第193話 七面鳥

 七面鳥。キジ目の最大種であり、金属光沢をもつ黒い羽毛が特徴的。頭部や頸部には羽毛が無く、繁殖期には皮膚の色が変化し、胸部が隆起する。発達した肉垂を持ち、時速30キロメートル程で走る。

 基本的に飛翔しないが、短距離であれば飛ぶことも可能であり、雄1羽に対して複数の雌からなる小さな群れを形成する。

 PDAで七面鳥に関する情報を調べながら視界の端を疾走する存在とすり合わせるが、どうにも上手くいかない。


 まず飛べない鳥で鈍くさいと言うのは俺の思い込みであり、意外にすばしっこいというのが判った。

 時速30キロメートルと言えば100メートルを12秒で駆け抜ける速さになる。

 因みに俺とハルさんは100メートル走が同タイムであり、異世界転移前に測った記録では共に13秒だから七面鳥より遅いことになる。

 しかし遥か遠くで土煙を巻き上げつつ疾駆する鳥たちは、到底そんなゆっくりとしたペースではあり得ない。


 『管理者の目アドミニサイト』で計測しつつ情報を得ていく。先頭を走る一際大きい七面鳥は体高3メートル以上あり、速度は時速80キロメートルにも達している。

 先の例に倣うならば100メートルを4.5秒で駆け抜けることになり、地球のダチョウすら凌駕する恐ろしい脚力を持っていることが判る。

 しかし異様だ。PDAでは小さい群れをつくるとあったが、パッと見ただけでも4~50羽は居るのではないだろうか?


「あいつらは何をしているんですか? 競争でもしているみたいに、先頭の鳥を追いかけていますけども」


 そう言って傍らのコンラドゥスに問いかける。コンラドゥスはPDAに映し出されている地球の七面鳥の画像から目を離し、俺の質問に答えてくれた。


「あれは繁殖期の求愛行動です。先頭を走る雄のみが繁殖を許されて雌を獲得して群れをつくります。走っているのは全て雄で、あの山の頂上へと一番に辿り着いた雄が勝者となります。

 問題は敗者となった無数の雄なのです。自暴自棄となった雄たちは狂暴化し、全ての物に対して攻撃的になり襲い掛かってきます。

 かつては掘を跳び越え、城門を蹴り破って城下へと雪崩れ込み、領民や作物、家畜に至るまで甚大な被害を及ぼしたという記録が残っています」


 こわっ! 何その弱肉強食主義。そりゃあ走ることに特化した遺伝子が残るわけである。しかし既に大きさが鳥類のそれではない、恐鳥類にカテゴライズするのが正しいのではないだろうか?


「山の頂上を目指すのは何かの習性ですか? 谷底なりなんなりに誘導できれば襲われる事もないのでは?」


「山の頂上に一際目立つ大木を用意し、周囲を伐採するのも騎士団の仕事なのです。あれは多くの犠牲を礎に生み出した先人の遺産なのです。

 かつては目立つ大きな目標物として砦が狙われ、奴らが死に物狂いで殺到して大惨事になりました」


「繁殖期の度にこれが繰り広げられるんですか…… なんというか壮絶ですね。因みに前回はどのような対応を?」


「城門の近くに小さい入口があるのが見えますか? あそこを開放して内側に招き入れ、もう一段階内側の跳ね橋を上げて閉じ込めます」


「なるほど、後は袋叩きと言うわけですね。ははあ、騎士たちが短槍を持っているのは投擲するためですね。でも槌も携帯していますよね? あれは何に使うのですか?」


「城壁を越えようと上ってくる七面鳥を撃ち落とすのです。仲間の死骸を踏み越えて壁を越えようとしますので……」


 俺はかつて映画で見た疾走するゾンビが群がってゾンビ津波となり、組体操のように仲間を足場に城壁を乗り越えるシーンを思い出して総毛だった。


「大変じゃないですか!」


「ええ、だから騎士団が総出で対処に当たるのです。位置的にこのオリエンタリス砦が最も大きい被害が予想されますので、皆様にもこちらへお越しいただいたわけです」


 大襲撃というのは誇張でもなんでもないというのが実感として理解できた。原因が振られた雄の八つ当たりというのが切ないが、適者生存の原則は心情を斟酌してはくれない。

 ついでとばかりに気になっていた事を訊ねることにした。


「七面鳥と言えば我々の故郷ではご馳走なんですけれど、皆さんは召し上がらないんですか?」


 俺がそう問うと、コンラドゥスは苦笑しつつ答えてくれた。


「毎回駆除するのに精いっぱいで、安全が確保出来た時には腐敗が始まっていたり、血塗れで食べられたものじゃなかったりします。

 精々数羽が食べられる状態で手に入るだけですね。踏まれてグチャグチャになっていたりしますしね」


 ふむ。ダチョウなんかは強靭な心臓が猛烈な勢いで血液を送り出し、興奮状態で殺してしまうと毛細血管が破裂しまくって血塗れ肉になる。

 こいつもその系統かと思ったのだが、最後の数羽は普通に食べていることから、放血さえすれば美味しく食べられるのだろう。

 ならば食べない手はないというものだ。


「七面鳥の侵入口は、あの勝手口みたいな入口だけなんですよね?」


「跳ね橋を巻き上げて、入り口を閉ざせばあちらに殺到しますからね。あちらも封鎖すると何処から入ってくるか分からなくなるので、わざと誘い込むのです」


「なるほど、それなら我々に少し策があるのですが、お聞きになりますか?」


 俺がそう話を持ち掛けるとコンラドゥスは興味がある様子で近づいてくる。俺が立てた作戦をカルロスとウィルマにも話し、実現可能な範囲に落とし込み、討ち漏らした場合のフォローアップまで練り上げると、早速工作に取り掛かった。

 食糧難の領地に食べ物の方がやって来てくれるのだ、これを利用しない手はないだろう。

 手軽で大勢が食べられるローストターキーにターキースープ、ターキーキッシュなんかにしても美味しいだろう。

 俺とカルロスは仕掛けの工作に取り掛かり、ウィルマはフォロー用の武器を騎士たちと作り始めた。

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