第243話 カウンターストライク01

 王国最東端に位置するアンテ伯領から王都へと延びる細い街道を、荷物を満載した馬車の列がゆっくりと進む。

 元より原生林を切り拓いて出来たアンテ伯領ゆえに、その街道は左右を森に囲まれ視界が制限される。隊列の護衛は不意の襲撃に備えて常に緊張を強いられるはずだが、彼らは弛緩した空気すら漂わせていた。


「チーフ、大型の熱源が2体、方角NW北西285付近から接近中だ。相対距離は400フィート(約120メートル)、恐らく野生動物だがどうする?」


「了解、盾持ちの騎士に警戒するよう伝えておこう。ドクは引き続き広域警戒を頼む」


「チーフ、こちらハンター。報告されたであろう熱源を目視で確認した。野生の赤猪のつがいだろう、敵性行動は見られない」


 ウィルマからの通信を受けて、アベルが騎士隊の隊長を呼び寄せ、地図を広げて情報共有を行った。

 ドクお手製の自動翻訳も短い文章ならば、それなりに意思疎通できるようになっており、作戦行動をとる上での不都合は少なかった。

 騎士たちは地図を等間隔のマス目で区切り、真北を方位0度とする360度で表現する近代的な認識方法と、それが齎す情報共有の確度に衝撃を受けていた。

 異世界の斥候が報告する情報と言えば、東西南北の四方位と目分量の距離でしかない。空撮を用いた正確無比な地図と、等距離線の組み合わせによるグリッド管理の有用性は計り知れない。

 チェスの番地のようにグリッドごとに番地が振られ、南北を縦軸として数字で管理し、東西を横軸としてアルファベットで管理する。

 200フィートごとで区切った9×9のマス目で示し、部隊の現在地を中央のe5とする方式で的確に彼我の位置を認識出来ていた。


「チーフ、約2000フィート(約600メートル)先で待ち伏せだ。街道上に座り込んでいる連中がざっと30人ほど見える。武装は木製の棍棒、指揮官らしき人物は見当たらねえ。先制攻撃するかい?」


「いいや、こちらの手の内を明かして逃げられても面白くない。敢えて受けて立つとしよう、長物は持っていないんだな?」


「ああ、槍すらねえな。そんなものを扱える知能が残っちゃいねえのかも知れねえ」


「それなら、何とでもやり様はある。波状攻撃も考えられる、ドクは我々の背後と左右の森を重点的に監視してくれ」


 アベルは再び騎士隊の隊長と意見を交わし、最前列に盾持ちの騎士を増員して配置した。

 彼我の距離が1000フィートを切っても相手に動きは無かった。何の反応も示さず、ただ街道に座り込んでいる集団が居るだけに見えた。

 先遣隊との距離が10メートルほどまで近づいた辺りで絶叫が響き渡った。警戒していた先遣隊はたちまち距離を取り、盾持ちの騎士が大盾を地面に突き立てる。

 盾の内側に取り付けられた杭を戦槌で地面に打ち込み、即席の遮蔽物として展開した。後方よりバケツリレー方式で手渡される大盾を次々に設置し、相手に対して半球状に突き出た陣地が構築された。


 大盾の隙間から相手を確認すると、座り込んでいた人間たちは絶叫と共に内部から膨れ上がるようにして裂け、肉色をした触手の塊が出現していた。

 それらは互いに絡まり合い、食い合いした結果、巨大なイソギンチャクのような形を取って動きだした。通常のイソギンチャクであれば足盤と呼ばれる組織で岩などに固着するが、この化け物は胴体の下部組織を蠕動させ、意外な速さで滑るように近寄ってきた。


