第223話 王都事変05
「ふーん。王様には興味ねえんだけどさ、何か
普通の技術ってのは主用途が裾野として広がって初めて、それ以外の使い方が見いだされるんだぜ? なんでピンポイントで妙な使い方するんだ?
既に使い方を知っている誰かが入れ知恵をしているみたいに思わねえか?」
俺が伯爵邸へと戻り、伯爵やユリウス、チームの仲間に経過報告をした際に、ドクが疑問を投げかけた。
言われてみれば尤もな話であり、地球ではヨウ素をエタノールに溶かしたヨードチンキなどが殺菌・消毒薬として広く用いられていた。
しかし、ここガイアではヨウ素の殺菌作用などは一切考慮せず、デンプンと反応して青紫色を呈するという試薬としての用途だけが伝わっている。
「ふむ。つまり我々以外の来訪者が敵方に居る可能性があるということか?」
「その可能性は無視できねえ。そいつは恐らく神域の島じゃなく、最初から大陸に出現したんだろうがな。ラテン語文化圏の人間だったのかねえ? 言語の壁を乗り越えて意思疎通を図るのは困難だからな」
「いずれにせよ、これからどうするかについて考える必要があるな。一度王都から退いて伯爵領に戻るのか、それともここで王城を奪還するのかも含めて計画を練る必要がある」
俺たちはアベルの発言を受け、緊急のブリーフィングを実施すべく、各所の情報を纏め始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
王城にある謁見の間。豪奢な装飾が施された玉座に礼服姿の男性が座していた。
「このような形で玉座に着くことになろうとはな。当初の計画では『人狼』騒ぎを解決した聖人にして、元王族という出自の法王になり、玉座に返り咲くはずであったというのに……
全く忌々しい…… して、王族の始末はどうなった? 当然根絶やしにしたのであろうな?」
「はっ…… それが、王の遺体が消えました。報告ではユリウスが貴族街へと持ち去ったとあります。それ以外の王族は、幽閉した一部を除いて全て抹殺いたしました」
「なんだと! それでは王の空位を証明できぬ! 王の死が確認されねば、私が王位を簒奪したとみなされるではないか!」
鮮やかな緋色の礼服を纏った男、グレゴリウス枢機卿は手にしていたゴブレットを叩きつけた。
血の様に赤いワインが床を汚し、金属製のゴブレットは跳ねて、跪いていた部下の顔を叩く。
みなされるも何も、事実として王位を簒奪しておきながら、体面を気にする小物ぶりへの侮蔑をおくびにも出さず、彼は報告を続ける。
「
最優先は事情を知るアンテ伯の関係者を始末することです。多くの貴族は屋敷に閉じこもり、門を閉ざして守りを固めております。今が好機なのです!」
「良かろう。貴様に貴族街制圧の指揮を任せる。今度こそ首尾よく成果を上げるのだ。行き場のない貴様を拾ってやった恩を返してみせよ」
「はっ! 必ずや朗報をお届けいたします。それまで猊下には摂政閣下の許に身を寄せて頂き、しかるのち諸侯と共に『人狼』を浄化しつつ王城へと凱旋して頂く手筈になっております」
「では朗報を待っておるぞ、フレデリクス司教。いや、フレデリクス枢機卿よ」
「それはアンテ伯が片付いた後に拝命いたします。まずは貴族街を制圧して参ります」
そう言うと彼は立ち上がり、背後に伴った騎士を振り返って号令する。
「さあ、参りましょう。アンテ伯の関係者は一人たりとも生かしてはなりません。使用人に至るまで全て始末し尽すのです!」
涼し気な美貌を持つ司教の声を受け、背後に控えていた金髪碧眼の聖騎士が兜を抱えて立ち上がる。
元アンテ伯領筆頭騎士であったマラキア卿はフルフェイスの兜を被り、漆黒の聖鎧の胸を叩いて戦意を示すと、踵を返して進み始める。
黒の僧衣を纏う司教と、漆黒の聖騎士は共に汚名を雪がんと玉座の間を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
閲兵式に用いられる練兵場にて集結した聖騎士に向かって、目に包帯を巻いた僧衣の司祭と、その傍らに立つ漆黒の聖騎士が対面していた。
揃いの白銀の甲冑を纏い、煌びやかな装いで居並ぶ聖騎士達に交じって、恐ろしく場違いな男が立っていた。
明らかに野卑な身なりの男は、最後尾から司祭を見つめ返し、漆黒の聖騎士に向かって持っていた壺を振って見せた。
聖騎士達は恐らく男を馬丁か何かだと思っているのだろう、誰一人として彼に注意を払う者はいない。
「聖騎士の皆さま。難を逃れた枢機卿猊下より王都奪還の
大変心苦しいのですが、『人狼』とそれ以外を見分ける術がありません。猊下は伯爵邸の全てを始末せよと仰せです。
この国難にあって、慈悲の心は刃を鈍らせる害悪となりましょう。感情に流されず非情に徹して頂きたい。ひいてはそれが王都を救うことになります」
慈悲深き『盲目の聖者』は断腸の思いで言葉を搾りだす。難民にすら慈悲を掛けることで有名な聖者のことだ、『人狼』ではない可能性がある人々の殺害にさぞや心を痛めているであろう事は容易に察せられた。
聖騎士達を率いる騎士団長が代表して決意を語る。
「楽園教への逆恨みから王都を混乱に陥れた
「「「応!」」」
腰に佩いた剣を掲げ、聖騎士達は白銀の鯨波となって練兵場を退出していく。盲目の聖者へ一礼して騎士団長も後を追い、その場に残ったのは黒の聖者と漆黒の聖騎士、薄汚れた男のみとなった。
「さあ、我らも仕上げに向かいましょう。真実を知る人間は不要なのです。そう唯の一人であったとしてもね」
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