは先に家に帰ったらしい。僕はコラリーさんと一緒に家まで帰ることにした。


「マルが何か言ってたの?」


「あー…何かに悩んでたみたいなんですよ。」


「あら。もう仲良しなのね。」


「…そうですかね?」


確かに2人とは仲良しかもしれない。でも、他の2人とはかなり距離がある。

ロロット家は6人家族である。お父さんのジャンさんとお母さんのコラリーさんの他に子供が4人いるのだ。


コラリーさんは口元を抑えてくすくすと笑った。なんともお上品である。僕も笑うときは真似ようかな。


「仲良くない人に相談なんてしないわよ。」


「うーん…でも、僕じゃあちゃんとした答えを出せないと思いますけど。」


もし普通の相談をしてくれたら…僕はどう対応するだろう?

相談してくれるのは信頼の証なのはわかる。でも、僕はきちんとした返答を提供できるのだろうか?

コラリーさんは少し首を傾げて、僕が言ったことに関して考えてくれているようだ。


「そうねー…彼らが求めている答えは正論じゃないのよ。」


「?」


「納得できればいいのよ。少なくとも私はそう考えてるの。君は難しく考えてたでしょ?」


「…はい、そうですね…それは…ちゃんと答えなきゃと思ったので…」


「やっぱり!君は年の割には賢いけれど頭が固そうなの。

 まぁ、こんなこともあったみたいな感じで覚えとくといいわね。」


「はい…」


「結構暗くなってきたわね。そろそろ帰ろうかしら。」


僕は歩き始めた彼女の後を追う。僕は頭が固いのだろうか?コラリーさんの言うことがイマイチしっくりこなかった。小さい子供の悩みでも真面目に考えてもいいと僕は思う。

僕の考え方は効率が悪いのだろうか?難しいものですねこれは。


まぁ…賭け事に関しては正論でも良いよね?

そういえば何で真面目な話になってしまっていたのだろう。


ふと彼女が振り返り、僕を見た。


「そういえば…まだ何も思い出せない?」


「あ…はい。なにも。」


「…君はなんだか普通じゃないって感じがするわ。もしかすると思い出すことは突飛なことかもしれないわね。そのときのために色々な知識を蓄えておくことも重要かもしれないわよ。」


彼女は少し足を緩め、しっかりと僕の目を見ながらそう言った。

その瞳は老衰に逆らうように輝き、若々しかった。

なんだか少し寂しそうな顔をしているように見えて、僕は返事が出来なかった。

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