第190話 コンラドゥス

 周囲を見回しながら挙動不審になるほど驚く俺とは対照的に、誰もが当たり前のようにコンラドゥスを受け入れていた。


「え? 伯爵のお孫さん? 道案内とか畑仕事とか採集とかも手伝って貰っていましたよね? え? 本当に?」


 慌てふためく俺に苦笑しながらコンラドゥスは声を掛けてくれる。


「一応直系の孫に当たります。この場には居ませんが、他にも姉妹が居ります。姉はマラキア卿と婚約していたので、少し荒れておりまして……」


 事情を聞く程に状況は飲み込めたが、俺は随分と情報を見落としていたらしい。俺とハルさん以外は誰も驚かず、予想済みという対応をしていた。

 筆頭騎士の従士だったため、貴族だとは思っていた。アベルに言わせれば騎士階級の貴族が連れる従士というのは、自分に何かあった時の後継者なので当然身分が高い。

 伯爵とマラキア卿以外には極秘である領主主導の事業に当初から関り、交流を限られた状況でも継続して対応してくれていることから、中枢に近い人物と推測出来たらしい。

 現代日本で育った俺にはそんな背景なぞ想像できるはずもないと考えていると、地球でも未だに王制を採用している王国が一杯あると教えてくれた。

 西洋ではオランダ、スペイン、デンマーク、ベルギーなど、アジア圏ではカンボジア、サウジアラビア、タイ、ブータン等も王国だと言う。

 挙句に俺が交流を持ったルイーゼちゃんの故郷、ノルウェーも王国だと言う。異世界に来るまでもなく、世界に不思議は満ちていた。俺が興味を持っていなかっただけに過ぎない。


「私は武が尊ばれる当地に於いては傍流で、武寄りの文官として領主を補佐するべく仕えていました。ただ、私の視点からでも皆さまの卓越した武力や、洗練された文化に強い興味を抱いております」


 そう言って笑いかけるコンラドゥスの目は為政者ではなく、商売人に近い光を放っていた。営利目的の関係は比較的なじみ深く、宗教や身分などに固執されるよりは随分とやりやすい。

 今後の展望について明るい未来を描いていると、コンラドゥスが補償について持ちかけてきた。我々は伯爵に請われて滞在している身分であり、襲撃されたのはホスト側の不手際になるのだそうだ。

 実害は出ていないのだから補償など要らないと思うのだが、貴族というのはそれではいけないらしい。交渉の結果、各種家畜を譲り受けられることとなった。

 養鶏や養豚をはじめ、乳製品の入手が可能になる牛・羊は非常にありがたい。新鮮な鶏卵、牛乳、バターが手に入った事で料理やお菓子作りの範囲がぐっと広がる。

 当然我々に家畜の世話など出来るはずもないので、受け入れた端から神域の島の妖精族たちに丸投げする予定である。一度島に戻ってその辺の交渉もせねばなるまい。


 折角鶏卵や牛乳、バターがあるのだからサツマイモを使ったお菓子を思い浮かべる。サツマイモのタルトなんかは簡単で、インパクトが強いんじゃないだろうか?

 砂糖が取れないが、サツマイモがあるんだから麦芽糖を作れば代用可能だろう。大麦は栽培しているのだから豊富にあるし、製法も難しい物ではない。

 今回作る分は砂糖を使うとして、甘味料として麦芽糖を広めるのも生活が豊かになって良いだろう。

 アベルに相談すると何やら言いたげだったが、最終的には好きにして良いと許可が下りた。伯爵とコンラドゥスを2日後にお茶会へと招く約束を取り付け、タルト生地を作る準備に取り掛かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「コンラドゥス、そなたはシュウ殿と良好な関係を築けているようだな。そなたは彼らをどう思う?」


「そうですね、シュウ殿個人に関して言わせてもらえれば、非常に好印象を抱いております。好意をもって接する限り、こちらの提供した利以上の利益を返して下さり、表裏の無い付き合い易いお人です」


「ふむ。シュウ殿個人と限定したからには他は違うのか?」


「他の方々は違います。通訳の女性ですらもっと冷徹な視点で動いておられます。こう言っては何ですがシュウ殿だけが突き抜けてお人よしで、世慣れしていない印象ですね」


「続けよ」


「恐らくは他者から悪意を向けられることすら少ない環境で育たれたのではないでしょうか? 絶大な戦闘力をお持ちなのは確かですが、それが振るわれる事は余程の事がない限りはあり得ないでしょう。

 フレデリクス司教の襲撃時にも新兵のようなぎこちない動きでしたし、流血や肉体の損壊に腰が引けていたので荒事は本当に苦手なご様子でした」


「それはそなたも変わるまい。親近感を覚えたか?」


「そうですね。私はシュウ殿の柔らかいお人柄を好ましいと思います。しかし、シュウ殿が齎してくれるものは劇薬です。こちらの常識を根底から覆すほどの物を無造作に提供されます」


「サツマイモとカボチャか……」


「我々の常識では半季期(30日)程度で、あれほどの収穫が得られる作物などあり得ません。カボチャはまだ常識の範疇です。種で増えますからね、サツマイモは訳がわかりません」


「芋が芋から増えるのは判るが、枝葉からも増えるとはな……」


「あの畑一面でどれほどの食料になるのか試算しましたが、同じ広さで小麦を作った場合に比べて30倍の人数を養う事ができます」


「30倍!! それはまことかコンラドゥス!」


「俄かには信じがたい数値ですが本当です。反面保存には難があり、小麦ほど長期保存には適さないと仰っておられましたが、今まさに飢えている領民が居る当地にとって救い主となる作物でしょう」


「更にシュウ殿が仰るには、小麦の収穫量も3倍程度にはできると……」


「さ……、3倍? コンラドゥス、そなたは自分が何を口にしているのか理解しておるのか?」


「無論心得ております。当地の収量を単純に3倍すれば、王都近隣の全領地を合わせた収量を上回ります」


「我が領地は『神樹アールボル・サークラ』の加護を受けぬゆえに王都へと納める税率が低い。しかし3倍ともなれば他領が黙ってはおるまいな……」


「シュウ殿が仰る肥料という物を導入できれば、そこから更に倍にできるそうですよ?」


「我が師は恐ろしいものを寄越してくださった。我々の手には余るやもしれぬ。しかしこれは好機! 救いを齎さず、犠牲を強いる楽園教を放逐するには、飢えにおびえずに済む環境を作るしかない」


「ええ、王都にある冬屋敷で情報収集している者たちからも、楽園教の不穏な動きと貧困者の大量失踪、街中での魔物の発生などが報告されています」


 今周期の社交界は荒れるだろう。そんな予感が二人の胸中を騒がせていた。

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