第211話 楽園教の思惑

 結局逃亡した教会関係者は発見できず、領外へと続いていた地下通路は埋められた。

 救貧院の院長に関する尋問にはドク達も加わり、徹底的に情報を引き出したが、重要な情報を知らされていないのが判明しただけだった。

 領外への脱出については西大門の騒ぎが発生する前に行われており、今から追跡したとして発見できる見込みは少ないと判断された。


 そして有効な対策を打ち出せないまま、領土への出入りを警戒し続けるだけの日々が暫く続いていた。

 俺は伯爵から納められた家畜たちを神域の島へと移送したり、伯爵と連携して領内の警戒網を構築したりしていた。

 基本的には待ちの態勢であり、のんびりとした空気が流れていたのだが、慌ただしい蹄の音で終わりを告げた。


「騎上より失礼します。シュウ様、アベル様。閣下より急ぎの面会要請がございます。砦へお越し願えますか?」


 伝令の騎士が馬に乗ったまま要件を伝えてくる。余程急いだのだろう、馬は乗り換えが必要な程に疲労しており、騎士自身も息が荒い。


「判りました。私とアベルで直接向かいます。使者殿は暫くこちらでお休みください」


 そう言って騎士を休ませると、俺とアベルは伯爵の居るオリエンタリス砦へと直接転移した。

 先方も転移してくると事前に察知していたのか、出現地点に従士が待機しており、そのまま執務室へと通される。


「おお! お待ちしておりましたシュウ殿、アベル殿。こちらへお掛けください」


 執務室では平服姿の騎士たちが頭を突き合わせており、アンテ伯領にとって重大な事件が発生していることが窺えた。


「改めて経緯をご説明します。まずはこちらをご覧ください、先ほど西大門へと届けられた法王猊下からの書状となります」


 直筆の文書ではあるのだろうが、おそらく代筆されており、署名のみを法王が行っているためか、内容に関する情報を読み取れない。

 コンラドゥスに読めない旨を伝えて、内容を要約して貰うと次の通りだった。

 まず楽園教教会に対する襲撃及び教会関係者殺害についての糾弾。次いで難民を誘い込んで虐殺し、その財産を奪った罪の告発。

 そして楽園教教会からの破門宣告と神敵認定という凄まじい内容だった。


「なるほど彼らの狙いはこれだったんですね。アンテ伯及び領民全てを敵とするための大義名分……」


「ふん、という事は逃げた奴らは王都で消されているな。絶対に生存を知られる訳にはいかないからな。殺されるために王都へ向かうのか、馬鹿馬鹿しくて呆れるな」


 アベルが吐き捨てるように言うが、事件を起こされた時点で負けが確定する恐ろしい計略だった。


「伯爵! 弁明はされないのですか? 現場を見た証人や、領内の騎士が殺害された証拠があるじゃないですか」


「シュウ殿。申し開きをするには王都へと向かわねばならぬ。そして宗教裁判が開かれるのだが、結果は最初から出ているのだ」


「つまり証拠など関係なく有罪になると?」


 伯爵は重々しく頷いた。現代であればあり得ない横暴だが、この世界ではそれが通ってしまうらしい。

 仮にも王族に連なる辺境伯を、法王の一存で破門に出来るものなのだろうか? 政治的圧力をかけて、穏便な落としどころを模索出来ないかと考えていると伯爵が口を開いた。


「これは宣戦布告と捉えるよりほか、ありますまい。下手したてに出ればどんな要求を突き付けてくるか、わかったものではない」


「では、楽園教と敵対されるのですか?」


「幸いにも我が領土は、自領のみで自給自足できております。食料自給率の悪化も、シュウ殿のサツマイモによって大きく改善しました。

 そもそも独立独歩がアンテ伯領の気風。実りの奇跡など、シュウ殿の堆肥に比べれば効果の怪しいしろものです」


 しかし腑に落ちない。いくら国教とは言え、ここまで強硬な態度に出る前に国王なりの執り成しがあったのではないだろうか?


「これは極秘なのですが、現国王は病床にあり、宰相が執務を代行しております。この宰相は楽園教の敬虔な信徒でもあります」


 コンラドゥスの補足で、絡繰りが見えてきた。穀倉地帯であり、食料に余裕があることを理由に、大量の難民を押し付けて兵糧攻めにされていたのだ。

 もっと早い段階で、楽園教はアンテ伯領を教会直轄地にでもしようと言う野心があったのではないだろうか?

 これは侵略戦争なのだ。のこのこと王都まで釈明に出かければ、生きて領地を踏むことは叶わないだろう。


「ほどなく王都で討伐軍が組織され、我が領へ向けて進撃してくるでしょう。戦い自体は我ら騎士の務め、シュウ殿のお手を借りるまでもないのですが、『人狼』や『吸血鬼』と言った異形の者を使ってくる可能性が考えられます」


 西大門で捕縛した『人狼』は拘束したのち、尋問を行おうとした際に急激に萎れて死んだらしく、何も情報を得られていない。

 何の前触れもなく、突如として水分を失って干からび、獄吏ごくりの前で風化して砂のようになったと聞いている。

 相手の手の内が読めないというのに敵対せざるを得ない状況に忸怩たるものを感じるが、既に我々は後手に回っていた。


「そのための早期警戒網ですよ。夜間外出禁止の戒厳令を敷いて頂ければ、相当の精度で不審者を発見できますし、即座に対応もできるでしょう」


「おお! 頼もしいお言葉、ありがたく思います。領内の内偵を進めておりますが、恐らくは他にも密通者がいるでしょう。奴らに勝手な動きをされぬためにも、シュウ殿達のご助力を頂きたい」


「これはある意味で、好機ですよ。楽園教の不正を暴き、王位を簒奪せんと企てたとして逆に追い詰めてやりましょう!」


 先走って話を進めているが、アベルから制止もかからないところを見ると、許容範囲内であるのだろう。

 ちらりとアベルを窺うと、渋面を作りつつも頷いてくれたため、伯爵に協力する方向性で間違いはないようだ。

 伯爵に我々も一度仲間と相談して対策を立てると告げ、その場を辞して『カローン』のある旧オリエンタリス砦へと転移した。

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