第247話 カウンターストライク05

 ドカドカと荒々しい足音が響き、駐機場へと繋がる扉が勢いよく開かれた。


ヤン上士シャンシー(人民解放軍の階級。軍曹ぐらいの立ち位置)! その怪我は一体……」


リゥは……小強シャオチアンは何処だ?」


 楊と呼ばれた男は部下の問いに答えず、小強の居所を訊ねた。部下は荷作りの手を止めると、奥へと続く扉を指さした。

 楊は垂れてきた血液を袖で拭うと、部下に立ち入りを禁じて奥へと続く扉へと入っていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「小強!」


 楊が室内に踏み込むと、小強は水瓶から手桶に汲んだ水で手を洗っているところだった。


「楊上士、ご無事でしたか。首尾の方は?」


「無事なものか! 襲撃は失敗だ! 一緒に向かったチャンは『牛攫いアバクトール』ごと撃墜された……」


「それで、尻尾を巻いて逃げ帰ってきたのですか……」


「何とでも言え! 貴様は奴らがあれほどの装備を持ち込んでいると報告しなかった。 偵察に出向いた貴様は知っていたんじゃないのか?」


「小銃を装備している可能性は報告しましたが?」


「小銃どころか、広範囲に薬剤を散布する対空火器に加えて、狙撃手まで潜んでいた。これ以上、貴様の貴族ごっこには付き合えん!」


「この異界の地から故郷へと戻る夢を諦めるつもりですか?」


「この地に流れ着いて、もう十年が経つ。帰郷の夢などうに捨て去ったわ! 貴様は、いつまでこんなことを続ける気だ!?」


「無論、死ぬまでです。我々のような人種は、他者から奪うことでしか生きられません。であるならば、命ある限り奪い続けるしかないではありませんか?」


 楊は絶句し、二の句を告げないでいたが、頭を振ると決然と告げた。


「そんなことが続けられるはずがない! もう良い、このねぐらは引き払う。張の女はどこだ? 奴の子を身ごもっていただろう、連れて行ってやらねばならん」


「ああ、彼女ですか……処分しました。身重の女など連れていては、足手まといになりますからね。他の奴隷たちも、坑道の拡張工事に送り出した後、入り口を崩落させて埋めました。今頃死んでいるでしょう」


「貴様……」


 余りの言い草に楊が戦慄していると、小強は不要なゴミを捨てておいたとでも言うような気軽さで言い放った。


「女など、適当な村でも襲って奪えば良いでしょう? それに張も死んだんです、彼の女を保護してやる必要もない」


「貴様には付き合いきれん! 貴様は貴様で勝手にしろ! 俺は部下を連れてここを――」


 楊が言葉を言い終える前に、小強が右手を一閃させた。いつの間に手にしたのか、黒塗りのスローイングダガーで楊の首を真一文字に切り裂いた。


「残念だが、部下を連れていかせはしない。何をするにも、ある程度教養のある手足は必要になるからな……」


 楊は首を斬られた衝撃でたたらを踏み、何かを喋ろうと口を開くが、ぱっくりと開いた傷口からヒューヒューと空気が漏れる音がするのみで声にならない。

 小強はくずおれる楊の頭に手を掛けると、体重をかけて一気に頚骨を捻り折った。血脂の着いたナイフを楊の衣服で拭うと、小強は部屋から出ていこうとした。


 扉に手を掛けた瞬間、小強は右足に灼熱感を覚えた。振り返ると、楊の死体から伸びた触手が、刃となって己の膝裏から前部へと突き抜けていた。

 完全に頚骨を砕かれ、頭部を背後に垂らしたままの楊の体が立ち上がった。大きく開いた頸部の傷口が盛り上がると、骨で出来ていると思しき白い刃をそなえた触手が、もう一本飛び出してきた。

 利き足の膝を貫かれたままにもかかわらず、小強は横手に身を投げ出して回避する。筋肉組織が引き千切れる激痛を噛み殺し、左足で地面を蹴りつけると、扉に体当たりをするようにして隣室へと退避した。


「くっ……『吸血鬼』か…… いつの間に感染していたんだ! 最期まで面倒を掛けやがる……」


 小強は吐き捨てるように言い放つと、室内にいる部下に声を掛けようとして固まった。

 拠点を引き払うための荷作りをしていた部下が一人もいない。一瞬の空隙を突いて、黒い塊が転がってきた。


 凄まじい閃光で視界を奪われ、体を揺さぶる程の爆音に意識を奪われた。薄れゆく意識の中、小強は誰かに何かを注射される感覚を最後に気を失った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「お、気が付いたみてえだな。気分はどうだい? 小強ゴキブリ野郎」


「俺をゴキブリと呼んだ奴で、生きている奴はいない。それよりも、ここはどこだ?」


 小強が周囲を見渡すが、視界の全てが白く霞んでおり、ここが屋内かどうかも判別できない。

 真っ白な世界に於いて、唯一の例外が眼前の椅子に座す白人男性であった。


「んー? おかしいな、中国語のスラングで小強ってのはゴキブリって意味なんだろ?」


「俺に面と向かって、そう言った奴は皆死んだよ。お前も必ず殺してやる!」


「はっはっは! 面白いジョークだ。出来る出来ないは別にして、その根性は大したもんだ、気に入った。こっちの準備が整うまで、もうしばらく時間が掛かるから、お前さんの質問に答えてやるよ」


