第221話 王都事変03

 途方に暮れた俺は、咄嗟に復活した門を向こう側が見える程度に破壊した。

 どれぐらい破壊すると再生が始まるのか判らないため、切り石を数個放り投げて格子状に穴を開けた。

 反応を窺うが再生する様子はなく、穴を通して王城側の通路が見えていた。


「おい、シュウ! 上だ。その城門の真上に熱源を抱えたイソギンチャクみたいな奴がいやがる。恐らくだが内部に人を抱え込んでいるようだ」


 ドクの声と共にPDAに送られてきた空撮映像を見て、生理的嫌悪感から目をそむけそうになった。

 しかし情報の取得が最優先であるため無理やり目を凝らす。4体ほどが並んだイソギンチャクもどきは、端の1体を除いて膨らんでいた。

 端の1体の根元には人間と思わしき干物が転がっており、さきの城門再生の原資にされたのではないかと推測した。


「確認した。こいつが本体かな? 中に捕まえている人間を使って再生しているんじゃないだろうか?」


「確証はねえが、その可能性は高いだろう。わざわざ離れた位置に隠れているところを見ると、恐らくだが戦闘能力は低いんだろうよ。やっちまうか?」


「よし! 端の奴を遠距離から攻撃して様子を見るんだ。いけそうなら倒して構わん」


 アベルの許可が下りたため、城門の上を見上げて一気に転移した。


 一瞬の眩暈めまいをやり過ごし、騒々しい物音を立てて城壁の上へと着地した。

 音に反応したのか、端の1体が6本ある触手をこちらへと伸ばしてくる。

 意外に素早い動きに驚きつつも、腰からミスリルナイフと海老鉈を引き抜いて先端を切り飛ばした。

 発声器官が無いためか、身をくねらせて悶えるイソギンチャクもどきに向かって、ミスリルナイフを投擲する。


 蒼い刀身を煌かせて飛翔したミスリルナイフは、イソギンチャクもどきの太い胴体に易々と突き刺さった。

 俺はグリップに取り付けたロープを手繰ってミスリルナイフを取り戻す。透明な粘液に塗れたナイフを振るって汚れを飛ばし、タオルで拭ってシースに戻す。

 鋭利な刃物は効果が弱いと見て、ポーチに入れておいた拳サイズの石をオーバースローで投げつけた。

 肉を穿つ湿った鈍い音と共に、周囲に肉片が飛び散り、命中した場所から直径50センチぐらいが深くえぐれた。


 露出した内部構造からデロリと内臓だか幼生だか分からないものが流れ出る。

 それらは外気に晒されると見る見る硬化して、艶を失い干からびていく。

 続いて本体も徐々に硬化を起こし、やがてボロボロと崩れ始めた。


「1体を撃破。予想通り戦闘能力はほぼ無いようだ。他の3体についても中身を捌いて見るよ」


 仲間にそう告げると、ミスリルナイフを引き抜いて魔力を通し、薄く長く延びるイメージを送り込む。

 魔力を帯びて翡翠色に輝く刀身は向こう側が透ける程に薄く、虫の翅にも見える。

 刃渡りはおそよ150センチほど、分類で言えば大太刀に匹敵する得物となった。

 ポーチから延長グリップを取り出して装着し、軽く一振りしてバランスを確認する。

 宙に燐光で線を引いて疾走はしった刀身は、思い通りの軌道を描く。


 俺は完全に硬化したイソギンチャクもどきを蹴り崩し、その先に鎮座する次の1体に向けて大太刀を振るう。

 横一線に放たれた斬撃は、イソギンチャクもどきの上部を切り抜けた。

 鋭利過ぎる刃が災いし、奴はそのまま触手を伸ばしてくる。仕方が無いのでわざと触手に絡まれ、こちらへと引き寄せると上端がズルリとずれて落下した。

 それに伴って下端も傾き、内容物をこちらへぶちまける。やはり肉色をした内臓のような何かと、粘液塗れになって痙攣している女性がこぼれ落ちてきた。


「要救助者を発見。恐らく生きているとは思いますが、どうしましょう?」


「命に別状がないようなら、邪魔にならないよう端っこに避けておけ。後で救援を向かわせる。先に残りを片付けろ」


 アベルのシビアで的確な指示を受け、通路の端に女性を寝かせると、同様の手順で残りのイソギンチャクもどきを片付けた。

 中からは中年の男性と、その妻と思わしき女性が出てきた。とすると先の女性は娘だろうか?