「いけねえな……ありゃあ例の『吸血鬼』の成れの果てだろう。薬物中毒で使い物にならなくなれば最後は寄生虫の食料として使い潰すのか……無駄のねえこったな」


「とは言え、これは予測された攻撃に過ぎない。ハンター、いけるか?」


「射程内に捉えています、いつでもいけます」


「やれ!」


 鋭い風切り音と共に飛来した矢が巨大イソギンチャクの胴体に着弾し、一拍おいてから盛大に爆ぜた。

 斜め上方より打ち込まれた炸薬は、巨大イソギンチャクを爆風で地面に押し付けるようにして炸裂した。しかし、引き裂かれた巨大イソギンチャクは互いに組織を繋ぎ合わせると再び元の形に戻ろうとする。

 大部分の組織が飛散せずに繋がっていたため、容易に再結合すると死んだ組織を切り離し、一回り小さくなって再び前進を始める。


 大盾の背後に控える騎士たちが戦槌を握りしめながら固唾を飲んで見守っていると、突然巨大イソギンチャクの全身に痙攣が走った。

 赤黒く肉色をしていた触手たちは見る見る色を失い、筋肉組織が茶色く変色しながら萎れて剥がれていく。

 巨大イソギンチャクは幾らも進まないうちに、白色の骨格組織を残して溶け落ちてしまった。


「おっしゃ! 問題なく効いたな。体熱生産は確認できねえから死んでると思うぜ、ただ残留毒物が心配なんで熱処理をするのが望ましいな」


 今回ウィルマが撃ち込んだ矢に取り付けられていたのは、高圧ガスで散布するよう仕込まれた濃縮リシンだった。

 リシンとはトウゴマの種子に含まれる猛毒である。ガイアに於いては加熱すると無毒化する性質から、便秘の薬として広く使用されていたのを聞きつけ、種子を集めて精製したのだ。

 通常であればリシンの毒素は非常にゆっくりと作用する。体内に取り込まれたリシンは体内の細胞に吸収され、生命活動に必要なたんぱく質合成を行うリボソームの働きを阻害する。

 たんぱく質の合成が止まれば代謝が止まり、やがて死に至る。しかし、致死量を服用したとしても死亡するまでに人間ならば10時間程度が必要となる、遅効性の毒物だ。

 然るに『吸血鬼』たる巨大イソギンチャクはその異常な代謝速度によって不死性を実現しているため、リシンの効果が早期に発現したと言う訳だ。


 騎士隊が周囲を警戒しつつ、兵士たちが巨大イソギンチャクの残骸を集めて焼却処理を開始する。リシンは成人男性であっても2グラムも摂取すれば死に至るため、作業は慎重に進められた。

 焼却の完了を待つ間、周辺を警戒していたウィルマから通信が入る。


「チーフ、敵の監視兵と思われる人物を捕捉した。指示を願う」


「生かしたまま確保できそうか?」


「相手の練度はそれほど高くない。隙を窺えば可能だろう」


「よし、捕獲しろハンター」


「了解」


 ウィルマは短く応じると通信を切って相手の動きを待った。ウィルマが発見した監視兵は全身に濡れた泥を纏い、その上から落ち葉などを貼り付けたギリースーツ擬きで周辺に紛れていた。

 偶然にも泥が体熱放出を遮り、赤外線監視の目から逃れられていたのだが、襲撃の結果を報告するため高所へと移動しているところをウィルマに目撃されていた。

 彼は巨大イソギンチャクが焼かれ、全く損害を与えられなかった結果に舌打ちをすると、登っていた木から降りて報告のため立ち去ろうとした。

 彼が一歩足を踏み出した瞬間、彼の頸部に蛇のように腕が巻き付くと凄まじい力で締め上げた。ウィルマのスリーパーホールドにより頸動脈を圧迫された監視兵は、数秒ほど抵抗したものの頚動脈洞反射を起こして失神した。


「チーフ。こちらハンター、ターゲットを確保した。周辺に他の監視兵は確認できない、これより帰投する」


 こうして未だ全容の見えない敵方来訪者との初戦はこちらに軍配が上がった。敵も素人ではないため、戦力の漸次投入という愚は犯さないだろう。

 これを機に相手がどう動くか、来訪者同士の化かし合いが幕を開けた。

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