第222話 王都事変04

 ユリウス・ギガース巨人・ヒエムス。現王より直接『巨人』の称号を賜った、剛毅にして不屈の武人。

 王にのみ忠誠を誓い、王が在位中に限り、王以外の誰からも命令を受けない特権を持つ男。

 『巨人』の称号に相応しく、その身の丈は2メートルにおよび、190センチのアベルよりも更に一回り大きい。

 神秘的な青灰色の髪と瞳を持つ巨人は、現在膝を抱えて小さくなっていた。


「ユリウス殿、お気を確かに。方法に問題があったにせよ、大手柄なのですから……」


 壁に向かって小さくなっている大男に向かって、コンラドゥスが必死に慰めている。

 彼が落ち込んでいる原因は、彼が必死に守り通した荷物にあった。彼は王の遺骸だと言ってシーツを広げたが、本人は瀕死であるものの生きていた。

 命を懸けて守るべき主人を荷物として扱い、その命を脅かしたという自責から意気消沈しているのだ。

 現在ドクが容態を診ているが、カメラ越しであるために捗々しくないようだ。王自身の意識が戻らず、簡易検査キットでは調べられる項目に限りがあった。

 他の王族は既に殺されており、王自身も室内で倒れていたため、死んだと思って運び出したのだそうだが、結果として救出に繋がったのだから運命とは皮肉なものだ。


「駄目だな、判んねえ。そもそも俺は医者じゃないからな。データを見る限りじゃ極端に心臓が弱ってる。早く対処しないと、遠からず死ぬぜ」


 遠隔から検診するのにも限界があるようだ。方針について判断を求める必要があった。アベルと相談し、伯爵とユリウスに判断を委ねることになった。


「ユリウス殿、このままでは王の命は潰えます。そして王都では、出来る治療に限界があります。王を我らに預けて頂ければ、高度な治療を施すことができますが、どうされますか?」


 膝を抱えてうずくまっていた男は、王の命が懸かっていると聞くや即座に立ち上がり、こちらを真っすぐ射貫くように見つめてきた。


「貴殿らの協力には感謝しているが、王を独りにする訳にはいかぬのだ。私も同行できないか?」


「残念ながら許可できません。龍が治める土地ですので、病人だけを例外的に認めて貰っています。付き添いは認められません」


「つまりは、王はここで死ぬか、貴殿らに任せて治療を受けるかのどちらかと言うわけだな?」


 彼は暫く葛藤していたが、決然と顔を上げると深々と頭を下げた。


「頼む、陛下を救ってくれ。王太子殿下や、王城に住まう王位継承権を持った王族は一人残らずしいされた。今や王家の血筋は陛下を残すのみ、卑劣な反逆者共の勝手を許すわけにはいかんのだ!」


「全力を尽くします。私が居ない間、伯爵邸の守りをお任せしてもよろしいですか?」


「もとよりそれしか能のない男。『人狼』が相手ならば負けはせぬ、『吸血鬼』が現れたとて貴殿が戻るまでの時間は稼いでみせる!」


「アベルもおりますので、通訳を通して協力して頂ければ、窮地に陥ることはないでしょう。では、暫しの間留守をお任せいたします」


 そう言うと俺はアベルに後を引き継ぎ、王を連れて神域の島へと渡った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「取りあえず容体は落ち着きました。しかし、主な症状だけでも不整脈、視覚異常、錯乱、血小板減少があり、低カリウム血症と急性腎不全に陥っています。

 対症療法としてリドカインとカリウムを点滴して様子を見ていますが、根本的な原因が何にあるか判明しない事には再発もありえます」


 俺は『地妖精の都アスガルド』で、医療スタッフから王の状況を聞いていた。

 ドクからマスターキーを預かり、『ニュクス』と『エレボス』の設備を解放し、王の治療にあたって貰っており、取りあえず山場は越えたようだった。


「原因ですか…… 聞いた限りでは王は少し前から臥せっていたらしいので、ひょっとしたら毒殺という線もあり得ます」


「なるほど…… とすると、ジギタリス中毒かもしれません。血液中のジギタリス濃度を計測してみます」


 ジギタリスはヨーロッパ原産の有毒植物の総称だ。全草に猛毒を有しているのだが、古くから切り傷や打ち身に対して薬として使用されてきた歴史を持つ。

 またジギタリスの葉を乾燥させたものを処理し、ジギトキシンやジゴキシンなどの強心配糖体を抽出し、うっ血性心不全の特効薬として使用されていた。

 現在では化学的に合成された成分からジギタリス製剤が作られるため、ジギタリスが直接用いられることはないらしい。


「恐らく摂取してから時間が経過しているため、正確な評価とは言えません。しかし、ジギタリス中毒とみて間違いないと思います」


 俺は医療スタッフから渡された各種データを持ち、意識が戻ったという王に面会する。


「お加減はいかがですか、陛下?」


「おお、ほうか。驚く程に楽になっておるよ。城には何時いつ戻れようか?」


「今暫くお待ちください。容態が安定すればお戻り頂けます。それまではこちらでお休みください。

 私はこれより、陛下の容態を伯爵やユリウス殿にお伝えして参ります。ご伝言等あれば承りますが?」


「伯爵に感謝を伝えて欲しい。ユリウスにもだ。あ奴が居らねば死地より脱する事は叶わなかったであろう。恐らく王族は絶えたのであろう?」


 俺が何も返せないでいると、王は咳込むようにして軽く笑った。


「隠さずとも良い。私が倒れる前に、王子達の悲鳴を聞いておる。私が助かった事が奇跡だったのだ…… 叶うならば年老いた私ではなく、未来ある子供たちが生き延びておればよかったのだがな」


 そう言うと王は俺に背を向けた。声を立てず、静かに涙を流す老人に掛ける言葉などなく、俺はその場を辞した。

 国家を転覆させんとしたグレゴリウス卿の企みは、ギリギリのところで阻止出来た。

 反撃するにあたって、法王たちと協力態勢を取り付けねばならない。王城を占拠する不心得者たちを排除するべく、俺は大陸へと戻った。

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