 三人をまとめて寝かせておき、ドクに急かされつつ下へと戻った。


 城門前まで戻ると、穴を通した向こう側に荷物を抱えた大男が居た。

 光の加減で青くも見える不思議な灰色の髪の毛を振り乱し、血まみれの体で真っ白のシーツを抱えていた。

 大男から滴った血が染み込んだのか、純白のシーツが赤黒く染まりつつあるが、全体のイメージとしては未だに白い。


「大丈夫ですか? こちらはアンテ伯マーティエル卿より派遣された者です。何がありましたか?」


 俺が大声で呼びかけると、彼は険しい表情を僅かに緩め、声を返してくる。


「こちらは王国近衛騎士団離宮警備隊長ユリウス・ヒエムスだ。今から城門を破る! 俺は取り込まれるだろうが、この荷を伯爵へと届けてはもらえないか?」


 死を覚悟した者特有の澄んだ表情を浮かべる男が、脇に抱えたシーツの塊を指し示す。

 躊躇の無い態度に、今まで赤黒珊瑚の隔壁があるたびに、犠牲を出しつつ逃げてきたというのが窺えた。


「その必要はないですよ。ここの隔壁は殺しましたから、もう再生はしません。少し離れてください」


 尚も言い募ろうとする男を制止して、大きく振りかぶって渾身の拳を叩きつける。

 レンガ塀をハンマーで殴りつけたかのような鈍い音と共に、赤黒い隔壁がごっそりと剥がれ落ちた。

 端々に欠片は残るものの、ほぼ門と同サイズの空隙が生まれ、それを見た男が舌打ちと共に荷物を抱えて横っ飛びに回避した。

 しかし男が予想したような再生は始まらず、俺は倒れた男を助け起こすべく王城側へと踏み込んだ。


 未だに己が見た事を信じきれない男ことユリウスは、俺と並んで城壁にもたれかかって座り込んでいた。

 もう暫くすれば伯爵の迎えが到着するため、それまでの間に水と食料を分け与えていた。

 彼は初めて見るカロリーブロックに訝しげな視線を向けていたが、一口齧ると貪るように食べていた。

 組織の高機能栄養食は、事情を知らない人に提供すると毒と間違われるため、私物の栄養補助食品を提供している。

 俺が真っ先に一口齧って見せたが、久々に口にするカロリーブロックはシンプルなチーズ味でしっとりとしていて美味い。

 組織の連中はもう少し味を重要視して欲しい。アレはなんと言うか痛い…… 既に食品に対する感想ではない気がする。


 流石にこれだけでは喉が渇くため、同社が製造しているスポーツドリンクもコップに入れて渡す。

 やはり先に一口飲んでから渡すと、豪快に喉を鳴らして飲んでいた。苦笑しつつお代わりを注いで渡してやるとユリウスが呟いた。


「先ほどは失礼した。助けて貰っておきながら刃を向けた事を赦して欲しい」


「いやいや、この通りの外見ですからね。化け物扱いは慣れています」


 格子状の隔壁ごしに会話していた時は、角が見えずに問題なかったのだが、助け起こした際に全身を見られ、ひと悶着あったのだ。

 彼は俺の手を振り払うと、背中から驚くほどに巨大な戦斧を取り出し、眼前に突きつけて身分の証明を迫られた。

 幸いにも伯爵代理たるコンラドゥスと彼は面識があり、コンラドゥスの書状で事なきを得たのだが、強者の放つ殺気は心胆を寒からしめた。


 俺たちが背にした城壁の向こうでは、恐らく『人狼』が必死に瓦礫を掘っているであろう音が聞こえている。

 周辺にあった瓦礫を文字通り掻き集めて、門にみっちり詰め込んだため、そう易々と掘ることは叶わないだろう。

 ユリウスが片時も離そうとしないシーツの中身も気になるが、馬車が石畳を走る音が聞こえてきたため、二人揃って立ち上がる。


 迎えの馬車がユリウスと荷物を載せて去っていくのを見送り、俺は一足先に伯爵邸へと転移した。

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