 小強は視界をくまなく見渡すが、本来視界の端に見えて然るべき、自らの頬骨すら見当たらない。

 目以外では口の感覚のみが存在し、それ以外の全てを知覚できないでいた。


「ここはどこだ?」


「そうだな、VR空間ってえのが一番理解し易いか? お前さんの体は、随分と傷んじまったんでな。取りあえず、意識だけこっちに来て貰ったって訳だ」


 答えを聞いたのに謎が深まった。この白人が何を言っているのか良く判らない。


「どうやって、我々の塒を突き止めた?」


「お前さんが殺しちまった男に案内して貰ったんだよ。まあ、ちっと想定外のことも発生してたみてえだがな」


 男はそう言いながら、金髪の頭をガリガリと掻きむしった。

 次いで、男が手のひらを上にして開くと、突然そこに一発のライフル弾が現れた。


「こいつは、ちいっとばかし特殊なフレシェット弾でな、内部に数発の矢弾フレシェットが内蔵されている。その一発一発に、『吸血鬼』の細胞と少量の人類の血液と、魔術的トレーサー回路が入ってるんだ」


 男がそう言うと、手にした弾丸が浮き上がり、内部構造がばらけるとダーツ状の部品が引き出され、更に各パーツに分解される。


「『吸血鬼』が人類にしか寄生出来ないのを利用した、特別製の弾丸だったんだが、感染能力が残っているとは予想外だった。本来は人体に寄生して、探査魔術に反応して位置を報せるって仕組みだったんだ。魔術ってのは距離を無視して共鳴する性質があったんでな」


「お前たちは、地球人なのに魔術が使えるのか!?」


「いんや。俺には適性が無かったようで、使えなかったよ。だから解析して使えるようにした! 俺は『秘されたものオカルト』ってのが嫌いなんでね」


「そんな馬鹿な…… 十年やそこらで解析できるはずがない」


「あー、そこから認識がズレてるな。あんたらは十年前に異世界こっちに来たかもしれないが、俺らはつい最近だ。原理を解き明かしてるって訳じゃねえんだ。既にある物を使いやすいように加工するのに、そんなに時間は要らねえだろ?」


 男が軽く言ってのける言葉に、小強は戦慄を覚えた。


「あんたら、テレビのリモコンの仕組みって知ってるか? 原理なんか知らなくても、どうしたらどんな反応が返ってくるかを知ってれば使えるだろう? 同じレベルの話だよ」


「場所を特定出来た理由は理解した。しかし、どうやって辿り着いた? アンテ伯領からも、襲撃地点からも相当距離があるはずだ」


「んー、説明すんのが面倒だな。あんた『クラインの壺』って知ってるか? 判り難いなら『メビウスの輪』でも良いんだが。うちのエース様はほいほい空間転移しちまうんで、似たような事が出来ねえかなと試行錯誤した結果、かなり制限があるがワープに近いもんが出来たんだよ」


 男がそう言うと、空間に光の帯が生まれ、一回捻って先端同士が結合し、捻じれた円が生じる。


「んで、これを三次元に拡張したもんが『クラインの壺』だと思ってくれ。こいつを通常空間に作るのは不可能なんだが、射影を強引に三次元空間に持ち込むと、自己交差する曲面になるんだ。こいつには表や裏、始点や終点と言ったもんが存在しない特殊な形状を持つんだ。まあ、何が言いたいかっていうと、こいつを魔術的に応用すると空間が曲がるのさ」


「滅茶苦茶だ! そんな事が出来たら苦労しない!」


「確かに人間には無理だった。でもな、自分に無理なら出来る奴にやって貰えば良いんだよ。うちの場合は、エースのペットまでもが規格外でな、一通り説明したら器用に空間を曲げて見せてくれたよ」


「そんなのはインチキじゃないか!」


「インチキだろうが何だろうが、使えりゃ良いんだよ。『秘されたものオカルト』を解き明かすのが科学者サイエンティストなら、技術に還元して万人に提供するのが技術者エンジニアだ。俺は技術者なんでな、原理が解き明かしきれていなくても、使えるものは何でも使う。幸いウチの神様エースは奇跡を勿体ぶらない、気前の良い神様なんでな。随分と研究が捗ったもんだ。そして、そろそろ準備が整ったようだ。科学と魔術の融合した新しい技術を体験させてやるぜ? 俺のレクチャーはここまでだ。あんたに熱烈に会いたがってた奴がいるんで、ここで代わるとするよ。機会があったら、また会おうや」


 そう言うと、男は椅子から立ち上がり、小強に背を向けて立ち去っていった。

 真っ白な空間に溶け込むように男が消え、入れ替わりに地面からアッシュブロンドの髪をオールバックに撫でつけた、精悍な印象の中年男性が現れた。


「会いたかった…… 貴様に会える日をどれほど心待ちにしていたことか! お前には無辜むこの人々を傷つけた報いを受けて貰う。ここは通常の世界と時間の流れが異なる。更に、どれほど無茶をしようとも決してお前が死ぬことは無い。さあ、無様に逃げ惑え!!」


 気が付けば小強には全身があった。こちらに憎悪の視線を向ける男が銃を持ち上げ、足首を撃ち抜いた。

 激痛と共に転がり悶絶していると、立て続けに銃弾が地面で弾ける。負傷した足を引きずるように逃げ出した小強を、男はゆっくりとした歩みで追跡してくる。

 こうして地獄の追跡劇は幕を開けた。

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