第189話 後始末
「ほーん。面白れえ魔術の使い方すんのな、大陸の人間ってのは。妖精族にゃあ出来ねえ進化させてるじゃねえか」
「何か解ったのか、ドク? それって神殿騎士が着ていた鎧だろ? 魔術を使っているのか?」
「んー、なんて言えば良いかな? アプローチの方向性が違うんだよな。シュウは素材を改変して魔力を通しやすい『ミスリル』を作ったろ?
この鎧を作った奴らの発想は逆で、魔力を通し易い素材を基礎にして鎧を作るって感じなんだな。あんまり気持ちの良い話じゃねえが聞くかい?」
「敵対しちゃった以上は知っておきたい。皆を守るためにも情報は必要だと思うから」
「んじゃ言うけど、この鎧から胎児の組織が検出された。で、こっちの魔力供給源たる液体だが、これには恐らく母親の物と思われる血液成分が検出されている」
「つまり……?」
「この鎧は赤ん坊を磨り潰したペーストを混ぜ込んで作られてて、動力源には母親の血液から作った血清みたいなもんを使ってる」
凄惨な製造過程を想像してしまい気分が悪くなる。臨月の妊婦から胎児を無理やり摘出し、母親の血液を搾り取る光景が脳裏を過る。
「どうやって加工してるのか謎なんだが、この鎧を透視すると無数の細管が張り巡らされているのが解る。言うなれば人間の血管網と一緒だな、そこに血清を流すことによって面白い特性を得ているようだ」
「面白い特性って?」
「この鎧な、崩落現場から出土したのに傷がねえだろ? 変だと思わねえか?」
「まあ、そうだね。普通は多少凹んだり、傷ついたりするよね」
「限界はあるんだが、ある程度の傷なら自己再生しやがるんだよ。魔力を流してやりゃその再生速度は上がるだろう、他にも衝撃を受けた時に変形することによって受け流したり、パワードスーツみたいなアシスト機能みたいなもんまで備えたりしてる」
「アシスト機能?」
「鎧の内側に有機体組織があってな、それが外骨格の内側にある筋肉みたいに動くんだ。まあその構造から裸の上にしか着用出来ないし、着心地は悪いんじゃねえかな?」
俺は触手が這い回る鎧を素肌に着用することを思い描き背筋が寒くなった。確かにアプローチの方向性が妖精族とは相容れない。
無機物と有機物の融合と言えば聞こえは良いが、製造過程が邪悪過ぎて生命を冒涜する禁忌的な思いが拭えない。
「あと鎧ほどじゃあねえんだが、側仕えや修道士たちが着こんでいた服にも同じような技術が使われているみてえだ。心筋細胞で出来た繊維みてえのがあって、糸目司教が何か叫んだ時に光ってたろ? 魔力を受けると繊維が神経系に侵入し、脳のリミッターを外したんだろうな」
「火事場の馬鹿力って奴か」
「ん?
俺が思わず呟いた日本語が、『
「神殿騎士たち以外は使い捨てなんだろうな、哀れなもんさ。まあ代わりと言っちゃあなんだが、神殿騎士様には軍隊式の接待と尋問が待っているからな、どっちが幸せとも言えねえな」
神殿騎士は一応貴族らしいので、無茶な尋問はしないことになっているのだが、ドクの台詞からは捕虜への拷問を禁じたジュネーヴ条約は適用されていないようだ。
「直接的な拷問はやっちゃいねえよ。あいつらの技術を解析した副産物を試しただけだ。最近流行だろ? VRゲーム、あれの痛みがフィードバックされる奴をプレイして貰っているだけさ」
実に良い笑顔を浮かべたドクが空恐ろしい事を言ってのける。こちらの世界で魔術と工学を融合させた奇妙な技術体系を確立しつつあると思っていたが、今回取り込んだ技術を応用すると仮想空間に没入することすら可能となったようだ。
彼らの精神に回復不能な傷が刻まれたであろうことは想像に難くない。
「悪い面ばっかりじゃあねえんだぜ? 側仕えや修道士たちの
「それって人体実験なんじゃ?」
「おっと人聞きの悪い事を言うなよ。死んだ方がマシな苦痛から、死ぬよりはマシな苦痛になり、今は無痛状態で休めているんだ。感謝されこそすれ、非難されるいわれはねえよ」
欠片も思っていない事を自信満々で言い切るドクには戦慄するものがある。他人の顔色を窺ってしまう俺にはないメンタルの強さは見習いたいところだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
暫くしてアベル達が戻ってきた。必要な情報は引き出したらしく、捕虜たちは伯爵へと引き渡すこととなった。
最終的に、アンテ伯領では楽園教の教会を縮小することとなった。具体的には誕生、洗礼、成人、結婚、葬儀以外の宗教的行事を禁止する。
出奔した筆頭騎士マラキア卿の代わりに、新しく伯爵の孫にあたる人物が就任することが通知された。
王都での政変や捕虜たちのその後については知らされることは無かった。唯一つだけ、新任の筆頭騎士が伯爵と共に挨拶に訪れることとなっていた。
「今度の筆頭騎士様は友好的だと良いですねえ」
「伯爵の血縁で、我々の重要性は理解しているという話だから、前任者ほど酷いというのはあり得ないだろう」
俺はアベルの答えに少し安堵した。マラキア卿も初対面では友好的だっただけに、実情を知ってから変貌するのではと危機感を覚えていた。
伯爵の息子達は戦役で没しており、孫と言えば次期アンテ伯候補だ。伯爵が我々を重要視してくれている事が理解できた。
伯爵家の馬車が停まり、側仕えが扉を開いて降車を促した。
伯爵に続いて馬車より現れた人物に見覚えがあり、思わず口が半開きになった。
新任の筆頭騎士は驚愕に染まる俺たちに微笑みかけると、穏やかに声を掛けてきた。
「当地の筆頭騎士を務めます、コンラドゥス・デ・アンテと申します。以後お見知りおきを」
礼服を纏い、騎士礼をする元コンラドゥス青年に俺は返事をすることが出来なかった。
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