第244話 カウンターストライク02
「
「
「いや、あれ以来吸血動物避けに泥を塗らせていた。恐らく死んだか捕まった可能性が高い」
仲間の説明を受けて小強は思案する。死んでくれていれば良いが、捕まったとすると都合が悪い。一部の人間以外は『
最寄りの前線拠点である村を失うのは痛いが、そこから基地まで辿られては堪らない。小強は少し考え込むと、周囲のメンバーに声を掛けた。
「幹部は集まってくれ。前線の村を破棄しようと思う。今から飛んで運び出せるだけの物資を積んだら火を付けろ」
「待ってくれ、小強。あそこの村には収穫したばかりの未精製の阿片があるんだ。それに村人達も、こう急では逃げようがない」
「諦めろ。阿片は乾燥が終わった物のみ積み込め、それ以外は廃棄だ。村人を逃がす必要などない、下手に生きていて情報源となられると困るからな」
小強の非情な決断に仲間が二の句を告げずにいたが、結局彼の案は支持されて実行に移された。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、ようやく掴んだ敵の尻尾だが、どうしたものか」
「護衛任務の邪魔になるだろ? ウィルマに任せて、俺様のところに連れてきてくれりゃ情報を引き出してみせるぜ?」
「ふむ、人種的特徴から典型的な
「ああ、丁度限界実験が必要な技術があってね、情報を引き出した後なら廃人になっても構わない人材を求めていたんだよ」
「まあ壊すのは構わんが、くれぐれも情報を引き出した後にしてくれよ?」
「それは大丈夫だ、安全が確認できている範囲で充分情報を引き出せるさ。その後は新技術の発展の為に貢献して貰うがね」
方針が決まったためチームを二手に分けて、ウィルマは拘束した敵の詰まった
その後は大きなトラブルもなく、隊商は一定の速度で進み続けてアンテ伯領の隣町を囲む木製の塀が見えるところまで辿り着いた。
今日はここで一泊し、明日の早朝にまた出発する予定となっているため、皆が気を緩めていると見張りが警告を発した。
「森の方で黒煙が立ち上っている! 山火事かもしれない!」
消火能力に乏しい世界に於いて、山火事というのは大惨事の代名詞だ。大きく燃え広がれば多くの山の恵みを灰燼に帰してしまい、結果的に山に入って生活の糧を得ている人間と、その恩恵を受けていた人々が飢える事になる。
目の前の町からも調査隊が派遣されたのか、武装した十数人の集団がこちらに向けて近寄ってきた。情報を交換しつつ、合同で調査に当たることとなり、輸送隊を町へと送りつつアベルもPDAでドローンを操作し、上空から情報を集めた。
幸いにも周囲の木々まで燃え広がることなく、ごく限られた範囲のみが焼け落ちる結果となった。町の人々から集めた情報によると、狩りと樵で生計を立てていた小さな村が存在したらしいのだが、そこだけが綺麗に焼失した。
火の手が収まった後に、燻る焼け跡へと踏み込んだ町人達が懸命に捜索したが、一人として生存者を見つけることが出来なかった。
ただ、奇妙なことに村人たちが消火をしようとした痕跡が無いことと、村の中央に存在する井戸の中に年若い女性の死体が沈んでいるのを見てしきりに首をかしげていた。
通常の火事であれば、何とか消火をしようと周囲の延焼しそうな構造物を破壊したり、井戸から水を汲んで撒いたりする。
必然的に村が全滅するような燃え方になると、井戸の周囲は焼死体の山が築かれ、火から逃れようと井戸に飛び込む人間はもっと多くなる。
不可解な痕跡から、アベルは計画的に実行された放火殺人だと推測していた。そして夜中に合流したウィルマから齎された情報が、その推測を裏付ける事となった。
「予想外に早い合流だな、ウィルマ。バイクでも使ったのか?」
「いえ、折り良くシュウが戻っていたので、ここまで送って貰いました。皆宛に差し入れと装備も預かっています」
