第196話 大襲撃03

 最初に状況を動かしたのは乾いた破裂音。

 石造りの砦に反響する銃声と共に放たれた12.7ミリ弾が穿ったのは捕食者プレでターの右後ろ足だった。

 人間で言うところの踵に相当する、鳥類のような逆関節の部位に銃弾が炸裂し、その絶大な運動エネルギーを解放し関節を破砕した。

 この至近距離で人間に命中すれば血煙となってしまう銃弾を受けて、あの程度の損傷で済んでいる捕食者は呆れるほどに頑丈だ。


 しかし構造上どうしても脆くなる関節部をピンポイントで破壊されたため、捕食者は絶叫すると体勢を崩して地に伏せた。


「今だ! 勇敢なる騎士たちよ! 我等アンテ騎士の武勇を我が前に示せ!」


 コンラドゥスの命を受け、城壁に陣取っていた騎士たちが短槍を投じる。

 高所の有利を活かし重量のある槍を投げ落としたというのに、漆黒の鱗を貫けた槍は皆無であった。

 短槍が弾かれたのを見た騎士たちは、その手にしていた槌をも投げ落とした。

 さしもの鱗も重量物の衝撃は殺しきれず、捕食者は打ち据えられて起き上がれずにいた。


 地階に控えていた騎士たちは大盾を構えて駆け寄り、盾を並べて壁となし、銃撃された右後ろ足へと槌を見舞った。


 捕食者は両腕と無事な方の後ろ足で体を支えているため、頭と片腕のみしか自由に振るえず、騎士たちが優勢かに見えた。

 捕食者は体を縮めると胸郭が膨れ上がり、衝撃波を伴う咆哮を放った。

 至近距離でまともに咆哮を受けた騎士たちは、吹き飛ばされ頭を押さえてうずくまる。

 周囲から敵を排除した捕食者の傷口が泡立ち、蒸気を噴き上げつつ見る見る間に修復されていく。

 しかも元通りになるどころか、関節を包み込むように漆黒の甲殻が盛り上がり、逞しい足が再び大地を踏みしめた。


「ま…… 魔獣だ!!」


 城壁に残った騎士が呟いた。通常の生物ではあり得ない再生を果たした捕食者は、未だ立ち直れずにいる騎士たちに襲い掛かろうとした。

 そこへ再び乾いた銃声が轟く。前回と寸分違わぬ場所への銃撃。しかしそれは分厚い甲殻に阻まれ、関節を砕くに至らなかった。

 カルロスの銃撃を脅威と判断した捕食者は、周囲に転がる槌を両腕で掴むと、狙撃点に向けて投げつけた。

 空気を裂いて飛翔した槌は、カルロスが居たであろう尖塔を基部から破壊し、折れた尖塔がゆっくりと傾いでいく。

 呆然と事態の推移を眺めていた俺の感情が沸騰した。大切な仲間を奪った敵への殺意が心を染めていく。


 銃撃を封じた捕食者は、未だ衝撃から立ち直れない騎士たちへと歩み寄り、その剛腕を振るい引き裂こうとした。


 その致命の一撃は掲げられた一本の刃によって受け止められた。容易く人を押しつぶす怪力を海老鉈の背で受け、俺は渦巻く激情のままに吼えた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 猫科の猛獣が放つ喉を震わすような咆哮が、シュウ殿から放たれた。城壁から一瞬で敵の前に移動し、騎士たちの窮地を救った恩人だが、その咆哮は禍々しく聞こえた。


 私は咄嗟に動けない騎士を救助するよう指示を出し、階下に居た騎士たちが盾を構えながら仲間を引きずって、二頭の怪物から距離を取り退避していく。


 お互いを敵と認識した怪物たちは睨み合うが、その間には絶望的なスケールの差が存在した。

 四足獣の体勢を取って尚、シュウ殿の二倍以上ある体高に、横幅に至っては比べるのも馬鹿馬鹿しい差がある。

 先に動いたのは捕食者だった。無造作に間合いを詰めると、両腕を広げて左右の逃げ場を奪い、鋭い顎でシュウ殿を噛み砕かんと襲い掛かった。

 私は次の瞬間、あり得ない物を目撃した。あろうことかシュウ殿は、捕食者の噛みつきへ己の拳を叩きつけた。


 体格差は大人と子供どころか、幼児と赤猪ほどもある。ただの拳などなんら痛痒を与えないはずだった。


 『牛攫いアバクトール』ほどもある巨体が真横へと弾け飛んだ。シュウ殿は拳を振り抜いた姿勢から右手に黒い刃、左手に蒼い短剣を構えて駆けだした。

 両腕と両足で踏ん張り衝撃に耐えた捕食者は、向かい来るシュウ殿に向けて後ろ足で大地を蹴り、猛然と飛び掛かった。

 巨体から振り下ろされる爪撃を黒い刃でいなし、踊るように体を翻すと蒼い短剣ですれ違いざまに後ろ足の付け根を斬りつけた。

 両者が交差し、勢いのまま通り過ぎて互いに敵へと振り返った。捕食者の後ろ足から鮮血が噴き出した。

 撫でたようにしか見えない斬撃は、強固な鱗を切り裂いて、その筋肉を断っていた。絶望的に刃渡りが足りないため、致命傷には程遠いが、カルロス殿の攻撃以来、初の有効打となった。


 シュウ殿の攻撃は反撃が主体となっていた。相手の攻撃を受け止め、または受け流し、その隙に逆側の刃で斬りつける。

 強かに殴られて以降、捕食者は噛みつきを控えていたが、やがて焦れたのか爪撃の合間に織り交ぜるようになった。

 左腕で牽制し、噛みつきをバックステップで躱され、距離が空いたところに本命の右爪撃が叩き付けられる。

 相手の攻撃が多彩になるにつれて、シュウ殿は防戦一方となり、追い詰められていった。

 手を貸そうにも、恐ろしい速度で交差しあう怪物たちの決戦に、人間が立ち入る余地はなかった。


 そして決定的瞬間が訪れた。左右の爪撃から二回の噛みつき、流れるように体を翻し、その長大な尾が振るわれた。

 斜め上方から叩きつけるように振るわれた尾は、死の瀑布となってシュウ殿に襲い掛かり、シュウ殿は壊れた人形の如く、薙ぎ払われ砦の壁へと叩き付けられた。

 凄まじい衝撃と共に壁が崩れ、シュウ殿を覆い隠していく。捕食者はその狂暴な双眸を振り向け、その力を誇示するかのように大きく咆哮した。

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