第195話 大襲撃02

 それは自分を引き離しながら疾駆する七面鳥の群れを必死に追いすがりながら自問していた。

 何故自分はこれほどに弱いのか、何故繁殖期を迎えた雄の誰よりも遅いのか、何故何故何故?

 それは特異な個体だった。走ることに特化した七面鳥に於ける変異種とも言えた。足が遅い分、知恵が回り、周到に計画を練って狩りをする頭脳と獲物を倒す強い顎の力を持っていた。

 一方で走ることに先鋭化した七面鳥の平均から大きく劣る走力は、加齢による老化が見え、ただでさえ遅い走りを一層遅くしていた。


 餌を得るのに困る事はないが、雌を得て子孫を残すことは叶わない。生物としての本能が淘汰に抗えと叫んでいた。

 繁殖期の度に王を目指し必死に駆けた。しかし結果は常に最後尾。初めて繁殖期を迎えた若造にすら劣る足の遅さが恨めしい。

 己の遺伝子を受け継ぐ子孫を残したい。しかし群れを作る資格を得る試練に打ち勝てない。

 いつしかそれは走るのを止めていた。馬鹿馬鹿しい、足が速い事に何の意味がある。生き残れなくては意味がない。


 それは頭脳で種の方向性を越えた。逃げることに特化し、誰も追いつけない逃げ足を持つのではなく、襲い来る外敵を倒す捕食者の道を選んだのだ。

 そしてその異端の存在に、姿を現しつつあった『テネブラ』はほほ笑んだ。熱を帯びない玲瓏たる輝きが多量の魔力とともにそれを包み込んだ。


 飛ぶことをやめた翼は鋭い鉤爪を備えた逞しい腕へと変貌し、四足獣の姿となって地を掴んだ。

 鋭い嘴は強靭な顎となり、ナイフのような歯列を備えた鰐のような口となった。元より太く力強かった後ろ足は更に太くなり、前脚と同じく鋭い爪を生やして大地を踏みしめる。

 すっかり退化してしまっていた尾は長く伸び、頭から尻尾の付け根までと、付け根から尻尾の先端までの長さが等しい程の長大さを備えた筋肉の塊となっていた。

 全身を覆っていた黒い羽毛は漆黒の鱗へと変貌し、かつての面影を残すのは前脚に残る被膜を備えた翼だけとなった。


 新たな種となったそれは鋭い爪を用いて器用に梢へとよじ登り、敵を広く察知するための側面から、獲物を捕らえることに特化した前方へと、その位置を変えた両目で地上を窺いつつ機会をまった。


 やがて繁殖期の求愛レースは終わりを告げ、勝者となった一際大きい七面鳥が悠々とその姿を現した。

 堂々たる体躯と素晴らしい俊足、彼はこれより雌達の許へと帰り、己の遺伝子を残す栄誉に浴すことになる。

 しかしその王者の走りは樹上より走った漆黒の稲妻によって大地へと縫い止められた。

 彼が最期に目にしたのは、かつて最後尾を走っていた鈍足の変わり果てた姿であった。


 七面鳥の王を喰らった異形の存在は、山のふもとでその産声を上げた。

 そして本能の赴くままに四つ足で駆け出し、時に飛び跳ねてはかつての面影を僅かに残す被膜のある翼で滑空し、元同胞たちを次々とその牙にかけていった。


 七面鳥たちは執拗に追いすがる捕食者プレデターの姿に怯え、本能のままに先頭を走る仲間を目指して追いすがる。

 散り散りに逃げていく七面鳥たちを追いかける捕食者は、一番数が多かった砦へと向かう集団を追いかけた。

 逞しい後ろ足で地面を蹴って跳び上がり、樹木の幹で撞球反射すると滑空しつつ追いすがる。

 上空より襲い掛かり、その剛腕を振るって叩き伏せ、強靭な顎で噛み殺し、死の断頭台と化した尻尾を叩きつけて圧殺する。

 絶命した元同胞たちを顧みることなく駆け出し、大気を揺るがす爆音となった咆哮を放った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 間隔の長い二点鐘は単体だが強敵の来襲を告げる警報だと、コンラドゥスが教えてくれた。

 狂暴な七面鳥たちの襲撃だけでも災難だと言うのに、恐らく七面鳥を狙った肉食獣が迫っているのだろう。

 コンラドゥスは門衛に命じ、通用口の跳ね橋を巻き上げ、砦への入り口を完全に封鎖した。

 騎士たちはそのまま待機し、従士たちが弓を携えて壁上の凹凸状になった胸壁へと殺到した。


 緊張に包まれた砦へと静寂を切り裂いた咆哮が響き渡る。ビリビリと大気を揺るがす咆哮に耳を押さえた従士に、黒い影が疾走はしった。

 胸壁を踏みつぶし、従士を顎に咥えつつ、更に両腕でも従士を引き裂いた巨獣が突如として出現した。

 見上げる程の巨体は体高5メートル近くに迫り、張り出した両腕が異様に長く、蝙蝠のように指が変形したのであろう被膜を備えた翼が横に伸びていた。

 咄嗟に盾を構えた騎士が長大な尻尾で叩かれ、城壁から地面へと激突する。金属がひしゃげる音と共に地面を跳ね、転がった彼は恐らく生きてはいまい。


 一瞬にして数名の命を奪った殺戮者は咥えていた従士を噛み砕き、両腕で圧し潰した従士をその顎にかけて咀嚼していく。

 その凄惨な光景に誰もが動けなかった。骨ごと犠牲者を噛み砕いた殺戮者は再び吼えた。

 耳をつんざく咆哮は衝撃波となって騎士たちに叩きつけられ、怯んで棒立ちとなったところ目がけて捕食者が疾走する。

 両腕で大地を掴み、這うようにして疾駆する影は恐ろしい勢いで騎士たちに迫った。


 幸運だったのは捕食者が重すぎたこと。最初の着地の衝撃と、凄まじい咆哮で脆くなった城壁がその体重を支えきれずに一部崩れ、襲撃者は城壁の内側へと落下した。

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