そう言ってウィルマが持ってきたコンテナを開くと、湯気を立ち上らせるプラ容器と野営用の各種消耗品と新たに敵性生物避けの嫌忌剤が入っていた。
「それでシュウは戻ったのか?」
「ええ、神域の島で本格的に醸造に入るそうなので、交替で眠りながら米の様子を見守っているようです」
全員に熱を湛えた容器が行き渡り、真っ先にアベルが蓋を取ると暴力的な匂いが辺りを支配した。
ざく切りの玉ねぎと共に、良く炒められて色付いた肉と、香ばしさを演出する白ごま。茶色く染まった大地を黄色く流れる半熟玉子が横切り、肉の山頂に添えられた紅ショウガが色合いを美しく見せる。
「おお! これは
「シュウが言うには醸造に使う米が地球の物よりも大きいため、削り落とした部分でも十分食べごたえが出るそうで、こうやって料理に使ったらしいです」
生憎牛肉は冷凍のアンガス種の物を使っているが、赤身のしっかりとした肉質で食べごたえは十分だった。
長時間の遠征で腹が減っていた男達はスプーンを使って流し込むようにして掻きこんでいる。その健啖ぶりを眺めながら、ウィルマが声を鋭くして話し始めた。
「食べながらで良いので聞いて下さい。ドクが捕獲した敵から情報を引き出しました。少し衝撃的な事実が含まれていますが、聞きますか?」
「ふむ、飯が不味くなっては困るな。よし、先に飯を片付けてから聞くとしよう」
物の数分で各自丼二杯を平らげた後でミーティングが行われた。そこでウィルマが持ち帰った動画が再生される。
PDAに映し出されたドクが語る内容は、俄かには信じがたい情報が含まれていた。
「こいつの名前は鄭 永善。残念ながら敵の中では下っ端だ。組織の全貌を把握しちゃいないが、貴重な情報を持っていた。まず、こいつらがこの世界、ガイアに着いたのは約10年も前らしい。そして異世界転移の発端は、我々の転移に巻き込まれたそうだ。あの転移の現場を襲撃しようと居合わせた結果、この世界に飛ばされたようだな」
アベルはあの場に更に襲撃者が潜んでいた事に驚きを隠せずにいたが、録画映像のドクはお構いなしに話し続ける。
「こいつらのリーダーは
続いて映像のドクは、中継地点の町からほど近くの山中に、前線拠点となっている村の存在を示唆した。
恐らくそれが焼失した村なのだろうとアベル達は痛ましく思った。予想以上に尻尾切りの判断が早い、意外に食わせ者だと敵の評価を一段階引き上げる。
「武装については、銃器や爆発物は既になく、苦肉の策で現地の動物を飼いならして兵力にしているらしい。主要な武装はクロスボウとナイフ、後はスリングショットだな。現時点で聞き出せたのはここまでだ」
ドクがそう言うと映像が途切れた、それを引き継いでウィルマが口を開いた。
「ドクは引き続き情報の引き出しに当たるそうです、何でもVR技術と魔術の応用で意識をVR内に取り込み、極限まで脳内クロックを引き上げて時間感覚を引き延ばすようです」
「なかなか画期的な
「僅か2時間で、地球時間の30日に相当する時間を体験するそうです。まあ一週間と経たずに話し始めたようですがね」
「ふむ、ざっと360倍か。ドクは何倍までチャレンジするつもりなんだ?」
「手始めに千倍。可能ならば一万倍を実現したいと言っていました。人間の脳は重力演算や感覚情報の処理などをカットすれば、相当な演算に耐える能力があるそうですよ」
「1万倍か、4分で30日が経つのか……恐ろしい世界だな。被験者は可哀想だが、技術の為の礎になって貰おう。明日の出発前にドクの報告を聞いて、その後の方針を決定することにする。各自十分に休息をとるように、最初の見張りには俺が立つ」
アベルがそう言うと、他の仲間はそれぞれに焚き火の周囲で寝袋に包まった。随分と暗くなってきたが、未だに沈み切らぬ『テネブラ』が照らす薄暮の世界に、戦士たちは束の間の休息を取っていた。
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