第一章 ロロット家にて

一、起床




「あ!このおねえちゃんおきた!」


「そうだね!このおにいちゃんおきたねっ!」


「え!?おねえちゃんだって!」


「ちがうよちがうよっ!どう見てもおにいちゃんだよっ!」


「え〜〜〜!?うそだぁ〜〜〜!?」


「かけてもいいねっ!!」


「よ~し!きょうのおやつをたんぽにだします!」


僕は静かな川のそばに寝ていたと思っていたんだけれど…

目が覚めるとそこはとても賑やかだった。何だか賭けの話もしてるし。


寝ている僕を覗き込むようにして屈んでいた男の子と女の子は僕が起きたことを確かめると僕の周りをはしゃいで走り回り始めた。たまにぴょんぴょんと跳ねている。


何が何だかわからない…

僕はゆっくりと体を起こす。どうやら僕は布団の上に運ばれていたようだった。

ここはこの子たちの家なのかな? この子たちが僕をここまで連れてきてくれたのだろうか?

聞いてみたいことが沢山あるけれど…


「あのー…」


「おはようおねえちゃん!」


「おはようおにいちゃん!」


「ねぇ!おねえちゃんはおねえちゃんでしょ!?」


「そんなことないよ!おにいちゃんはおにいちゃんだよ!」


何を言っているんだこの子たちは!?

お姉ちゃんはお姉ちゃん!?お兄ちゃんはお兄ちゃん!?どういうこと!?


「あっ、あの…えーっと…多分、僕はどちらかと言うとお兄ちゃんだと思うけど……」


「え〜〜〜〜!?ほんとに〜〜!?」


「ほら!わたしのかちっ!」


「うそだ!おかあさんにきいてくる!」


「マルっ!おかあさんにきいてもおなじだよっ!!」


なんとも元気な2人はドタドタと部屋を出て行ってしまった。彼らの頭の中は賭け事でいっぱいだったようだ。


頭がまだぼんやりとしているせいか、賭け事に疎いせいか、気圧されてしまってあんまり喋れなかったぞ。でも、何も聞くことが出来なかったけれど、あの子たちのお母さんもここにいることはわかった。


とりあえずあの2人についていこうか。

なんだか少し眠る前より体が軽いような気がする。

…そういえば服が変わってる!起きたばかりで気づかなかった!


先ほどまでのみすぼらしい服装より小綺麗だ。体も土臭くなく、髪も綺麗になっていた。僕が気を失っているうちに洗ってくれたのだろう。この世は捨てたもんじゃないですね。


僕は立ち上がり、部屋を見渡した。ところどころ古さを感じさせる部屋だが、非常に綺麗に手入れされているように感じた。所狭しと本棚が並び、ひとつひとつに生活感が感じられる。


「誰かこの部屋に住んでいるのかな…」


「…そうですけど。」


「えっ!?」


自分の独り言に返事があるなんて思わなかった!

僕は慌てて声のした方に顔を向けると、そこには長い薄緑色の髪をした女の子がいた。

部屋の隅にある布団から顔だけ出して、目を細めて僕を見ている。

どうして僕は部屋を見渡した時、彼女の存在に気付かなかったのだろう?


「ごめんなさいっ!気がつかなくて…」


「別にいいです。よく影が薄いって言われますから…」


「そうですか…あのー…」


「…ここは私の部屋です。起きたのなら出て行って下さい。」


僕が何か言う前に彼女はもぞもぞと布団に潜り込んでしまった。

眠っているところを起こしてしまったのだろうか?

