第213話 王都への道行

 アンテ伯領を出て数時間が経った。アベルとコンラドゥスは馬車に揺られて移動しているが、例によって重量制限で俺は徒歩で追従している。

 先を行く馬車が遠ざかり視界から消えない辺りで転移して追いつき、再びじりじりと引き離されるというのを延々繰り返しているのだ。

 王都へと通じる街道だと言うのに一切の舗装がなく、踏み固められただけの土の路面は乾いており、俺の体重を受けても音を上げる事なく支えてくれている。

 これが雨天ともなると路面が泥濘化し、途端に歩行は困難となるだろう。馬車という乗り物に憧れもあったのだが、俺が乗り込むとなれば金属補強を施し、4頭立ての馬車へと変更しないと動くことも出来ないという非情な試算が為された。


 当然馬も疲弊するため、急ぐとなれば替えの馬が必要になる。それも宿場ごとに4頭もだ。

 事前に計画を周知し、余裕を持った受け入れ態勢を整えていなければ無理な相談だと言うことで、現在の移動方法が採用されている。

 先を行くアベルからPDAに通信が入り、急いで転移で追いつくと馬車が勢いを殺して停車しようとしていた。

 馭者が馬を落ち着かせ、アベルがコンラドゥスを馬車内に押しとどめるようにして、車外へと降りてきている。


 前方を見やれば馬車からほど近い位置に、粗末な衣服をまとった血塗れの男女が倒れているのが見えた。

 男の方は意識が無いのかピクリとも動かず、女の方はかすかな呻き声を上げているようだった。

 アベルは急ぎ足で彼らに近寄ると、周囲を確認してから声を掛けた。


「おい! 大丈夫か?」


 ズドン! という腹に響く重低音と共に女の体が跳ね上がる。ジャコっと言う排莢の音と共にシェルが吐き出され、続けざまに次弾が放たれた。

 再びまき散らされた散弾が男の体をも吹き飛ばし、突然の凶行に対する嫌な沈黙が下りた。その間にもアベルは油断なくリロードをしており、再び万全の態勢で銃を構えている。

 アベルが放ったレミントンM870モジュラー・コンバット・ショットガンによる銃撃は、負傷者の男女を殺害するに十分な威力を持っていた。

 しかし彼らは蒸気を上げつつ体を起こすと、見る見る体を変異させていった。『人狼』だ。


「駄目だな。伝承通りなら有効かと思ったが、銀じゃ効果がないようだ。高かったんだがな、シルバーチップ。こいつはどうだ?」


 ズダンズダンとリズミカルに放たれた射撃に、千切れかかった足を再生中の『人狼』達は回避も出来ず、散弾の雨を再び浴びた。

 そしてその効果は劇的であった。悶え苦しみながら痙攣し、みるみる獣毛が抜け落ち、血の混じった泡を吹いている。

 アベルが放った銃弾に含まれるのは砒素と鉛とタリウムといういずれも有毒な金属の悪魔的カクテルである。『人狼』の再生に代謝が関与していると考え、代謝を阻害する毒物をぶち込んだ訳だ。

 アベルは馬車に戻るとビニールシートを取り出し、早くも息絶えた『人狼』の死骸に被せると道路わきに寄せ、ドクに通信で回収を指示している。


 どうしてアベルが『人狼』の偽装を見抜けたかについては空を見上げると答えが存在する。ドローンによる先行偵察を実施しているため、『人狼』達が自ら血を被って横たわる現場をアベルはていたのだ。

 故に最初からショットガンを携え、セーフティも外した状態で歩み寄り、いきなり発砲したという絡繰りであった。

 怪我人を装って攻撃を仕掛けるなどと言う使い古された手ではあるが、それゆえに有効な手段でもある。しかし、仕掛けている現場を見られてしまってはどうしようもない。


「今回の『人狼』は萎れないんですね。これで生態が判ると良いんですが……」


「まあ安全を考慮して過剰な毒物をぶち込んでいるからな。後は回収部隊とドクに任せるとしよう」


「それではどうします? このままゆっくり進みますか? 何度も襲撃されるのは面倒でしょう」


「そうだな。中継器を設置しながら転移で移動するとしよう。幸いサンプルも手に入った、これ以上襲撃を受ける必要はないだろう」


 そう言うと俺とアベルはPDAを突き合わせ、経路を相談し始める。中継器設置の他にも絶対に通らねばならないチェックポイントがあるため、ルート選択が煩雑になるのだ。

 全行程をすっ飛ばして王都へと向かっても良いのだが、それをすると途中の領地を正規の手段を踏まずに通過したとなり、痛くもない腹を探られるはめになる。

 故に面倒だろうと通行税を払い、チェックポイント通過のスタンプを貰う必要があるのだ。潔白を証明するために赴くというのにインチキをしていては心証が悪くなる。

 まあ有罪は確定しているので、別段気にする必要もないのだが、世の中建前というのも存外重要なのである。


 経路策定を終えると、アベルは馬車へと戻り、俺はドクにドローンの回収ポイントとバッテリーの交換計画を伝え、馬車と共に街道より掻き消えた。

 青いブルーシートに覆われた『人狼』の死骸と、乾いた大地を黒く染める血痕のみが惨劇の現場であると示していた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 慌ただしい足音と共に扉が繰り返しノックされた。


「何事ですか? 騒々しい。神は静謐を好まれます、どのような状況であっても落ち着いて行動しなさい」


 両目を包帯で覆った司祭が修道士をたしなめる。しかし上位者から注意されたのも意に介さず、彼は慌てたまま報告を述べる。


「司祭様、大変です。アンテ伯マーティエル様の名代、コンラドゥス様が王都へお越しになり、法王猊下への面会を求めておられます」


「なんですって!? それは本物なのですか?」


「間違いございません。紋章官も確認しておりますし、面識のある貴族からも確認が取れております。現在は貴族街にある邸宅にご滞在中とのことです」


「破門を告げた使者が戻らないうちに、どうやって伯爵が王都に…… (いや、あり得るか) 判りました。私はこれより大司教閣下に面会を求めます。貴方は私の護衛騎士を呼んできて下さい」


 修道士は一礼すると指示された作業をこなすべく、足早に立ち去っていった。盲目の司教は面会を求める書状をしたためつつ、来訪者たちについて思いを馳せる。

 彼らは馬鹿馬鹿しい程巨大な馬車を、魔術で一瞬に移動させる。今回の王都来訪もそれで実現したのであろう。王都とアンテ伯領の距離を考えれば、それほどの大魔術を何度も行使できはすまい。

 今ならば彼らも弱っているはずだ。法王猊下とアンテ伯代理との面会が実現する前に、一刻も早く亡き者にせねばならない。

 自ら死地に飛び込んできた間抜け達を搦め獲る網を作り上げる必要があった。敵地であるアンテ伯領では後れを取ったが、王都はこちらの本拠地である。取り得る手段の数が言葉通り違うのだ。


 彼は書き終えた書状を書記官に託し、アンテ伯代理一行を亡き者にする計画を練り始めていた。

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