第194話 大襲撃01
俺とカルロスは砦壁面に設けられた通用口に張り付いて作業をしていた。非常に繊細な作業であるため、呼吸を止めて固定具を壁面に埋め込むと、衝撃で抜けないように補強した。
「カルロス! そっちはどうですか? こちらは終了しました」
「問題ない。もうすぐ上下二ヶ所の設置が完了する。シュウは騎士どもが絶対に近寄らないよう念押ししてきてくれ」
「了解。ついでにウィルマの作業も見てきます。余裕があれば手伝ってきますよ。あちらは人手が必要でしょうし」
無言で首肯するカルロスに背を向けると、全体の指揮を執っているコンラドゥスの許へと向かった。
コンラドゥスは定期的に齎される他砦の情報や、オリエンタリス砦の状況を纏めつつ、騎士や従士たちに指示を飛ばしていた。
俺が近づいてくるのに気づくと、周囲の者を下がらせ迎えてくれた。
「シュウ殿。首尾の方はいかがですか? そのご様子ですと、上手くいきそうですか?」
「ええ、ほぼ作業は完了しました。今仲間が最後の仕上げをしています。つきましては一つお願いがございます。
事前に申し上げましたが、あれが設置された通用口は非常に危険です。我々が安全確認するまでは誰一人として近づけないよう徹底してください。
視認する事すら不可能なので、うっかり踏み込まれれば命の保証はできません」
コンラドゥスは喉を鳴らしつつも了承し、伝令を走らせると全部隊に絶対命令として通達させることを約束してくれた。
「計算上は9割以上の七面鳥を仕留められるはずですが、僅かに討ち漏らしが出ることが予測されます。
私はそちらの対処を支援するべく、仲間の許に向かいます。何か御用があればこれでお知らせください」
そう言って携帯通信機を渡す。電波式のチャチなトランシーバーだが、操作ボタンは一つしかなく、ボタンを押せば俺のPDAに向けて信号を発信するだけの機能しかない。
俺の言語理解は特殊能力を用いたインチキなので、通信機越しに話されても内容が理解できないための苦肉の策である。
試しにボタンを押して貰い、PDAから着信アラームが響くのを確認し、その場を辞してウィルマの許へと向かった。
PDAの位置信号を頼りにウィルマを探すと、大勢の人間が車座になり、一心に何やら作業をしている奇妙な光景を目にする。
彼らは麦藁を撚り合わせ縄を
自然石だけに不揃いな石に縦横にロープを懸け、もやい結びでしっかりと固定し、振り回しても石が落ちないかを確かめていた。
「ウィルマ、順調ですか? 手伝いが必要かと思ったのですが」
「ああ、シュウ。丁度良いところに! 今回だけならそれほど数は要らないのですが、今後も必要になりますからね、手ごろな石が足りないので、少し岩を砕いて貰えますか?」
そう言って一抱えもある岩塊を指さしてくる。俺は軽く頷いて了承を示すと、腰から海老鉈を抜いて刃を返し、分厚い背側を下に向けると手首のしなりを利かせて岩塊に叩きつけた。
キンというガラスのような澄んだ音と、ゴバリと言う岩が割れる音が同時に響く。然程力を込めたふうでもないのに、岩塊が無数の石片へと変貌する様に皆が唖然としていた。
「これぐらいあれば良いですか?」
「十分です。そちらの準備は終わったのですか? カルロスの姿が見えませんが」
「間もなく終わるでしょう。カルロスも作業が終われば持ち場に就く予定です」
俺は試しに出来上がっている武器を手に取ると、ロープの中央付近を持って石を錘にして振り回す。
サイドスローの要領で軽く放り投げると、それぞれの石が別方向へと広がりながら飛び、柱に巻き付くように命中した。
ウィルマ達が作っていたのは原始的な狩猟具の『ボーラ』である。安定性を考えるなら三石式のボーラの方が良いのだが、数を揃えるのに手間がかかるため二石式の単純なものを用意している。
『ボーラ』はロープの中央を持って振り回すのさえ意識すれば、訓練していない素人でも範囲攻撃が可能となる投擲武器だ。
七面鳥の足にでも巻き付けば、自由を奪って転倒させることができる。奴らが恐ろしいのはその機動力であり、それさえ奪ってしまえば無力な鳥に過ぎない。戦闘訓練を積んだ騎士の敵ではないだろう。
出来上がった『ボーラ』は従士達の手によって次々と運び出され、城壁の上で襲撃に備えている騎士へと手渡される。
本来『ボーラ』は地上もしくは騎乗状態で投げるものなので、壁上から投げ下ろしても効果が薄いのだが、そこは数でカバーすることになっている。
瞬時に地上と壁上を行き来できる俺ならば、水平に投げることもできるため、俺も一つ『ボーラ』を受け取ると何時でも投げられるように腰のベルトに括りつけておいた。
各員が持ち場に就き、天頂に輝く『ソラス』が傾き始めたころ、物見櫓から間隔の狭い八点鐘が鳴り響いた。
けたたましく大地を叩く足音が迫り、空堀に渡された丸木橋を荒々しく踏み鳴らし、怒涛の勢いで通用口から七面鳥が溢れた。
と、次の瞬間。周囲が鮮血に染まった。勢いのまま走り抜けた七面鳥がもんどりうって倒れ、切断された首の断面から勢いよく血が噴き出す。
良く観察すると通用口の傍に大地を踏みしめた足首から下だけが残っており、後続の七面鳥たちも次々と足首と頭を失って転がっていった。
血と脂で濡れることによってようやく視認可能となった通用口に張り渡された致命の罠。
それは最先端の科学技術と魔術の融合によって生み出された脅威の線維。
地球に於いては1940年代に電子機器の絶縁不良の原因として発見された髭状の細長い金属。ウィスカーまたはホイスカとも呼ばれる金属の結晶が針状に伸びた物質。
金属の単結晶であり、非常に細くしかし極めて強い引っ張り強度を示す。今回使用したのは窒化アルミニウムのアルミナウィスカーである。
単結晶の線維でありながら、ピアノ線の数倍に達する引っ張り強度を持つ恐ろしい繊維だ。
通常アルミナウィスカーは長くとも1ミリメートル以上に成長することは稀なのだが、結晶の隙間に入り込み方向性を持たせることができる魔力を用いることで、任意の長さの単結晶ウィスカーを得ることができるようになった。
ピアノ線ですら『首切りワイヤー』と恐れられるトラップとなるのだ、アルミナウィスカー繊維の単分子ワイヤーなど進路上に張り渡されれば鉄鎧の上からでも切断されてしまう。
あらゆるものを切断する地獄の入り口と化した通用口を無事に通り抜けた七面鳥も数羽いた。仲間の死骸が積み重なり、堆積した死体を跳び越えようとした個体かつ、姿勢を低く抑えて跳べたものだけが通過した。
しかし辺り一面が流血でぬかるんでおり、血脂で滑って転倒してしまう。動きが止まれば彼らに未来は存在しない。
折角作ったボーラを投じるまでもなく、城壁から短槍が投げ下ろされ、体を地面に縫い止められて命を刈り取られていった。
あわや大惨事が予想された襲撃は呆気なく終わるかに思えた。皆が気を緩めた瞬間、弛緩した空気を切り裂く、硬質な二点鐘が繰り返された。
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