騒がしくしてしまって申し訳ない。…僕がどうしてここにいたのか聞きたかったけれど、とっととこの部屋を出た方がいいだろう。せめて静かにこの部屋を出よう…


「おじゃましました…」


僕は彼女に聞こえるか聞こえないかわからないほど小さな声でそう言うと、部屋を後にした。


「…ちゃんと扉は閉めてくださいよ。」


…僕はしっかりと扉を閉める。

あまりいい印象を持たれなかったかな?これ以上迷惑をかけないようにしなければ。僕は扉を再度確認した後、忘れかけていた2人のことを思い出し、現状を把握するために早足で廊下を進んだのだった。


なんだか急展開で頭がまたもや混乱しております。




◆◆◆






少年は部屋からそそくさと出ていきました。


私はちょっとだけ機嫌が悪かったんです。

私にとって寝ることはすごく大切な事、生活の核です。それを邪魔されたとあっては黙ってはいられません!…まぁ、思った通りあの子達のせいだったので、八つ当たりだったんですけど…


あの少年の名前は知りません。ジャンさんが晩ご飯を狩りに行ったついでに拾ってきたらしく、非常に弱っていたためコラリーさんがすごく慌てて消化に良い食べ物を作っていたのを覚えています。確かに私の目から見ても頬はこけ、やつれきっているように見えました。


でも、目を覚ました彼はなんだかんだ元気そうに見えました。どういうことなのでしょう?…まぁ、どうでもいいですけど。


どんな奴だろうかと思っていましたが、悪い人ではなさそうで安心しました。腰が低く、自分に自信がなさそうな印象です。あれなら私たち家族に危害を加えるような事はないでしょう。


…なんで私は頭を働かせているのでしょうか?やっと部屋が静かになったので寝ようと思っていたんでした!どうりで眠いと思いました。寝ます。


コンコン


おや?誰でしょう?扉を叩く音が聞こえます。今日の私は眠れないようです。


「…誰ですか?」


「ニコラだ。」


「……あー…どうぞ、入ってください。」


珍しい。今日はどうしたんでしょう?面白い1日ですね。

彼は部屋に入ると、扉に背を預け、黙っています。私が何か言うのを待っているのでしょうか?私は早く寝たいのに…


「…部屋に来るなんて久しぶりですね。どうしたんですか?」


「父さんが連れてきた奴の話だ。」


「…なにか気になる事でもあったんですか?」


「怪しくないか?」


「あー…」


私は言葉を濁します。

彼は真剣なようです。いつもはあんまり話しかけてこないのにね。

…これは真面目に対応しないといけないのでしょうね。

でも、心配しすぎじゃないですかね?子供ですよ?



「…ただの子供です。そんなに心配しなくても…」


「普通あんな森に1人で入るか?しかも、コラリーさんは怪我を一切してなかったって言ってたんだ。そんなことありえるか?」


「コラリーさんがそんなことを…」


…怪我をしていなかった?

そう言われるとおかしいところが沢山ありますね…

この家の周辺の森はそこまで危険な森ではありませんが、子供が無傷で通れるほど易しい森でもありません。魔物も住んでいます。奥に進むほど危険にもなります。私にはあの少年が魔物を寄せ付けないほど強い人間には見えませんでしたが…


…そういえば、どうして私はこんなに頭を使っているのでしょう?

正直どうでもよくないですか?


「…まぁ、なるようになりますよ。焦らずに様子をみたらどうですか?」


「カルメン!」


「…大声出さないで下さい。耳に響くので。」


「あっ…す、すいません。」


彼は顔をかばうように腕を前に出しています。

…いつもは強気なのに相変わらず私が苦手みたいです。そこがやや面白いのですが。


「そんなに心配なら、あなたが見張ってていれば良いじゃないですか?」


「…わ、わかった。」


おっ!これで私は何も考えなくていいみたいですね。彼が単純でよかったです。


彼はとぼとぼと部屋を出て行きます。彼の虚勢をはるような性格はどうにかならないのでしょうか?あれで根は臆病なんですよ。心に余裕がないのだと私はかってに考えています。


彼はあの少年に自分の姿を重ねているのでしょう。彼もあの少年と同じような境遇ですからね。自分の怪しさを知っているのでしょう。


…珍しく私と話そうと思ったのもそんな自分を拾ってくれたジャンさんとコラリーさんへの感謝の気持ちからなのでしょうけれど。…あ、私は野暮な事は口に出しませんよ。


……どうなろうと、私は私自身の平穏を脅かさないのならなんでもいいんです。

私はですね、死ぬまで平凡に暮らしたいんですから。


…あ。そういえば私は寝ようと思っていたんです!眠い!


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