第212話 王都への出発

 楽園教法王からの破門状を受け、オリエンタリス砦にて対策会議が繰り返し開かれていた。

 破門状に付随した書状には申し開きを受け付けるとあるが、伯爵が王都に出向くのは論外であるため議論が難航していた。

 しかし一切の申し開きをしないとなれば、破門状の内容を事実だと追認したとみなされるため、事実無根の言いがかりが公式に事実だとして扱われることになる。

 行くも破滅、行かずとも破滅という進退窮まる状況を解決して見せたのは、ドクの何気ない一言だった。


「だからよ。代理人が認められるなら、シュウが王都で裁判に出席して、そこで回線を通して伯爵に喋らせたら良いんじゃねえの?」


「え!? そんな責任重大なこと振られても困るよ」


「シュウに政治的駆け引きなんざ誰も期待してねえよ。シュウは向こうでプロジェクタとカメラ設置して、双方向通信を確立するだけで良いんだ」


「ああ、なるほど! テレビ会議やるのね」


 我が意を得たりと頷くドクに代わって、提案の要点を掻い摘んで伯爵達に伝える。

 テレビ会議の利点は遠距離間であってもリアルタイムでの意思疎通ができることにある。アンテ伯領に居ながらにして、王都での裁判に出席できるし、こちら側の証拠や証人を消される心配もない。


「しかし、それでは皆さまが途方もない技術を持っていると言う事が露見し、各勢力から狙われることにもなりかねません」


 コンラドゥスが懸念を述べるが、今更な話である。


「我々の内情に詳しいマラキア卿がフレデリクス司教と共に逃亡しているのです。既に知られていると思って問題ないでしょう。それに知られた程度で対策できるものでもありませんし」


「問題はシュウ一人に行かせる訳にも行かない点だな。恐らく肉体強度的には一番丈夫だろうが、ぼーっとしてるから危ういんだ。あと外見で難癖を付けられるってのもあるな」


「それならば伯爵家の名代みょうだいとして私が参ります!」


 コンラドゥスが自ら名乗り出る。暗殺を回避するための手段なのに、伯爵家の人間が出向くのでは本末転倒だ。

 俺がそう思って伯爵へと目を向けると、彼は眉根を寄せて考え込んでいる。伯爵直系の男子はコンラドゥスしかおらず、後継者を危険にさらすのは悪手ではないのだろうか?


「コンラドゥス、其の方に任せる。見事アンテ伯家の潔白を証明して参れ!」


「はっ! ご下命確かに承りました」


 俺が目を剥いて驚いていると、コンラドゥスがほほ笑みながら話かけてくる。


「ご心配には及びません。私もみすみす死ぬつもりはありませんが、最悪命を落としたとしても姉上や妹たちが居りますので、後継者には困りません。

 それにシュウ殿にお守り頂けるなら危険などありますまい。誰かがやらねばならないのなら、上位の者が率先して範を示すのは当然の義務です」


「シュウだけでなく私も同行しましょう。シュウに足りない部分を私が補えば、万全の警戒態勢が取れるでしょう」


 そうアベルが請け負うと、この案は承認された。

 計画の細部を詰めつつ、準備に奔走していると、あっと言う間に出発日となってしまった。

 伯爵をはじめとした騎士たちに見送られ、俺たち一行は西大門より王都に向けて旅立っていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「おやおや、そんなにお急ぎで、どちらにお出かけかな?」


「っ!!」


 突然投げ掛けられた声に、物陰に身を潜めつつ移動していた人物が振り返る。


其方そなた、夜間外出禁止令が出ておるのを、まさか知らぬはずがあるまい」


 突如身を翻し、脱兎のごとく駆けだした人物の足が払われ、地面へと引き倒される。

 逃げようとした方向にも既に人員が配置され、完全に包囲されていることを悟った人物は項垂れた。

 騎士たちに押さえつけられ身動きが取れないまま、目から下を覆っていた布切れを取り上げられる。

 そこにはコンラドゥス達の出発を見送った騎士の顔があった。


「宗教とは恐ろしいものよ。同じ釜の飯を食い、共に背中を守り合った仲間すら売らせるのだから」


「裏切ってなどいない! 仲間が悪の道に踏み込もうと言うのを正してやることこそ、騎士の取るべき行いだ!」


「直接本人には言わず、こそこそと仲間を売るのが正義か。己自身が後ろめたいからこそ、こうやって隠れているのであろう?」


 図星であったのか、顔を背けて押し黙る騎士を無感情に見下ろし、厳かに告げた。


「いずれにせよ、貴様の言い分があるなら閣下の前で述べよ。連れて行け」


 来訪者の警戒網を敷設して以来、平民貴族を問わず連日捕縛者が出ている。

 まさか騎士団の中にすら裏切り者が居ようとは、警邏隊長は思わず天を仰ぎ見る。

 姿を見せている間は夜を駆逐し、本来の月を隠してしまうことから『魔性の月』と呼ばれる『テネブラ』だけが、静かに人間たちを見守っていた。

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