第197話 大襲撃04
ガリッ!
強く噛み締めた奥歯を覆っていた容器が砕け、中の薬液が喉を焼きながら嚥下される。
即効性は伊達ではないらしく、煮え滾っていた頭に理性の光が戻ってきた。
ドクが準備してくれていた
元々俺は戦闘要員ではない。偶然巨大ヤドカリと巨大鰐を仕留めたからと言って、力が強いだけの素人であることに変わりはない。
攻撃に緩急や連携をつけられるとすぐに許容範囲を越えてしまう。
幸いにも致命的なダメージを受けた訳ではなく、体のどこにも不具合はなさそうだ。今のうちに策を立て、頭脳戦で優位に立つ。
まずは戦力分析だ。間合い、スピード、攻撃力で双方の戦力を比較する。
間合いは、圧倒的に相手が有利だ。そもそも大きさが違う。懐に潜り込んで交差する瞬間にしか攻撃を当てられないが、クロスレンジを維持できれば一方的に攻撃可能だ。
次にスピード。
最後に攻撃力。双方共に決定打となる攻撃力に欠けている。俺のナイフでは奴を切断するに至らないし、あの再生能力を考えるとダメージの蓄積も難しい。
通常の戦力分析ならばこちらが不利だが、こちらには特殊能力と魔術と言う切り札がある。腰のポーチにある『龍珠』とリンクし、加速した思考で作戦を練り上げた。
騒々しい咆哮を受け、振動する瓦礫を撥ね退け、ゆっくりと体を起こした。
奴がこちらに背を向けている隙に、地面に落ちている槌を拾い、海老鉈を腰に戻す。最初に落とされた騎士の傍に転がる大盾を引き寄せると、これも落ちている短槍を拾い上げ、全力で奴に投げつけた。
当たりさえすれば良いと思って投じた短槍は捕食者の大腿部を貫通した。完全には突き抜けず、串刺しとなったまま揺れている。
背後から痛撃された捕食者は絶叫と共に振り返り、クロールをするように地面を腕で漕ぐようにして突進してきた。
俺は慌てずに大盾を拾い上げ、前面に掲げて迎え撃つようにこちらも突進した。
轟音と共に激突し、金属製の盾が歪むが突進を食い止め、奴の攻撃が当たらない懐へと飛び込む事が出来た。
この距離に入り込むと、奴に残された攻撃手段は噛みつきしかなく、頭上から襲い来る噛みつきを躱して、槌の一撃を脳天に叩き込んだ。
鱗で滑り、致命傷には至らないものの、脳震盪でも起こしたのか横倒しになる捕食者。
その隙にカルロスが銃撃した右後ろ足の関節へと槌の追撃を入れ、漆黒の甲殻を砕いた。
持っていた槌を投げ捨てると、腰の
狙い通り蒼い短剣は魔力を帯び、向こう側が透けて見える緑の長剣と化した。
薄く燐光を纏う長剣を振り下ろし、然して抵抗を感じることなく、右後ろ足を切断する。
捕食者の絶叫が上がるが、構わず切断した脚を遠くへ放り投げる。
と、奴の胸郭が膨れ上がり空気を吸い込む音がした。咄嗟に俺は盾の背後に隠れ、両手で耳を押さえて耐える。
衝撃波を伴う咆哮を受け、再び距離を空けられた。
俺の勝機は密着した間合いにしかない。瞬間移動で間合いを詰める事も可能だが、それをすると視野の混乱からどうしても一瞬の隙が出来てしまう。
果たして捕食者は両腕と残った左足で大地を突き放し、飛び掛かりざまに爪撃を放ってきた。
大振りな右の爪撃はフェイントだった。そのまま地面を掴むと、そこを支点に体を振り回し、長大な鞭と化した尻尾が振り下ろされる。
凄まじい攻撃半径と、純粋に大質量の攻撃は受けることも回避することも許さない詰みの一撃であった。
だが極限状態にこそ活路があった。俺は上空へと転移すると、尻尾の一撃を大きく回避し、一瞬の眩暈を自由落下のままやりすごし、全体重を載せて奴の背中に斬撃を見舞った。
俺が放った決死のカウンターは、奴が尻尾を叩きつけた反動で動いた事もあり、狙った箇所を大きくはずれて命中した。
尾を引く流星のような斬線は捕食者の尻尾を根元から断ち切った。
本体から分離し、別の生き物であるかのようにビチビチと跳ねる尻尾を遠くへ蹴り飛ばし、傷ついた捕食者と向かい合った。
睨み合ったのは一瞬。奴はまたしても跳躍からの攻撃を選択し、俺は歪んだ盾を構えて迎え撃つ。
全体重をかけて圧し掛かるような噛み付きに、俺は歪んだ盾をその顎へと突き立て、両足で踏ん張って押し返す。
ブーツが深く地面を抉り、大きく後ずさったが耐えきった。突き立てた盾を押し付け、伸びきった首へと刃を走らせた。
全身に返り血を浴び、凄まじい姿になりながら盾に噛み付いたままの首を掲げ、勝利を示す。
静まり返った砦に歓声が轟き、皆が足を踏み鳴らし、俺を称える声が聞こえる。
城壁のコンラドゥスを見上げると、側にはカルロスとウィルマの姿があった。カルロスは腕を掲げて無事をアピールする。
狙撃姿勢では咄嗟に動けないが、ウィルマがカルロスを助け、避難させてくれたのだろう。
やっと安心して一息ついた途端に腰が抜けた。その場で大の字に寝転がると、天を仰いで呟いた。
「早く帰ってシャワーを浴びたい……」
皆が望む英雄の台詞ではないだろうが、俺にはこの程度がお似合いだ。駆け寄ってくる足音を聞きながら、いつまでも『テネブラ』を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます